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11話 聖海の秘密

◆◇◆


―――同日、同時刻。銀砂聖海宅にて―――



夕日を背に浴び、ベランダで風を受ける中……突然手に持っていたスマホが軽快な着信音と共に震えた。


表示された名前を一瞥し、ロックを外して応答する。



『………首尾はどうですか、()()


「あぁ、取り敢えずスタートラインには立たせた……といった所かな」



柵に背を凭れ、手持無沙汰な左手をパーカーのポケットに突っ込む。そして電話の向こうの人物に、楚が家を訪れてから、たった今イツカとエンカウントしたところまでの顛末を淡々と報告する。



『なるほど。………でも、良かったんですか?彼女には正体を知られたくない理由が……』


「だからと言って、あのままでは老後になっても進展しないだろう。……それに、イツカは楚を………」



そこまで言って、無意識に言葉が詰まる。

鉛の様なものが胸の底から込み上げるのを感じた。



『……?どうされたんですか?』


「………何でもない。とにかく、このままで良い」


『はぁ……。まぁ、貴女が言うのなら。それで、僕の任務は変わらずですか?』


「あぁ、楚は基本的には保守的だが、思いもよらないところで暴走する節がある。イツカを追って単身プランも無く北海道から転校してきたのが最たる例だ。加えてイツカも……奴は真面目過ぎるが故、物事を湾曲したまま解釈して突き進んでしまう。今日の勝負の様にな。……色々と危なっかしい二人だ。引き続き、彼らが暴走してしまわないか最小限の監視を続ける。ただ……踏み込み過ぎるな」


『無論です。我々は、あくまで観測者なのですから』


「………()()。今一度問おう。我々の目的……即ち絶対的な使命とは何だ?」


電話の向こう、彼はその問いに思わず失笑した。


『あまりに愚問ですね。”純愛には手を、胸糞には死を”』


「宜しい………報告は以上。そろそろ怒り狂った楚が再び部屋に殴り込みに来るだろうからな。……お前は引き続き、使命を果たせ」


『ふっ………仰せのままに』



そこで、私は通話を切る。


ふと後ろを振り返り目線を路地に落とすと……楚が、ここからでもはっきり分かるくらいに耳を真っ赤にしながら、ただ明確な怒りを身に帯びて震えているのが見えた。


あの様子では今の会話など、万が一耳に届いていたとしても一切脳には入ってないだろう。




「イツカの告白にはかなり度肝を抜いたが………計画に変更は無い。まずは間男モードの楚がイツカに立ちはだかって……私への好意を薄れさせる。そして頃合いを見て、()()()()……」



”人の好意を踏みにじっている”と思われるだろうが………()()()()()()()。この身が震えるほどの純愛を見出してから。


楚の恋をこのままでは終わらせない。必ず私が導いてみせよう。


最後のハッ●ーターンを口に運ぼうとすると、ベランダで体を冷やしたせいか……それとも誰かの噂のせいかで生じたくしゃみにより、手から落としてしまう。柵を超えて道路へと着弾。突然やってきた薄汚いカラスにドヤ顔で拾い上げられるのを横目にしながら……私はニヒルな笑みを浮かべて部屋の中へと消えていった。




◆◇◆




「はぁ………はぁ………!」


思わず、自宅を通り過ぎて逃げるように去ってしまった……。


あまりにも無意識で声に出してたから記憶が薄いけど、多分俺……”綺麗”とか言ってたよな……あの人に対して。


キッッッモ!!!何考えてんだ!?初対面の女性に対して綺麗とか何考えてるんだよセクハラにも程があるぞ下衆が!!!聖海が好きって散々言っといてこれか!!!いや今も死ぬほど好きだけど……はぁーーーーーこれだから男って嫌い!!!男という性別のせいにしちゃう自分が嫌い!!!とにかく正気に戻れ!!戻ってこい俺!!NO MORE 不埒!!NO MORE 不埒!!



路地裏に入り、ひとしきり自分の頭を小突き続けた。


夕日に照らされた金色のセミロング。スラリと伸びた体躯。絵画から出てきたのかと見紛う程に端正な相貌。透き通った青い瞳。……自分を正当化するわけじゃないが、あんな綺麗な人を見れば誰でも声を失ってしまうだろう。いや、声には出てたけども。


そして西暦と同じくらいの回数分、頭をボコボコと小突き続け……



「きょうは、はんばーぐでもたべよっかな」



ようやくIQと引き換えに平静を取り戻した俺は……沈み行く夕日に向かい、ジョギングを始めた。本当は一度家でジャージに着替えたかったが、もうこのまま行こう。


……グラウンドでの勝負で、改めて井原との力の差、そして……奴の聖海に対する想いを見せつけられた。始めはチャラついた劣情でアイツに近づいただけかと思っていたが、まさかあんな大衆の面前で愛を叫ぶとは……。その気概含め、今は完全敗北と言わざるを得ない。


しかし、それで諦める様な軽い恋じゃない。今はまだ遠く及ばないが、更に自らを心身共に鍛え抜き、聖海の視界に男として映るくらい成長してみせる。覚えておけよ井原。お前よりも聖海に相応しい人間に、俺は必ず成ってみせる。




にしてもあの人本当に綺麗だったな………てオイ!!!いつまで考えてんだこのゴミがいい加減にしろ!!!俺は聖海一筋だ。想い人以外の異性に現を抜かすなど……


………ん?………ていうかあの人、聖海の家から出てきたよな……。


知り合い……?家にまで上げるんだから少なくともかなり深い友人だろうが、そんな気配まるでなかった。俺が知らなかっただけかもしれないが……。


でもあんなカリスマ性しかない生徒、ウチの学校にいたか………?いたら一瞬で噂になってる筈……



「………はっっっ!!!ま、まさか……もしかして………」




家政婦さんか?……アイツ、あまりにも部屋を片付けられないから……


その時、強い風が吹く。


……IQ低下によるこの失礼な勘ぐりが、風に乗って彼女に届いてしまわないか、少しだけ不安になるのだった。


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