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10話 二度目の出会い




『弌茄君!!しっかりして!!……弌茄君!!』


荒れ狂う炎に包まれた室内。


容赦の無い瓦礫の山から助け出した時、既に彼の意識は消えかかっていた。


『だ……だい……じょうぶ……か……?』


『私は平気だよ!弌茄君のお陰……!で、でも……弌茄君……!!』



頭部から流れる夥しい血と、折れてしまっている右足。火に焼かれて爛れた右腕。信じたくない光景を前にして、涙が止まらなかった。


『はやく……早く……逃げ……ろ………!俺は……いい……から……』


『いっ……嫌だ!!嫌だよ!!!逃げるなら弌茄君と一緒に……絶対……私が助けて……!!』



すると、震える彼の右手が、抱きかかえている私の頬に触れた。



『情けねぇなぁ………俺。悔し……いよ………。お前にそんな……顔させて………』


『……も、もう喋らないで!!これ以上息したら本当に……!!』


『もっと……鍛えて、強くなって………今度は俺が………お前の……事を………』




彼の手が、糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。虚ろに開いていた眼も、完全に閉じてしまった。




『弌茄君……?弌茄君!!起きて!!弌茄君!!ねえ!!い……弌茄君!!!………いや………嫌だ………!!!ああぁぁああぁぁあ!!!』



無力な慟哭は、崩れ落ちる瓦礫の轟音と燃え盛る炎にかき消される。


身体と心を焼き尽くされる痛みは、絶望的な程鮮明に、私の人生に刻み込まれている。





「………ら…………いばら………!!……楚!!!」


「はっっっ!!!な、何!!?」




目を覚ますと、白く小さい丸型のテーブルを挟んで対面に……聖海ちゃんが座っていた。


当の私は制服を着た男装状態から、聖海ちゃんから借りた服を着た女の姿に戻っている。





「”何?”じゃないって……!興奮気味でマシンガンみたいにしゃべり始めて、かと思ったらスイッチ切れたみたいに寝始めるからさぁ……こっちが夢見てんのかと思ったわ!!」


「ご、ごめんね。ちょっと今日は疲れちゃって……」


「………まぁ、話の流れからして疲れたのは分かるけども。…………でも、まさか二人で身体能力対決なんてしてるとはねぇ……バリ面白そうだから見に行けばよかったな私も」


「見世物じゃないよ聖海ちゃん……」


「そしてまさかの”愛してる”発言………!!かぁ~~~~~アツいねぇ若者!!!」


「わ、悪いか!!!しょうがないじゃん昂っちゃったんだから!!………で、でででも……わ、私すっごい事言っちゃった………こ、こここれってもう………告白だよね………?」


「まぁ、そのセリフじゃ多分イツカ含めた全員”聖海(わたし)の事を愛してる”って意味に捉えただろうけどね。……良かったじゃん、セーフだぞ楚」


「血ぃ全部抜くよ!!?」



眠ってしまう前から既に、ずっと高止まりしたテンションで喋っていたせいで……半ば息切れ状態になってしまっていた。


……一旦手元にある水入りのペットボトルを口に運び、乾ききった喉を潤し呼吸を置く。



「………ていうか!!本当に言いたいのはこれじゃなくて………私、やっぱり弌茄君を諦められない。だから、聖海ちゃんから弌茄君を、その………う………奪い……たい、ていうか……。でもそうなると、もう友達じゃいられなくなっちゃう………から……その………」


「え?何で?」


「何でって……だって弌茄君、聖海ちゃんの事好きだし、こんな聞き方ずるいと思うけど……聖海ちゃんだってきっと弌茄君の事……」



上目遣いで、恐る恐る聖海ちゃんを見る。……彼女はハッ●ーターンを縦に割るという上位1%未満の食べ方をしながら、あっけらかんとした真顔で言う。



「無い」


「………え……えぇぇ!!す、好きじゃ……ないの!?」


「いやいやありえないにも程あるでしょ楚君。あんな堅物、私が好きになるわけないって」


「で、でも幼馴染だし……少しは好意的な……」


「………君は、路傍に転がっている少しデカめの小石に対して恋慕を抱くのかい?」


「そんなクズのD●Oみたいな………いやD●Oはクズだけど……。っていうか聖海ちゃん、私が言うのもアレだけど流石にそれは……!だって弌茄君は本気で……」


「だーーかーーらーー!!!そう言われても私は全っっっ然好きじゃないの!!!あいつはダチとしては気が楽で最高だけど、恋愛感情なんてビッグバンより起こる可能性低いの!!」


「起きるかもしれないじゃんビッグバン!!!」


「はぁ!?ビッグバンの確率ってのはねぇ、机に腕を叩きつけ続けて或る日なんらかの物理法則の歪みかなんかで腕が机をすり抜ける確率と同……てビッグバンの話はどうでもいいわ!!!とにかく私は全然アイツに対して恋愛感情とかないから!!だから安心してって言ってんの!!!」


……お互いに、激しく寄り道しながら口論を交わし息を切らす。


親友から……その親友に想いを抱いてる人を篭絡しようとしてる訳だから、当然彼女との関係は続けられないと覚悟していたけど、まさかここまで聖海ちゃんに気持ちが無いなんて……。いや、でも私に気を遣って嘘を言ってるんじゃ……。


「うっわ、ハッ●ーターン後の親指美味ぇ~~~~四捨五入してもうシ●ブでしょこれ、トぶわ~~~」


……嘘じゃないんだね聖海ちゃん。


白目を剥きながら親指をしゃぶり尽くす彼女の姿を見て、さっきの言葉が地動説よりも揺るぎない真実だという事が分かった。


………同時に、余計なお世話だろうけど……少しずつ弌茄君が不憫にも思えてきた。


「つーワケで、私の事なんて考えず存分にイツカと青春送ってくださいな。……私だって()()()からずっと楚がアイツの事好きなの知ってるし。これでも応援してるんだよ」


「……聖海ちゃん………」


すると、彼女はいきなり四つん這いになり私にぐいっと顔を近づけてきた。


「だから………私も()()()()()()()。楚とイツカの恋愛成就を」


「えぇっ!!?い、いやいや!それは流石に……!」


「じゃあ一人でどうにか出来る?現状アイツは私に惚れてて、姿をバラせない以上楚がアピールできるポイントは限りなくゼロに近い。……ここから私の知恵ナシで逆転できるのかい?」


「……いや、事実だけどそれ自分で言えるの流石すぎるね聖海ちゃん」


「惚れるなよ?」


「惚れはしない。私じゃなかったら跡形もなく鼻を引きちぎってたよ」


「あいつの堅物な性格上、想い人がいる状態で別の異性を好きになる事はあり得ない。……正直、客観的に見て楚のビジュの良さはバケモンだけど、それ以上にイツカのポリシー……みたいなのは強固だと思う」


「バケモン……?今、私褒められてた……?」


「普通の男なら、楚が男装解除すれば一瞬で他の女の事なんて吹き飛ぶだろうけど、イツカは違う。……だから取り敢えずは、楚が言ってたみたいに”井原ヒロ”として完璧な間男を演じ切り、私が寝取られてしまった事実を徹底的にイツカに叩き込んで、次の恋を始める為の土台を作り上げるのが目標だ」




………”人の心は無いのか”と下唇付近まで言葉が出かかったけど、昔から彼女はこういう人だ。分かっていたといえば分かっていた。()()()()()()なのだ。


普段、男装している手前……裏で聖海ちゃんが男子たちからかなりモテている事実は把握していたけど、彼女にはまず、恋愛自体にミジンコ一匹分の興味すらない。


なんてハードモードな道選んじゃったの弌茄君………



「でも………私が女だって分からせなきゃ結局恋人にはなれないよね……」


「そこなんだよ………でもバレたくないんでしょ?」


「う~~~~~………」


「野暮だと思って聞かなかったけど、そもそも何でバレたくないの?」


「ううぅ~~~~~~~……」



私は苦渋の顔を浮かべながら首を振る。……この秘密は、聖海ちゃんにも今は明かせない。



「とりあえず、これ食べる?」


そう言って、縦半分のハッ●ーターンを渡してきた。


「いらない。……あとその割り方してるの多分アジア圏でも聖海ちゃんぐらいしかいないと思う」


「ハハハ、ご冗談を」



私は嘆息しつつも丁重にお断りした。



「ま、今後についてはまた話し合いでもしようか。……もう夕方だし、帰ったほうがいいよ楚」


「………うん、そうだね。………聖海ちゃん、本当にごめんね。私……自分の事しか考えてないし、聖海ちゃんの提案にも結局乗っかってるし……あんなに息巻いといて……」



弌茄君の恋心を知っていながら、それを邪魔する決意を立てて、挙句の果てには想いの対象である聖海ちゃんにも助けてもらおうだなんて。……でも、それでもやっぱり諦められない。そんな自分が情けなくて、更に嫌いになりそうだ。



「別に。遠慮して妥協して、それで得た幸せが普通なんだろうけど、楚は嫌でしょ?使えるもん全部使って幸せ掴みとってこそ人間(動物)だよ」


「………聖海ちゃんらしいね」



その”らしさ”が、今は呆れるくらいに心強かった。



「…………あ、帰る前に……一つ確認したいんだけど、本当に大丈夫?」


「何が?」


「本当に弌茄君の家……ここの近くじゃないんだよね……?」




勝負を終えて、既に下校していた聖海ちゃんに電話でその顛末を話そう掛けたら、『なら家に来なよ』と誘いを受けた。何度も断ったけど諦めてくれなかったので承諾。


……断った理由は、幼馴染だし当然弌茄君が彼女の家から近い場所に住んでいるのではと言う懸念。男の状態で聖海ちゃんの家に入っていく場面を弌茄君に見られでもしたら、いよいよ彼の脳細胞が底を尽き兼ねない。


しかし、あっさり「全然近くじゃないよ」と否定されたので……恐る恐るここまで来たのだ。弌茄君の家の場所は分からないけど、幼い頃に聖海ちゃんの家には何度も行っていたので、なんとなく場所は分かっていた。



「大丈夫だって。全然近くじゃないから」


改めて、そう断言される。


「そっか。………じゃあ、帰るね。あと………()()()()()()()()もありがとう。……ていうか、本当に洗濯までお願いしていいの?」


「いいっていいって。楚、一人暮らしで節約してんでしょ?その服は、次家来た時とかにそのまま渡してくれていいから。制服は……今日金曜だから、土日のどっちかに取りに来て」


「……ありがとう。聖海ちゃん」


やっぱり、優しい人だ。たくさん迷惑をかけたのに。


……私も当然、頼りっぱなしじゃダメだ。頑張らなきゃ。


お互い軽く手を振りながら、私は部屋を出て一階へと下りていく。




「にしても……これからどうしたら……。とりあえず一回ちゃんとプランを……」




ぼそぼそ呟きながら階段を下る。


……グレーのパーカーに少し丈の長いチェックのスカート。かなりラフな格好だけど、サイズもぴったりで動きやすい。面白がってなのか、やたらと写真を撮られたけど、有難いことに変りはない。やっぱりちゃんと洗って返そう。


あれ、でも何か忘れてるような……




「お邪魔しましたー」




玄関で靴を履きながら、家族の方々にも聞こえるよう挨拶をする。


軽く右のつま先で地面を叩いて履き心地を調整し、ウチとは違うドアノブに若干戸惑いながら手を掛ける。


扉の摺りガラスから差し込む柔らかい夕日に目を眩ませながら……私は、外に出た。




「………………」


「………………あ」




するとそこには、()がいた。


誰って?……一人しかいない。


帰宅途中の、制服姿の弌茄君が………たった今、聖海ちゃんの家から外に出た私の目の前を、横切ろうとしていた。




「いっ………いつ…………な、なん……で………」


「……………き」



状況が理解できず、口をぱくぱく開けながら反射的に体が硬直する。


なんて馬鹿なんだ私。……肝心過ぎる事忘れてた。


今………()()()()()()!!!!


ウィッグも無いし、秘伝の特殊なメイク術が解けて、普通にスカートとか履いてるし完全に女モードになってる!!!いろいろと興奮してたせいで一番重要な事が頭から抜けてた……!!


ど……どうしよう………このままじゃバレ………


「綺麗………」


「………………え?」



弌茄君は、いつの間にかその場に立ち止まっていて……私の姿をただじっと見ていた。


そして確かに……確かに、そう言った。




「…………はっっっ!!!俺今なんて………!!?ご……ごごごごめんなさい急に変な事言っちゃって!!気持ち悪っ!!!俺気持ち悪っっっ!!!は、ははははは……ほ、本当ごめんなさい!!!じ……じゃあおおお俺はこここれで!!!」




両手首をこちらに向けてぶんぶんと振りながら真っ赤な顔で弁明した後、そのまま嵐の様に走り去っていく弌茄君。後ろから見て、同じ手と足を前に出しながらのフォームだった。


当の私はというと…………未だ、その場に立ち尽くしていた。


「……………弌茄君、今………」


”綺麗”って……言った……?


「私の事見て………」


()()()私の事を見て……


「綺麗って………」


あ、これ……ダメかもしれない。


「はっ………ぁ…………あぁ…………」



この瞬間、私は私を取り巻く全ての因子を、完全に忘れていた。彼のあの赤面が、誰でもない私自身に向けられたという事実が、熱となり全身を縷々として駆け巡る。


シャワーなんてものじゃない。熱湯を掛けられたかのように足の先まで熱くなるのを感じる。


声にならない悶絶と、無意識にゆるみ始める口元。震える足。


私は必死に、そのだらしない口ごと顔を両手で覆い……路傍に転がっているデカめの小石の様に、しゃがみこんで全身を丸めることしか出来なかった。



………その時、頭上から、すなわち二階の彼女の部屋のベランダから、呆けた様な声が響く。




「ごめーーん楚!イツカの家、私ん家の近くじゃなかったーーー!」


「……ぅぅ………」


「近くどころじゃなくて、真隣りだったわーーーーー!ごみーーーーん!」



やっぱり………鼻くらいは折っても、許されるだろうか。


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