1話 不穏な出会い
「あー……やっぱイツカといるのは楽でいいわぁ」
「……なんだよ急に」
放課後。いつものように、幼馴染兼腐れ縁である銀砂聖海が、俺の部屋にて博覧会レベルの種類の菓子を広げながら仰向けになり、勝手に漫画を読み漁っていた。
当の俺はというと……此奴に撒き散らされた菓子クズを粘着テープのコロコロするやつで掃除し続けている。この構図すらも最早お馴染みとなっていた。
「話も趣味も合うし、腐れ縁だからなぁんにも気ぃ遣わなくて良いじゃん?……私達、最高のダチだなぁってさ」
「そのダチにエンドレス掃除させてる奴が好き勝手言うなよ……!もう片付けるぞこれ!……ったく……馬鹿みてぇに食いまくりやがって……」
「え~~~!!いいだろ別にぃ~~~私太んないしさぁ!」
「お前の心配してるんじゃねぇ!!カーペットの心配だ馬鹿!!」
嘆息しつつ、転がった菓子類をすべて回収。駄々をこね続ける聖海を無視して部屋を出た俺は、そのまま一階リビングへと降りていく。
「はぁ~~~~………ほんっとにアイツは……」
呆れ果て、溜息を吐く俺だったが……無意識の内に次の言葉が脳内へと響き渡る。
『好きだ~~~~~~~~~~』
吉井弌茄 十七歳。俺は幼馴染である彼女に、どうしようもないくらい恋をしていた。
◇◆◇
四月。
高校生活がスタートして二年目を迎え……そして俺が彼女に恋心を抱いてから十四年が経過した。
きっかけは定かじゃないが、物心つく前ってレベルから好きだったので、むしろこの気持ちが俗にいう”恋愛感情”という事実に気付くまで相当の時間を要した程だ。
そうこうしている内に彼女との関係性はどんどん知り合い→友人→親友と、恋から逸れた関係へと変遷していき……今や互いに一切の地雷さえ存在しないくらいの腐れ縁に大成してしまった。普段の会話から、もはや彼女が俺を男として見ていないことは明白だ。
「このままじゃまずい……今年こそは……今年こそは絶対に……」
新年度を迎えた教室。浮ついた雰囲気のホームルーム中に、俺は今年こそ彼女に想いを伝えるという確固たる決意を胸に抱いていた。
……そして、ちらりと左隣を見る。…………聖海は相変わらず呆けた顔で、机の木目を鉛筆で真っ黒に塗りつぶし続けていた。
こういう所が好きなんだよなぁ~~~~~!!このなんっっっにも興味無い感じがよぉ!!!
黒髪ロング、三白眼、スラリと伸びた華奢な体躯。端正な顔立ちを湛えているが、その実性格はズボラで何事にも興味が薄く掴みどころがない。そこがまたミステリアスだと、男子達の会話から度々浮ついた評価が窺える。無論俺からしてみれば幼少期からの付き合いなので、容姿関係なく遺伝子レベルの好意な訳だが……実際、下世話な言い方だが聖海を狙う男子生徒も多いと聞く。
あぁああ今年は絶対に告白しなければどこぞの馬の骨の毒牙にかかってしまうか分からない。……いや待て、あれだけ何事にも無関心な彼女だ。きっと俺以外の男にも興味なんてないんじゃ……
そ、そうだ!!そうに違いない。焦るな俺、時間はある。慎重かつ確実に気持ちを伝えていくんだ……!!
「え~~~~~突然ですが。これより、編入生を紹介します」
「………えっ」
邪念で満ち溢れていた俺の脳内が、初老の担任教師の突拍子も無い一言で切り替わる。
……担任は入り口扉の小窓に目をやり軽く頷く。すると数秒の間隙を以て、ゆっくりと扉が開いた。
「「「おぉ…………」」」
突如教室内へと入ってきた一人の人間に………その場にいる誰もが息を呑んだ。
美しい。
テレパスなど使えなくとも、全員の脳内に響き渡る言葉が分かる。それほどまでに彼の姿は美しかった。
170cm後半と思しき長身に、スラリと伸びた細い体躯。少しウェーブのかかった黒髪がミステリアスさを醸し出し、思わず引き込まれそうになる鋭い瞳。極めつけは、稚拙な表現だがまるで絵画から飛び出して来たかのような美しい相貌。………男でもこれは”イケメン過ぎる”と感嘆するしか選択肢はないだろう。無論、女子生徒達はたちまち目を奪われ頬を赤らめていた。
「え~~~じゃあ自己紹介、よろしく」
「………井原。井原……ヒロです」
挙句の果てには中性的だが声も良いときている。黄色い歓声が大きく沸き起こった。
「……………はっ」
そこで我に返る。………だが、聖海の方を見れない。
これほどまでに女子生徒が心を奪われたあのチート級イケメンを目の当たりにして、彼女の表情がどうなったのか……それを見るのが怖かった。
……いや落ち着け、大丈夫だ。イケメンが一人来たところでアイツが簡単に心奪われるワケ……!!
煮えたぎる頭の中をそのままに、俺は軋んだ歯車の様に……左を向いた。
「…………なっ…………!!!」
………そこには、ここにいる誰よりも頬を染めて、恍惚とした表情を浮かべている聖海の姿があった。
十四年間。彼女と出会ってからこれまで一度も見たことがない表情。
その瞬間、俺の心臓は恐ろしいくらいに鼓動を速め……四肢の末端にまで絶望感が駆け巡った。
俺の培ってきた恋心が、たった一本の細い針に突き刺され、耳を劈くような破裂音で弾けていくような感覚。
「じゃあ井原は……真ん中一番奥の席に座りなさい」
「分かりました」
井原ヒロ。彼は淡々と指示に従い、席の間を真ん中から歩き進んでいく。そして、聖海の左を通り過ぎたその瞬間………俺の絶望を更に加速させる言葉が彼女から発せられた。
「よろしくね。………井原君」
かくして……俺の胸に誓った決意はたった一人の男によって、粉々に砕かれてしまうのだった。