7 列車ジャック
隣の車両に連れて行かれた。座席の間に乗客が座らされ、武器を持った数人の男性が囲っている。私とジーンさんも乗客が固まっているところで座らされた。
カタカタと震えている人や、啜り泣く声が聞こえる。
おそらく列車ジャックだ。私も怖い。でも、ジーンさんが心配だ。バレないように治癒魔法をかけなきゃ。
本来は手をかざせば治癒魔法はかけられる。でも、そんなバレバレの行動をするわけにはいかない。
恥ずかしさは押し込めて、気合いを入るれために奥歯を噛み締めた。
隣に座るジーンさんに腕を絡ませてしなだれかかる。ジーンさんは身体をこわばらせた。私が怖がっていると思ったのか、ギュッと手を握ってくれる。
私も握り返した。ジーンさんの温かい手に、微かな安堵と、彼を治さなければという決意を込めて。
誰にも気づかれないように、そっと治癒魔法を送り込んだ。
ジーンさんが反対の手で殴られた場所をさすった。怪我は治せたはずだ。
「ジーンさん、戦えますか?」
「僕の魔法では、乗客に被害が及ぶかもしれない」
ささめきあって、ジーンさんから身体を離す。私の座る位置からは、他に怪我をしている人は見当たらなかった。
乗客がもう一人連れて来られる。
「こいつで最後だ」
列車の大きさから、この人数しか乗っていないのはおかしい。他の車両でも、同じように人が集められているのかもしれない。
それに、クロエさんとライリーさんもいない。二人は別の場所で捕まっているのか。それとも隠れているのだろうか。
ジーンさんが魔法を使えるように、バレないようにどうやって結界を張ったらいいんだろう。
「いい加減泣きやめ! うるさい!」
膝に顔を埋めて泣いている女性に向かって、犯人が剣を振りかぶった。
私は両手を床に付いて、乗客全員が入るように結界の範囲を絞る。振り下ろされる前に直方体の結界を張った。
剣が結界に弾かれる。乗客も列車ジャック犯も全員が目を丸くして固まった。
「お前は、光魔法が使えるのか」
床に手をつき安堵の息を吐いた私を、犯人の一人が見下ろす。バレてしまったけれど、乗客を守れたのだから後悔はしていない。
「別のところに怪我をした仲間がいる。治せ」
やっぱり別の車両でも、同じことが起きているんだ。
「乗客全員の怪我を治させてくれるなら治します。怪我をしている人はいませんか?」
結界が張ってあるのだから、外からは手出しができない。小さな声で怪我をしていると聞こえ、場所を開けてもらった。
「勝手なことをするな!」
構わずに女性の腫れた足に手をかざして怪我を治した。
「そこから出て来い」
「他の車両にいる人の怪我も治せるなら出ていきます」
「先に俺たちの仲間だ」
結界を出ようとすると、ジーンさんに腕を掴まれた。
「行くな! アメリアが危険だ」
「大丈夫です。私は怪我を治せるから、殺されることはないと思います」
人質として、逃走するときに連れて行かれる可能性はあるけれど。
「ジーンさん、ここの人たちをお願いします。私が離れると、結界はそんなに長くもちません」
最後はジーンさんにだけ届くように耳打ちした。
私が結界から出ると、目の前に犯人の一人が立つ。
「男と別れは済んだか」
周りから下卑た笑い声が上がる。黙っていると頬を平手打ちされた。身体がよろけて、座席に腰を下ろした。ジンジンと痛む頬に触れる。
「アメリア!」
ジーンさんが駆け寄ろうとしてくれるが、結界に阻まれる。
結界を自由に出入りできるのは、作った私だけ。
ジーンさんたちが結界から出られるのは、私が解くか、離れて時間が経ち、結界が保てなくなるかだ。私が解くことはない。結界が無くなる前に、ジーンさんの魔法で全員を倒してもらわなければ。
怪我をした犯人は、私がいくらでも治すから。
「もう勝手なことするなよ」
「お仲間を治したら、絶対に他の人も治させてください」
返事はもらえなかった。震えそうになる足に力を込めて、別の車両に向かう犯人の後を追う。
ジーンさん、あとは任せます。
誰もいない車両をついていく。二人分の靴音だけが鮮明に聞こえた。
「あの、なんでこんなことをするんですか?」
列車ジャックなんてリスクが高い。
「捕まっている仲間の解放。こちらには人質が何人もいる。要求が飲まれなければ、何人でも殺す」
鋭い目を向けられて喉が引き攣った。
どうして簡単に人を殺すなんて言えるのだろう。強い言葉に恐怖で震えそうになるが、奥歯に力を込めて唇を引き結んだ。
誰も死なせたくない。私が絶対に治す、と自分を奮い立たせる。
扉を開くと、床に乗客が数人座っており、武装した犯人たちが武器を突きつけていた。
震える乗客の前を通る。絶対に助けます、と心の中で誓った。
「こっちに来い、早くしろ!」
怒鳴り声を上げられて、駆け足でそちらに向かう。
ベンチシートの上で腕を押さえながら、顔を歪めている男性がいた。額に大粒の脂汗が浮いている。服が赤黒く変色していた。
「大丈夫ですか? すぐに治しますね」
傍に膝をつき、怪我人に手をかざした。手のひらから白い光が溢れる。それが全身を覆うと、体に吸収された。起き上がって、腕を回していることから、怪我が治せて私はホッと息を吐いた。
「痛むところはありませんか?」
「いや、ない」
私はすぐに立ち上がって、乗客が座っているところまで駆ける。
「おい! 勝手に動くな!」
怒声と共に、一拍遅れて追いかけてくる足音がある。別の方向から腕が伸びてきて、私は体を捉えられた。軽々しく肩に担がれる。
「下ろしてください」
手足をばたつかせるけれど「うるさい」とお尻を叩かれて痛い。
私を追いかけてきた人が、片手で私の両頬を挟む。
「さっきも勝手なことをするなって言ったよな」
ドスを効かせて睨まれる。怯んでしまいそうになるけれど、約束は守ってもらわないと。
「お仲間を治したら、他の人も治すって言いました」
「俺はそれを許可したか?」
返事はもらっていなかったけれど、そのつもりで結界から出たんだ。ここで引くわけには行かない。
不満を込めた目で見つめると、後方車両から轟音が響き、列車が大きく揺れた。
私は落下して、痛む体に鞭を打ち、乗客の元に這っていく。
ジーンさんがなにかしたんだ。
全員が戸惑っているうちに、乗客の元まで辿り着いた。
「また勝手に動きやがって!」
私に伸びる手が私に触れるより早く、床に手をついて乗客全員を結界が囲う。見えない壁に阻まれて、舌打ちをされた。靴底で何度も結界を蹴られるが、そう簡単には破れない。
「怪我をしている人はいませんか?」
私が声をかければ、控えめにあちこちから声が上がる。最初にいた車両より、怪我人が多い。
「順番に治します」
結界を壊すのを諦めたのか、「後ろの車両を見てくる」と仲間に伝えた犯人が歩き出す。
後方の扉が開くより早く、前方の扉が開いた。全員がそちらに注目する。