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6 初めての列車

 王都の駅は巨大なドーム状の屋根に覆われ、無数のプラットフォームから発着する列車の汽笛がこだましている。人々は大きな荷物を抱え、慌ただしく行き交っていた。


 迷子にならないように、気をつけなければ。

 人波にのまれそうになる足取りを必死に速め、みんなを見失わないようにと、前の人影を追いかける。

 前方から歩いてきた人にぶつかった。よろけながら「ごめんなさい」と謝る。

 腕を掴まれて、そちらに目を向けた。


「大丈夫?」


 ジーンさんが心配そうに、私の顔を凝視する。


「はい、ありがとうございます」


 ジーンさんのローブの袖を掴まされた。


「はぐれないようにね。これで人にぶつからないように歩くことに集中できるでしょ?」


 ジーンさんの口角が上がる。


「よろしくお願いします」

「アメリアのためにいつでも片手は空けてあるから、遠慮なく握ってくれて構わないよ」


 手を握る? そんなこと出来るわけがない。胸の奥がざわつき、顔が熱くなるのを感じた。

「大丈夫です」と小さな声を出すのが精一杯。「残念だ」とジーンさんは明るい声を出して肩を竦める。


 ジーンさんがいてくれたおかげで、はぐれることもなく、目的のホームまで着けた。

 ホームで列車を待っていると、ブレーキ音を響かせて、ゆっくりと列車が止まった。

 列車には初めて乗るから、こわごわと足を乗せる。足音で揺れる私の家より、安定感があった。


 指定の席に向かう。個室には革張りのベンチシートが向かい合わせにあり、二人ずつ並んで座るのにちょうどいい広さだった。


「何か困ったことがあれば、すぐに言うんだぞ」


 隣に座るクロエさんが気遣ってくれる。はい、と頷く。


「お弁当を食べませんか?」


 下町の人たちが作ってくれたお弁当を、テーブルに乗せた。果物や食材など、日持ちするものはしまっておく。


「あっ! 列車の中って食事をしても大丈夫なんですか?」

「ああ、この列車は大丈夫だ。列車内で、食事も販売しているからな」


 出発のアナウンスが流れる。ゆっくりと列車が動き出した。車内は以外と静かで、振動も少なくて乗り心地がいい。

 お弁当を広げ終わり、みんなで手を合わせて食べ始める。


「初めて食べる味だけど、美味しいな」


 王都では一般的な味付けだけど、ライリーさんには馴染みのない味だったみたい。でも、下町の人たちが作ってくれたご飯を美味しいと言ってくれるのは嬉しい。


「食材もいっぱいもらったので、他にも王都の料理を作りますね」


 泊まる場所にキッチンがあればいいのだけれど。


「アメリアの手料理が食べられるなんて、僕は幸せ者だ」


 正面に座るジーンさんが額を押さえた。


「貴方ではなく、ライリーに言ったのですよ」


 クロエさんがジーンさんに釘を刺す。


「えっと、ライリーさんに王都の料理を食べていただきたいのはもちろんなんですが、ジーンさんとクロエさんも食べていただけると嬉しいです」


 胸の前で両手の拳を握って言えば、三人が笑って「食べたい」と言ってくれる。

 和やかに食事をして完食をすると、テーブルの上を綺麗に片付けた。

 窓の外を見る。もう多くの建物が立ち並ぶ王都の景色ではない。緑豊かな草原が広がっていた。


「そうだ、コレを受け取って欲しい。渡すのを忘れていた」


 ジーンさんがテーブルの上にシルバーのバングルを置く。同じデザインのものが四つ。


「魔法で特殊な加工をして、コレを付けている者同士には、絶対に攻撃が当たらないようになっている。誤って味方を攻撃したなんてことがなくなるよ」


 私の前に置かれているバングルを掴む。中に複雑な模様が彫ってあった。


「綺麗ですね」

「ああ、はめてみてくれ」


 バングルに腕を通すと、私の手首のサイズに合わせるように、輪が小さくなった。

 びっくりして目を瞬かせていると、ジーンさんにくすりと笑われた。


「アメリア、お揃いだね。二人だけではないけれど」


 口元しか見えないけれど、ジーンさんが柔らかく微笑んでいるような気がした。声がものすごく優しいから。


「ライリー、私を殴ってくれ」

「そんなこと出来るわけないだろ!」


 女性に手をあげるなどとんでもない、とライリーさんがクロエさんの言葉を即座に拒否した。


「本当に効果があるのか確かめたい」

「それならクロエが俺を殴ればいい」

「そうか、ならば遠慮なく」


 クロエさんの拳はライリーさんに届くことなく、見えない壁に阻まれたようだ。

 光魔法にもある、結界に似ている気がする。


「攻撃だと判定されれば当たらない。攻撃ではないと判断されれば、触れることができる」


 ジーンさんの両腕が伸びてきて、私の手を優しく包む。「キャッ」と悲鳴をあげて思わず手を引いた。温かくて骨張った男の人の手だ。顔が熱い。ドキドキしすぎて、ジーンさんには心を乱されっぱなし。


「アメリアに触るのを、やめていただけますか」

「君は妬いているのかい? 残念だけど、僕はアメリア一筋だから」

「それは絶対にありえません」


 クロエさんが力強く否定する。


「触るなと言うけれど、好きな子に触りたいのは、当たり前のことだろう」

「アメリアに触っていいのは、アメリアの許可を得てからです」


 クロエさんが私をじっと見つめる。ハッとしてジーンさんに向き直った。


「ジーンさん、ダメです」


 それでいいと言わんばかりに、クロエさんが頷く。ジーンさんが「わかったよ」と笑った。


「あれ? 今、駅を通り過ぎなかったか?」


 ライリーさんが首を傾ける。外を見ていなくて気付かなかった。


「この列車は主要都市しか通らないから、すべての駅に停まるはずだが……」


 クロエさんが顎に手を添えて難しい顔をした。


「見間違いということはないか?」


 ジーンさんに聞かれて、ライリーさんが立ち上がった。


「そうだといいんだけど。ちょっと気になるから確認してくる」

「私も行こう。アメリア、先ほどのようにはっきり言うんだぞ」


 個室を出ていくライリーさんとクロエさんを見送った。

ジーンさんと二人になる。目元はわからないけれど、顔がこちらに向いているのは分かり、ジッと見られているようで落ち着かない。視線を何も乗っていないテーブルに落とす。


「アメリア、虹が掛かっているよ」


 ジーンさんの穏やかな声を聞き、私は窓の外に目を向けた。

 澄み切った青空に、虹のアーチが掛かっている。こんなに大きくてくっきり見える虹は初めてだ。


「ジーンさん、綺麗ですね」

「ああ、アメリアと見られて嬉しいよ」


 はしゃぐ私に、ジーンさんはシロップのような甘い声で囁く。ジーンさんが腕を伸ばして、テーブルに手を乗せた。ジーンさんの指先は、私の指先に少しの振動で触れてしまうのではないかという距離に置かれる。


 虹からジーンさんに視線を移した。口元がニンマリと弧を描く。

 心臓が早鐘のように打ち、顔に熱が集まった。体が石像のように固まって動かない。


「アメリア」


 形のいい口が私の名前を呼んだ。甘く囁く声に鼓膜が震える。その口元から目を逸らせないでいると、扉が勢いよく開いた。驚きのあまり肩が跳ねる。

 ライリーさんとクロエさんが戻ってきたのだと、ホッと息を吐いた。


「おかえりなさ……」


 扉に目を向けて声を掛けるが、そこに立っていたのは知らない男性だった。声が引っ込む。


「立て」


 男性は剣先をこちらに向けて、顎を反らす。

 私とジーンさんはゆっくりと立ち上がった。


「来い」


 腕を掴まれた。腕が抜けそうなほどの強い力で引っ張られてつんのめる。


「彼女に触るな!」


 ジーンさんが声を荒げてテーブルに膝を乗せ、私の腕を掴んでいる手首をキツく握る。

 ジーンさんは剣の柄で頭を殴られた。呻き声を上げて、テーブルの上に横たわる。


「ジーンさん!」

「……大丈夫」


 ジーンさんはゆっくりと起き上がった。フードで見えないけれど、怪我をしているかもしれない。

 ジーンさんは胸ぐらを掴まれ、喉元に剣先を突きつけられた。


「大人しくしていろ」


 すぐに剣は下ろされ、私とジーンさんは個室を出る。前を歩かされ、背中に剣先を向けられているのを感じた。冷や汗が止まらない。

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