56 幸せ
会場を出て、ライリーさんとクロエさんが出てくるのを待つ。
「クロエさんがいっぱい出てきた時は、びっくりしましたね」
「どうなることかと思ったけれど、ローとチーの魔法のおかげで、ライリーとクロエは結婚できる」
ジーンさんは二人の頭を撫でた。えっへん、と二人は誇らしげに胸を張る。
ジーンさんの優しさに心が温かくなった。二人に魔法を使わせてあげて。
「アメリア」
声をかけられて、そちらに目を向けると、お父さんが歩いてきた。グリフィスさんとの試合が良かった、と観客たちから声をかけられている。お父さんはみんなに礼を言っていた。
「お父さん、どうしたの?」
「ライリーとクロエは先にホテルに行くと。外に出たら騒ぎになるから。優勝の副賞として、ホテルのスイートルームがライリーに当てがわれたから、そちらにきて欲しいと言っていた」
「それって、私たちも入れるの?」
「ライリーがホテルの人間にアメリアたちの名前を伝えていたから、受付で言えば入れてくれる」
ローとチーの手を握る。
「もうすぐライリーさんに会えるよ。行こうか」
元気よく「はーい」と二人は返事をした。
「僕は後から行くよ。一人、連れて行きたい者がいるから」
「分かりました。ローとチーは私と先に行こう」
三人並んでホテルに向かう。
ジーンさんの連れてきたい人って誰だろ?
王都にライリーさんの知り合いがいるのかな? ライリーさんは昨年初めて王都に来たと言っていたはずだけど。
闘技場の隣にある大きなホテルのロビーに入る。ここに来るのは二回目だけれど、まだ緊張してしまう。受付で名前を伝えると、最上階に行くように言われた。
エレベーターに乗ると、どんどん高くなっていくのが怖いのか、ローとチーがしがみついてきた。私も初めてエレベーターに乗った時は怖かったから、二人を抱きしめて安心させる。
最上階で扉が開いて降りた。このフロアには扉が一つしかない。正面の扉をノックする。
扉を開けたライリーさんに、ローとチーが飛びついた。
「ローとチーも見ててくれたのか?」
ライリーさんは目を丸くした後、顔を緩める。
「ライリーかっこよかった」
「クロエと結婚!」
再び、ライリーさんは目を見開いた。
「ローとチーが王国語を話してる」
「二人とも上手なんですよ。お友達もできたんだよね」
「良かったな! ごめん、入り口で話し込んで。三人とも入って」
招かれて、室内に入った。
広々とした部屋には、大きなベッドが二つと、上品なソファが置かれている。クロエさんがそこに座っており、ライリーさんは隣に腰を下ろした。私たちも座る。
「ジーンは?」
「誰か連れてくるみたいです。ライリーさんのお知り合いがいるんですか?」
「王都になんていないけど」
ライリーさんは心当たりがないようで、首を捻っている。
みんなで話しながら待って、一時間ほど過ぎた頃、扉がノックされた。
「私が開けてこよう」
クロエさんが立ち上がって、扉を開く。
扉が開くと、ジーンさんが「おめでとう」とライリーさんにシャンメリーを手渡した。
ライリーさんは先に2つグラスを出す。ジーと見ていたローとチーに注いで渡した。私もグラスを出すのを手伝って、人数分の準備をした。
入り口に目を向ける。ジーンさんが連れてきたのは、ダスティンさんだった。扉の前でクロエさんと楽しそうに話している。
ライリーさんは眉間を狭めた。
「そんなに険しい顔をしていると、心象が悪くなるぞ」
ジーンさんはライリーさんに耳打ちする。
「だれ? 距離近いし、クロエもずっと笑ってるし」
ライリーさんはダスティンさんを知らないから、嫉妬してしまったのかな?
「ライリーさん、クロエさんのお兄さんです」
私が口元に手を添えて小さく言えば、ライリーさんはすぐに立ち上がってクロエさんたちのところへ向かった。
「初めまして、ライリー・メナールと申します」
ダスティンさんは目尻を下げて笑った。
「本当に良かった。クロエは小さな頃から剣ばかりで、結婚できるか心配だったんだ。ライリーくん、クロエをよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」
ガチガチに固くなりながら、ライリーさんは頭を下げる。
「良かったな、いい人に出会えて」
「そうだな」
クロエさんとダスティンさんは、顔を見合わせて微笑み合った。
三人がこちらに来て、ソファに腰掛ける。グラスを持って、乾杯をした。
口に含むと、りんごの爽やかな甘みとシュワッとした炭酸が口の中に広がる。
「ライリーは王都に住むのか?」
「そうだよ。ジーンのことを当てにしてるんだけど」
ジーンさんはライリーさんに、自分のところに来るように言っていたからね。
「ライリーならどこにでも紹介してやれるよ。引くて数多だろうからな。ダスティンをここに連れてきたのは、結婚のこと以外に、ライリーの仕事のことも話そうと思っていた。騎士団に入るか? 彼に推薦させるが」
「ジーンの護衛ってこと?」
「いや、僕はもう王族ではない」
「そういえば、ジーンは王位継承権を破棄したんだよな?」
国から発表があり、大騒ぎになった。当時はどこに行っても、その話題ばかりを耳にした。
「あっ、そうだ。ライリーの手紙を受け取ったが、僕の名前が間違っていた」
「うそ! 間違えるわけないって!」
自国の王子の名前だ。間違えるわけがない、とライリーさんは否定をする。
「僕の名前はユージーン・フローレス。もう間違えるなよ」
ジーンさんが誇らしそうに言えば、ライリーさんが飛び上がるほど驚く。
「え? アメリアと結婚したの?」
「ああ、半年ほど前に」
「じゃあジーンは今、何をしているんだ?」
「魔族と人間が一緒に学べる学校を作っている」
「すごくいいじゃないか!」
「そうか、では騎士団ではなく、僕のところに来るか?」
ライリーさんはしばらく考えて、ジーンさんのところで働きたいと言った。騎士団を選ばなかったから、クロエさんとダスティンさんは少し残念がっていた。
久しぶりに集まれて、話は尽きず、あっという間に時間は過ぎる。
オレンジ色に染まる王都を一望して、はしゃぐローとチーの手を握った。ライリーさんとクロエさんに別れを告げる。
「楽しかったね」
「また遊ぼうね」
手を振るローとチーに、ライリーさんとクロエさんも振り返した。
ホテルを出ると、昼間は大勢で賑わっていたのに、今は人がまばらだ。片付け始めている屋台もある。
ローとチーをアパートまで送って、私とジーンさんも家に帰る。
「「ただいま」」
声が揃って、顔を見合わせて笑う。
「すぐに夕飯の準備をしますね」
「今日は食べられるものあるかな?」
窓を開けて、庭にある家庭菜園を眺める。
「トマトが食べられそうですね」
赤く色付いたトマトを、ジーンさんが引っ張って取った。私はそれを受け取る。
「サラダにしますか? スープに入れてもいいですよね」
「どっちもいいね。半分サラダで、半分スープにして」
「はい、任せてください」
ジーンさんに抱きしめられる。驚いてトマトを潰してしまいそうになった。
私を抱きしめたまま、ジーンさんが顔を擦り付けてくる。甘えているのかな?
「どうしましたか?」
「ん? 今日はアメリアと引っ付いていなかったなって」
「じゃあ、ご飯を作ってる間、引っ付いていてくれますか?」
キッチンまで手を繋いで向かい、料理中はジーンさんがずっと背中に引っ付いていた。
ジーンさんは私にたくさんの幸せをくれる。私も同じだけジーンさんを幸せにできていたらいいな。
「アメリア、大好きだよ」
「はい、私もジーンさんが好きです」
ふふっ、と嬉しそうな声が聞こえ、私も自然と顔が緩んだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。