55 祝福
闘技大会は勝ち上がりのトーナメント式。
「皆様、本日は闘技大会にご来場いただき、誠にありがとうございます! 勇士たちの熱い魂がぶつかり合う、白熱の戦いをどうぞお楽しみください!」
司会者が前口上で盛り上げ、名前を呼び上げる。
「ガイラ・フローレス、グリフィス・メナール」
初戦はお父さんとライリーさんのお父さんだ。
「一回戦でどちらかが敗退するのか」
「実質これが決勝なのでは?」
ジーンさんとクロエさんが真剣な表情で呟いた。
「騎士団の隊長として数々の実績を誇るガイラ・フローレスだが、昨年の覇者グリフィス・メナールとは二十年以上前から五度闘技大会で戦っており、接戦の末に毎度敗れている。二十年の時を経て、ガイラ・フローレスはグリフィス・メナールに勝利することができるのか?!」
お父さんとグリフィスさんがリングに上がる。
「また戦えて光栄です」
「手紙を頂き、ありがとうございます」
二人とも小さく会釈をする。
「それでは、構えて。……試合開始!」
司会者の合図で剣を抜き、開始の合図とともにぶつかり合う。剣の衝突する金属音が高らかに鳴った。
お互いが最初から全力で攻めている。
試合前は盛り上がって騒がしかった会場には、剣戟音が響いているだけ。
誰もが瞬きも惜しいというほどに、夢中になって試合を見ている。
お父さんが突き、それを受け流して、グリフィスさんが薙ぎ払う。攻撃をしながら、相手の攻撃もいなす。両者一歩も譲らない戦いだ。
決着は一瞬だった。お父さんは完全に交わしたのに、追撃したグリフィスさんによって、剣を弾き飛ばされてしまった。
動きを止めた二人は、汗だくになり、息を上げながら握手を交わした。
お父さんは悔しそうに顔を歪めて「また来年、リベンジさせてください」と頭を下げた。ライリーさんのお父さんは真剣な面持ちで「よろしくお願いします」と答えた。
そこで一気に歓声が湧き、ビリビリと会場全体が震える。
「いい決勝戦だった」
ジーンさんが拍手をする。クロエさんは涙を浮かべて「本当に」と頷いた。
「ライリーは?」
「もう終わりなの?」
ローとチーが悲しそうな表情でオロオロしている。子供たちがジーンさんの冗談を信じてしまった。
「まだ始まったばかりだよ。ライリーさんが出てきたら、いっぱい応援しようね」
私の言葉に、二人は「よかった」と胸を撫で下ろす。
その後も試合が続くけれど、初戦が激しすぎて、なかなか盛り上がらない。
ライリーさんが出てきた時には、みんなで叫んで応援しようって言っていたのに、一瞬でかたがついて、試合中に声を上げることはなかった。
ライリーさんは順調に勝ち上がり、決勝戦でグリフィスさんと戦うことになる。
「ライリーのお父さん強いよね」
「ライリー勝てるかな?」
ローとチーは心配そうに見守る。
「二人が応援したら、ライリーは負けないんじゃないか?」
クロエさんは優しく微笑む。
「クロエも応援してよ」
「ライリーはクロエに応援されたいよ」
二人もライリーさんが望んでいることを理解している。
「さぁ、とうとう最後の試合になりました。グリフィス・メナール、ライリー・メナール。なんと、親子の対決です。息子は父を超えられるのか。父はまだ超えられない壁として立ちはだかるのか! それでは、構えてください」
二人は抜剣して、全く同じ構えをとった。
「試合開始!」
ライリーさんが一瞬で距離を詰め、斬りかかる。グリフィスさんは冷静に受け止め、ライリーさんの剣を押すとすぐに剣を振り下ろした。ライリーさんは危ないながらも受け止める。
「「ライリー頑張れ」」
手に汗握る戦いは、また周りから音を消し、ローとチーの叫び声が響いた。
徐々にグリフィスさんの方が押してきた。ライリーさんは攻撃が減り、受けるのに手一杯。
「ライリー、絶対に勝て!」
クロエさんが立ち上がって叫び声を上げる。
ライリーさんがグリフィスさんの剣を避けて、一歩踏み出した。勢いのまま薙ぎ払い、カウンターが決まってグリフィスさんが膝を付いた。
クロエさんが呆然としたまま、イスに座る。
「勝者はライリー・メナール!」
司会者の声で、会場から歓声と拍手が溢れ返った。
「ライリーが勝った」
「ライリー強い」
ローとチーは手をパチンと叩き合って、喜びを分かち合う。
「クロエさん、ライリーさんが勝ちましたよ」
「あ、ああ、そうだな」
クロエさんの肩を叩くと、我に返ったようにクロエさんは微かに笑った。
「クロエの喝が効いたんじゃないか?」
ジーンさんが揶揄うような口調で言うが、私もそう思う。クロエさんの声が届いたから、ライリーさんは勝ったんだ。
「今の気持ちをお聞かせください」
司会者がライリーさんにマイクを向ける。ライリーさんはこちら、というより、クロエさんを見据えて笑った。
「クロエ、結婚してください!」
ライリーさんの公開プロポーズに、客席から今日一番の歓声が上がる。そして、クロエはどこにいる、と会場はソワソワとし始めた。
クロエさんは顔を覆って俯く。見えている耳は赤い。
「ライリーはこんなことするやつではないだろう」
「父親に勝てたのが、よっぽど嬉しかったんじゃないのか? ハイになっているのだろう」
クロエさんは恥ずかしいと顔を見せず、ジーンさんは腕を組んで大きく頷いた。
「よろしくお願いします」
全く別の場所に座る女性が立ち上がった。
会場がプロポーズの返事に拍手喝采。
ライリーさんは口をポカンと開けて固まった。
「ご結婚、おめでとうございます」
司会者にお祝いの言葉を述べられて、ライリーさんは慌てて否定した。
「あの、クロエじゃないです」
司会者も困惑の表情に変わった。
「私の名前はクロエです」
「私もクロエです」
「私も!」
何人もの女性が名乗りを上げた。ライリーさんはハンサムで強いから、女性たちを虜にしてしまったらしい。
「クロエは珍しい名前じゃないからな」
ジーンさんが冷静な声で呟く。
「クロエさんも名乗り出てください!」
私が拳を握って言えば、クロエさんが顔を上げて目を見開いた。
「ジーンみたいに魔法が使えたらいいのにね」
「そうしたらクロエをビューンってライリーのところに連れてけるのにね」
ローとチーの言葉に、ジーンさんが片方の口角を上げた。その案に乗った! と顔が言っている。私もクロエさんをライリーさんのところに連れて行って欲しい。
「いえ、待ってください」
クロエさんは冷や汗をかきながら、ジーンさんに向かって首を振る。
「二人に魔法を使わせてあげよう。なんでもいいから魔法の呪文を唱えてみて」
ローとチーは顔をパッと明るくした。ライリーさんに指を向ける。
「「クロエ、飛んでけ!」」
二人が叫ぶと、ジーンさんの風の魔法がクロエさんの体を浮かす。
「えっ、嘘ですよね?! ちょ、待ってください!」
クロエさんの声を無視して、ジーンさんは「ライリー、受け取れ」とクロエさんを飛ばした。
ライリーさんの頭上でクロエさんはピタリと止まり、ゆっくり降りてくる。ライリーさんが両肘を曲げ、クロエさんをお姫様抱っこで受け止めた。
「クロエ!」
「あっ、良かった。クロエさんが出てきてくれて」
顔を輝かせるライリーさんを見て、司会者も安堵の息を吐いた。
「あの、下ろしてくれ!」
恥ずかしがって暴れるクロエさんを、ライリーさんはそっと下ろした。
「クロエの声が聞こえたから勝てた。ありがとう」
「いや、ライリーが頑張ったからだろう」
「……それで、返事は?」
ライリーさんが恐る恐る訊ねた。クロエさんの返事を、会場中が固唾を飲んで見守る。
「いいに決まっている! ずっと待っていた!」
「本当? あっ、父さん。俺、クロエと結婚するから」
近くにいたグリフィスさんにライリーさんが報告する。クロエさんは勢いよく頭を下げた。
「クロエさん、ライリーをよろしくお願いします」
グリフィスさんは優しく微笑んだ。
会場中が祝福をする。鳴り止まない拍手に包まれて、闘技大会はライリーさんの優勝とプロポーズで幕を下ろした。