54 闘技大会
ジーンさんのプロポーズを受けて二ヶ月が経つ頃に、下町と平民街の境目辺りに新居を構えた。
二階建ての一軒家だ。こじんまりとした庭で、野菜を育てている。一緒に収穫をして食べるという何気ない日常に、私は幸せを感じていた。
結婚式や新婚旅行にはまだ行けていない。ジーンさんは学校関係で、王都と魔族の国を行ったり来たりしていて忙しい。
一緒に住むようになって半年以上が過ぎた。
仕事が終わって診療所から出ると、お父さんが待っていて驚く。
「どうしたの?」
「お疲れ。アメリアに手紙が届いたから」
受け取って差出人を見ると、ライリーさんだった。
「住所がわからないから、騎士団の俺宛に届いた」
「ありがとう。あれ? お父さんはすごく嬉しそうだね?」
おもちゃを前にわくわくしている子供のような顔に見えた。
お父さんは気恥ずかしそうに頭を掻く。
「顔に出てるのか。ライリーの父親からの手紙が同封されていてな、次の闘技大会で戦いたい、と書いてあった」
私が生まれる前に、お父さんは五年間ライリーさんのお父さんに闘技大会で敗れている。時を経て、再戦できるのが楽しみのようだ。
お父さんとライリーさんのお父さんが戦うかもしれないって、クロエさんが興奮しそうだな。キリィさんのお城で聞いた時、見たかったと嘆いていたから。
「今回は勝てるといいね」
「そうだな。俺が勝つ!」
お父さんと闘技大会のことを話しながら歩き、家まで送ってもらった。
ジーンさんはまだ帰ってきていない。
夕食の準備をし終わって、ライリーさんからの手紙を開封する。
《アメリア久しぶり。元気にやってる? 闘技大会のチケットをクロエに送ったから、ジーンも一緒に三人で見にきてよ。会えるのを楽しみにしている》
クロエさんとライリーさんは手紙のやり取りをしているんだなって思ったら、嬉しくなって自然と頬骨が上がる。
「ただいま」
「おかえりなさい。ライリーさんに手紙をもらいました」
「僕ももらったよ。城に届いてたって、騎士が持ってきた。クロエにチケットを送ったみたいだね。僕はアメリアと見にいくつもりだったから、自分で二枚用意しちゃったんだよね。誰かもらってくれる人がいればいいけれど」
闘技大会は人気だから、見に行きたい人なんていっぱいいると思う。でも、私は連れて行ってあげたい子たちがいる。
「あの、そのチケットで、ローとチーも連れて行ってくれませんか? 二人もライリーさんに会いたがると思います」
「ああ、そうだね。ライリーも喜ぶだろう」
食事をしながら、闘技大会が楽しみだと話した。
一月ほどが経つ。闘技大会当日の朝は、抜けるような青空が広がっていた。
平民街に佇む二階建てのアパートの前で、ローとチーが、楽しみで仕方がないと言った様子で待っていた。
「ジーン、アメリア、おはよう」
「はやく行こう」
二人は王国語がすごく上手くなった。
私の弟と遊ぶようになって、お友達が増えた。人間の子供たちと関わることで、ものすごいスピードで王国語を吸収していった。
『すみません、よろしくお願いします』
スーさんが頭を下げた。私とジーンさんはローとチーを連れて、闘技場近くで待ち合わせをしているクロエさんに会いにいく。
「闘技場の近くは人が多い。僕たちから離れてはいけないよ」
ジーンさんに言い聞かせられて、チーが私の手を握り、ローがジーンさんの手を掴んだ。
闘技場の周りには、多くの屋台が並び、美味しそうな匂いが混ざり合っている。
人も多く、クロエさんをなかなか見つけられない。
「クロエさんはまだ来ていないのかな?」
「クロエの匂いするよ。こっち」
チーに手を引かれて、雑踏を掻き分け進む。
柔らかなニットに上品なロングスカートを合わせたクロエさんを見つけることができた。
「クロエが女の子の格好してる」
隊服姿を見慣れているから、ローは目をまん丸にした。
「似合わないだろうか? この日のために用意したのだが」
ライリーさんに会うのが久しぶりだから、クロエさんはオシャレをしたんだ。いつも凛々しくて頼りになるクロエさんが可愛らしく見えた。
「クロエはきれい」
「クロエにあうよ」
純粋なローとチーの言葉で、クロエさんは照れ笑いを浮かべる。
「ライリーがメロメロになっちゃうね」
チーがふふっと笑って、両手で口を押さえる。
クロエさんもチーと同じ動作をして笑った。
屋台でドリンクを買い、闘技場の入り口でチケットを渡した。
闘技場は円形のリングをぐるりと囲うように、階段状に客席が配置されている。どの席からでも見やすいような作りだ。
席に着いて始まるのを待つ。
「ライリーは優勝できるか?」
ジーンさんは楽しそうに闘技場を見つめる。
「ライリーはお父上には勝てたことがないと言っていましたからね」
「今回は私のお父さんも出ますよ」
クロエさんが「本当か?」とこちらに身を乗り出す。
「ライリーさんのお父さんから手紙が届いたんです。また戦いたいって」
「ガイラ様とライリーのお父上の戦いはずっと見たかったからすごく楽しみだ」
顔の前で手のひらを合わせるクロエさんは、夢心地のような表情を浮かべていた。
「クロエだけはライリーの戦いを楽しみにしてやらなきゃ、ライリーがさすがに可哀想だ」
クロエさんをミーハーだと言っていたジーンさんが肩をすぼめた。
「ぼくはライリーが勝って欲しい」
「わたしもライリーを応援する」
ローとチーは元気に手を上げた。
まだ始まっていないけれど、二人は「ライリー頑張れ」と精一杯の声量で叫んだ。