53 王妃様
仕事が終わる頃に、ジーンさんがお父さんと一緒に迎えにきた。
「お父さんもお仕事終わったの?」
「ああ、それでユージーン様にアメリアと結婚すると聞いて。よかったな。おめでとう」
お父さんは好きな人と一緒になって欲しいと言ってくれた。それが叶って、喜んでくれている。
「ありがとう」
大きく頷いて、お父さんに飛びついた。
私を受け止めたお父さんは、躊躇いながら口を開く。
「それでな、アメリアに会いたいと言う方がいるんだが……」
「だれ?」
お父さんのはっきりしない物言いに、私は首を傾ける。
「僕の母上だよ」
ジーンさんのあっけらかんとした声音に、私は目の前が真っ暗になり、意識が遠のきかけた。お父さんが支えてくれる。
ジーンさんのお母さんって、王妃様ってことだよね。
「王妃様はすごくお優しい方だから。俺も一緒にいるし、な」
お父さんが子供に言い聞かせるように声を掛けるが、驚きすぎて届いてこない。私は口を開いて固まるだけ。
「アメリア、大丈夫だよ。普通のおばさんだから」
ジーンさんの発言に、今度こそ意識を手放すかと思った。王妃様に対してなんてことを!
「大丈夫か? 王妃様がお待ちだから、向かおうか」
お父さんに向かって、小さく頷いた。
ローたちのいる宿屋に着く。
てっきりお城に行くものだと思っていた。王妃様がここまで来てくださったの?
「城だとアメリアが萎縮してしまうと思って、ここまでいらしてくださった」
お父さんは私の頭の中がわかっているかのタイミングで、耳打ちしてくれた。
王妃様のご配慮に、ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちが混ざり合う。
一階の奥の部屋の扉をノックした。中から開けてくれたのはクロエさんだった。
クロエさんは王妃様の護衛騎士をしていると言っていたことを思い出す。クロエさんの顔を観て、少しだけ肩の力が抜けた。
室内に入ると、品の良い四十代くらいの女性が座っている。服装はお城で見たような煌びやかなものではなくて、装飾のない質素なものだった。
私は緊張のあまり、石のように硬直する。
「母上、アメリアだよ」
ジーンさんの腕が、私の背に添えられた。
紹介されてハッと我に返り、思いっきり頭を下げる。
「あ、アメリア・フローレスと申します。よろしくお願いいたします」
「そんなに緊張しないでちょうだい。一緒にお茶をしましょう」
王妃様は陽だまりのような朗らかな声だった。
ジーンさんに促され、イスを引かれてそこに腰掛ける。私の隣にジーンさんが座り、お父さんが私たちの後ろに立った。クロエさんは入り口の前に控えている。
全く余裕がなくて頭が回っていなかったけれど、今更ながらに自分の身なりを思い出す。
昨日泊まったから、服は同じものだし、まとめている髪も崩れている。匂いも消毒臭いだろう。
「アメリアは紅茶は飲める?」
「はい」
返事をするのでいっぱいいっぱいだった。
「ユージーンをよろしくね。自由奔放で苦労するかもしれないけれど、叱ってちょうだい」
私は目を丸くするばかり。
「あの、反対なさらないのですか?」
戸惑う私に、王妃様は柔らかい笑顔を向ける。笑うとジーンさんとそっくりだ。
「最初は驚いたわよ。結婚したい子が見つかったって急に言い出して、相手は下町の診療所で働いてる子って言うんだもの」
「そうですよね」
同意するばかり。なんでわざわざそんな相手を選んだんだって思う方が普通だ。
「あ、違うのよ。アメリアのことではなくて、なぜ下町の女の子と出会ったのかってことが問題だったの」
「僕は城を抜け出して、下町に遊びに行ったって言ったでしょ。アメリアと結婚したいと言ったことで、それがバレて説教と家族会議が始まったよ」
ジーンさんが当時を思い出したようで、肩を竦めた。
「そのすぐ後にアメリアが聖女に選ばれて、ユージーンはあなたを守るために同行するって聞かなかった。クロエを連れて行きたいって言うから、クロエにはユージーンが迷惑をかけたら叱って、とお願いしたの」
クロエさんは王子であるジーンさんに、キツイ言葉を使ったりしていたことを思い出す。
「あの、下町の診療所で働いていると聞いた時はどう思いましたか?」
王子であるジーンさんの相手に相応しくないと思わなかったのだろうか。
「アメリアを好きになった経緯も聞いて、素敵な子と出会ったのねって思ったわ。あのね、身分なんて気にしないわ。ユージーンが好きになった子なんだから。本当に好きな子と幸せに暮らしてほしい。親とはそういうものよ。そうよね、ガイラ」
「全くその通りでございます」
王妃様に声をかけられ、お父さんが同意した。
「今日は突然会いに来てごめんなさいね。話せて嬉しかったわ。また遊びに来るわね」
お父さんが王妃様の後ろに回る。王妃様が立ち上がるためにイスを引いた。
私も慌てて立ち上がる。
「ありがとうございました」
頭を深々と下げる。扉が開き、すぐに閉まった。そこで私は顔を上げる。王妃様はクロエさんと一緒に部屋を出て行った。
「緊張しました」
喉が張り付き、カラカラに乾く。いただいた紅茶を飲み干した。
「そう? 普通のおばさんって言ったでしょ?」
全然違う。空気感とか所作とか。
「アメリア、新居はどうしよか? 下町がいい?」
気を張りすぎていたせいか、今は何も考えることができない。
「結婚式はどこでする? また僕がドレスを選んでもいい?」
ジーンさんは嬉々として話し続ける。
「ハネムーンはどこに行こうか。魔族の国にもいい場所があるか聞いておくね」
甘いとびっきりの笑顔で、ジーンさんは私を見つめる。
「僕、アメリアと結婚できるって、朝からずっと浮かれっぱなし。大好きだよ、アメリア」
顔が熱くなって、うっとりと見惚れる。
「ユージーン様、アメリアをよろしくお願いいたします」
お父さんが頭を下げた。
「様も敬語もいらない。僕は家族になるんだよ」
「そうです……。そうだな、二人の幸せを願っている」
お父さんは部屋を出て行った。
「私も帰ります」
お父さんを追いかけようとすれば、後ろからジーンさんに抱きしめられた。
「帰ってほしくないな」
耳に吐息がかかり、瞬時に顔へ熱が集まる。
お父さんは先に帰ってしまった。ジーンさんと一緒にいてもいいってことかな。
私の体の前で組まれているジーンさんの腕に手を添えた。
「はい、私も一緒にいたいです」
素直な気持ちを言葉にしたけれど、拍動は激しくなり、全身が茹っているかもと錯覚するほど熱い。
「うん、これからはずっと一緒だね」
ジーンさんの弾んだ声を聞き、私は幸福感を噛み締めた。