表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/56

5 いってきます

 住み慣れた下町に着くと安心して、ホッと息を吐く。王都に住んでいても、お城やホテルは豪華すぎて、別の世界のようだった。無意識に身体に力が入っていたみたい。下町は落ち着く。


「ここが私の家です」


 路地に入って、一番最初にある木造二階建ての家。外壁がところどころ剥がれている。扉を開くと、玄関に駆けてくる複数の足音で、家が縦に揺れた。


「お姉ちゃんが聖女って本当?」

「お洋服可愛いね」

「すぐに帰ってくる?」

「お姉ちゃんがいないと寂しい」


 六人の弟妹に囲われ、矢継ぎ早に声が上がる。


「お守りを作ったの」


 ハギレを縫い合わせた、小さな巾着袋を渡された。中には折り畳まれた紙が入っている。それを取り出して、一枚ずつ眺め、目頭が熱くなった。

 みんなが無事に帰ってこられるように、とメッセージを書いてくれている。文字が書けない小さな弟は、絵を描いてくれた。丁寧に折りたたんで巾着袋の中にしまう。


「ありがとう」


 一人ずつ抱きしめた。


「アメリア」


 遅れてお母さんが家から出てきた。顔は青く、目が真っ赤だった。すがりつくように、お母さんが私に腕を回す。


「お母さん、どうしたの?」

「アメリアが聖女だなんて……。あなたまで帰ってこなかったら……」


 言葉を続けられず、お母さんは身体を震わせて、私の肩に顔を埋める。肩がじんわりと温かく濡れた。

 私だって本当は怖い。でもお母さんを安心させるために、明るい声で大丈夫だと伝える。


「もし危ない目に遭っても逃げ切って見せるよ! 私は五十メートルを九秒で走れるんだから!」

「姉ちゃん、それは全然速くないからな」


 すぐ下の弟につっこまれてしまった。


「速度強化の魔法を使ったほうがいいよ」


 具体的なアドバイスを妹からもらう。


「そうだね」


 頷くと、ジーンさんがお母さんの前に出た。


「安心してくださいお義母様。アメリアは僕が必ず守りますので」

「……お義母様?!」


 お母さんが怪訝な表情を見せる。驚き過ぎて、涙は引っ込んでしまったようだ。


「えっと、一緒に旅をするジーンさんだよ。それに、クロエさんとライリーさん」


 クロエさんとライリーさんが頭を下げる。


「私たちがアメリアをお守り致します。もちろん彼からも」


 クロエさんがジーンさんに手を向けると「お願いします」と全員が声を揃える。ジーンさんはライリーさんに「ややこしくなるから、話に入っていかないで」と引き戻されていった。


「アメリアちゃん、これを持っていって」

「元気に帰ってこいよ」

「みんな待ってるからね」


 ご近所さんたちも集まってきて、食べ物や飲み物を腕いっぱいに持たせてくれた。


「アメリア、身体に気をつけて」

「先生」


 先生からは薬やガーゼなどが詰まった救急箱をもらう。ライリーさんとジーンさんが荷物を持ってくれた。


「みんなありがとう。いってきます!」


 笑顔で手を振って歩き出す。家族はずっと私の名前を呼んで、帰りを待っている、と叫んでいた。堪えきれずに両頬をとめどなく涙が伝う。


 同時に三枚のハンカチを差し出された。みんなの優しさに甘え、三枚とも受け取った。

 駅に向かって歩き、次第に涙も落ち着いていく。


「アメリアの家族は、だれかいなくなったのか?」


 クロエさんが言いにくそうに口を開いた。お母さんが私までいなくなったらと泣いたから、心配してくれたのだろう。


「父親だよね」


 私より早くジーンさんが答えて、目を瞬かせる。なんで知っているのだろう?


「僕はアメリアについて調べたって言ったでしょ? そうしたらアメリアの父親は、この国の有名人だった」

「有名人?」


 ライリーさんが首を傾けると、ジーンさんが頷く。


「ガイラ・フローレス」

「アメリアはガイラ・フローレス様のご息女?」


 クロエさんが目を見開いた。


「その名前は、王都に住んでいない俺でも知っている。平民で初めて、騎士団の隊長になった人だ」


 ライリーさんも驚きに、目を見張った。


「そうだ。それに、五年前に平和条約を結ぶため、部隊を率いて魔王の城に向かったのがガイラだ」

「えっ? お父さんが?」


 お父さんが騎士団の隊長なのは知っている。でも、具体的にどんな仕事をしているのかは知らなかった。お父さんは家で仕事の話をほとんどしないから。


「なんでアメリアが驚くんだ?」

「だって、お父さんは任務で王都を離れるとしか言っていませんでした。普段から、どんなことをしているのかも知りません」

「秘匿任務も多いからな」


 騎士のクロエさんが小さく頷く。


「じゃあお父さんは、魔王に殺されちゃったんですか?」

「いや、分からない。魔王の城に着いたという通信以降、連絡が取れなくなった。後から少数の騎士を向かわせても、その者たちも帰ってこない」


 そういえば、お城でそんな話を聞いた。


「望みは薄いが、生きているかもしれない」

「本当ですか!」


 お父さんが生きている? 希望の光が胸に灯ると同時に、もし違ったらという不安も頭をよぎった。それでも、わずかな可能性に賭けたい!


「あまり期待はしないほうがいいが、絶対にないとは言い切れない。僕はアメリアにお礼をしたいと言っただろう。アメリアを守るために同行するというのが一番の目的だが、ガイラの消息を辿るためでもある」

「ジーンさんは騎士なんですか? だからお父さんの任務も知っているんですか?」

「いや、僕は騎士ではない。だが、ガイラのことは知っている。僕はガイラがやられるとも思えない」


 神官でも騎士でもないのに、どうして一緒に旅に出られるんだろう? お父さんとも知り合いみたいだし。

 フードで顔の上半分は隠れていて、見えているジーンさんの口元が少し横に広がった。


「やられると思えないって、お父さんは強いんですか?」

「それはもう、強かった!」


 ジーンさんではなく、興奮した様子でクロエさんが声を上げる。


「ガイラ様が騎士団にいた時は、私はまだ騎士学校の生徒だったから、直接の関わりはない。だが、騎士団の訓練を見学させていただいた時、ガイラ様は一振りで騎士団の精鋭たちを薙ぎ払った」

「ちょっと落ち着こうか。一番しっかりしているであろう君がそんなだと、アメリアも戸惑っちゃうでしょ」


 ジーンさんがクロエさんの肩を叩くと、ハッとしてクロエさんは眉尻を下げた。


「すまない。ついガイラ様の訓練のことを思い出して、熱が入ってしまった」


 クロエさんは恥ずかしそうに頬を染める。


「いえ、お父さんのことを教えていただけて嬉しいです」

「俺もアメリアの父さんのこと、協力するよ」

「もちろん、私もだ」


 ライリーさんとクロエさんにお礼を言う。

 私の知らないお父さんのことが知れた。生きているかもしれない可能性が出てきた。

 魔王の城に行くのはやっぱり怖いけれど、お父さんに会いたい。


「みなさん、よろしくお願いします。私を魔王の城まで連れていってください」

「「「任せろ!」」」


 ジーンさん、クロエさん、ライリーさんの声が重なった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ