45 魔王の城出発
窓から差し込む朝日が眩しくて、目を覚ます。隣でクロエさんが穏やかな寝息を立てていた。
瞼が重くて、目が半分くらいしか開いていないような気がする。
ベッドから降りて姿見を覗き込むと、瞼は腫れて、顔はパンパンに浮腫んでいた。酷い顔だ。タオルを濡らして顔を冷やす。少しでも腫れが引いてくれれば、いいのだけれど。
しばらくそのままでいると、扉がノックされる。扉を開くと、お父さんが立っていた。
私の顔を見て苦い表情を見せるから、泣いたのはバレたのだろう。
「大丈夫か?」
「うん。元気だよ。どうしたの?」
「朝食を食べたら出発するぞ」
「わかった。クロエさんを起こして、準備ができたら食堂に行くね」
扉を閉めて再び顔を確認する。やっぱりまだ顔は腫れている。ジーンさんには見られたくないのにな。
大きく息を吐いて、ベッドに近付いた。
「クロエさん、起きてください」
クロエさんの肩をトントンとすれば、バチっと目が開く。相変わらず寝起きがいい。
「食事を終えたら、出発するそうです」
クロエさんと身だしなみを整えて、部屋を出た。
食堂に入って空いている席に着くと、ジーンさんが私を凝視する。居心地が悪くて俯いた。
「アメリア、誰に泣かされたの?」
私は首を振る。
「泣かされてなんていません。もう旅が終わっちゃうんだなってクロエさんと話をしていたら、寂しくなってしまって」
ジーンさんは「本当に?」とクロエさんに確認をとっている。クロエさんが肯定してくれて、ホッと息をついた。昨日の夜のことは、秘密にしてくれて助かった。
「そうだよな。最初はなんで俺が勇者? って思って戸惑ったし、勇者らしいことなんて全くなかったけど、帰るんだってなったら寂しいよな」
「ライリーは勇者だったよ。強いだけではなく、優しくて温かい」
クロエさんが笑うと、ライリーさんは顔を赤くして照れくさそうに頭を掻く。
言葉が通じないのに、チーの心を溶かしたのはライリーさんだった。
私だってライリーさんの言葉に救われた。列車ジャックの後、私だけ戦うことができないと嘆いたら、私には救う力があると言ってくれた。そのおかげで、私にできることをやろうって思えた。
食事を終えると、キリィさんに地下にある神殿のような場所に連れて行かれた。中心が少し高くなっており、その上に魔法陣が描かれていて光を放っている。
『これはなんですか?』
『転送魔法陣だ。この国の至る所に同じものがある。私にしか発動できないが、これで好きな場所まで飛べる』
ウーさんとスーさんが、キリィさんは毎日いろんな街に顔を出していたと言っていた。これで移動していたからできたんだ。
『人間の国に一番近い森へ、順番に転送する』
魔法陣の上に立つ。
『ガイラ、いつでも待っているからな』
キリィさんはお父さんに、泣き笑いの表情で声をかけた。
「お前も王都に来いよ」
『そう簡単に魔王である私が、人間の国に行けると思うか?』
「来れるだろ。平和条約が結ばれたんだ。お前が積極的に来ることで、魔族が人間の国に興味を持つだろうからな」
キリィさんは目を見開いた後、口角を上げる。
眩い光に包まれて瞼を閉じた。ジーンさんに手を握られる。これで最後と言い聞かせ、私も握り返した。あなたに出会えて本当に良かった、と気持ちを込めて。
光が消えて瞼を開くと、ローとチーを送るのに通った森にいた。ここをまっすぐ行けば、チサレバに着く。そこから列車に乗って王都を目指すんだ。
名残惜しく思いながら、ジーンさんの手を離す。人間の国は目と鼻の先。もうこの気持ちは、大事に心の奥底にしまう時間だ。
ジーンさんは離れた手に目を向けて、不思議そうに首を傾けた。
すぐに光が現れて、騎士たちが続々と転送されてくる。
私はお父さんの隣に立った。
「どうかしたか?」
心配そうに顔を覗き込まれるけれど、首を振って笑った。
全員が転送されると、チサレバに向かって歩き出す。
前回通った時は、ジーンさんの魔法で空を飛んで移動した。ふわふわと浮いて、貴重な体験をさせてもらった。
しばらく進むと、ローとチーが隠れていた場所を通る。ジーンさんのローブに隠して、二人を街まで連れて行った。
どこを見ても、ジーンさんのことを思い出す。
「辛いのか?」
俯いていたからだろうか。お父さんが声をかけてきた。
私は首を振って笑う。
「ここね、魔族の子供と出会って仲良くなった場所なの。それを思い出していただけだよ」
ローとチーのことを、お父さんに話す。
話しながら歩いていると、すぐにチサレバの街に着いた。甘い香りが充満している。ネロセビの花だ。花は変わらず綺麗に咲き誇っていた。
「僕は騎士団にオークション以前に捕えられた人の可能性を伝えてくる」
「私も行きます。いなくなった人が見つかったのか気になりますし」
ジーンさんとクロエさんがお父さんと数人の騎士を連れて、騎士団本部に向かった。
私はライリーさんと街を見て回る。
「やっぱり苦手だ、この街の匂い」
ライリーさんは鼻を手で覆っている。
「ライリーさんは、ラミサカに帰るんですよね?」
「ああ、もともと王都に来たのは、闘技大会に出るのが目的だったし。また来年挑戦するよ」
「応援しに行きますね」
「ああ、見にきてよ」
ライリーさんとは来年に会えそうだ。でもその後は?
「ライリーさんはクロエさんと離れてしまって平気なんですか?」
ライリーさんは眉間に皺を寄せる。
「内緒にしてよ。すげー嫌!」
口元に手を添えて、ライリーさんは私の耳元で囁いた。
「でも帰っちゃうんですよね。剣術道場を継ぐからですか?」
「いや、関係ないよ。俺には弟がいるから、俺が継がなければいけないってわけじゃない」
「じゃあどうして?」
「家族も心配しているだろうからね、一旦帰らないと」
「じゃあ、王都に戻ってくるってことですか?」
「すぐにってわけにはいかないと思うけど、そうできればいいなとは思っている」
ライリーさんとクロエさんは、この先一緒にいられる未来がありそうだ。自然と顔が綻ぶ。
ライリーさんと屋台で串焼きを食べた。やっぱりお花の匂いしかしなくて、食べ物の匂いがした方が美味しいのに、と苦笑する。
ジーンさんたちが戻ってきたのはお昼過ぎだった。
すぐに列車に乗る。
ジーンさん、クロエさん、ライリーさんと個室を用意してもらえた。
列車は駅をゆっくりと進み、徐々にスピードを上げて駅を出発する。景色は駅から自然豊かな草原に変わった。
「オークションにかけられた人は見つかったか?」
「全員ではないが、見つかった人もいる」
「良かったです」
胸を撫で下ろす。全員見つかればいのだけれど。
「アジュラのこともあるから、オークション以前のことも尋問するように伝えておいた」
ジーンさんの顔は朗らかだった。全員じゃないけれど、人が見つかったんだ。
オークションの時はなんでジーンさんが必死になって人を買おうとしていたからわからなかったけれど、自国の民を救いたかったのだろうな。
私は窓の外を眺める。大きな滝が白い飛沫をあげている。これもジーンさんと見たものだ。
「綺麗ですね」
目に焼き付けておきたくて、窓にかじりついた。