42 魔王復活
いつもは白い光なのに、虹色に輝く光が魔王を包み込む。
目を開けていられないほどの光が溢れて、瞼をキツく閉じた。
『よくやった』
低めの女性の声が降ってくる。私の頭を撫でた。
冷たくて固かった魔王の足は、血が通ったように温かくて柔らかくなった。
ゆっくりと瞼を開こうとしたけれど、魔力を使い果たして、意識が遠のく。
身体が後ろに傾くと、抱き止められた。うっすら目を開けると、黒い大きな角を生やした、妖艶な美女が口角を上げていた。私を支えてくれたのは魔王だ。
『封印を解いてくれて助かった』
私の胸に手を当て、そこから全身に暖かなものが広がる。
魔力切れでボーッとしていたけれど、頭の中がクリアになる。目をパチパチと瞬かせた。
『少し魔力は返した。気分はどうだ?』
魔力を返すなんてできるの? 調子は全く悪くない。
『大丈夫です』
魔王は表情を固くして立ち上がった。彼女の視線の先にはアジュラ。彼は魔王と視線が絡むと跪いた。
『よくも封印なんてしてくれたな』
カツカツと尖ったヒールを鳴らして進み、魔王はアジュラの前に仁王立ちした。
魔王はアジュラの胸ぐらを掴んで自分に引き寄せる。魔王が至近距離で睨みつけると、アジュラは視線を逸らした。
それに苛立ちを覚えたようで、魔王は舌打ちをすると、アジュラを殴り飛ばす。アジュラは数メートル先の壁に身体を打ちつけた。
呆気に取られて、私はただ見ていることしかできない。
『毎日毎日私の前で泣くくらいなら、封印なんてバカなことをしなければいいのに』
『見ておられたのですか?』
アジュラは身体を庇いながら、上体を起こした。
『封印されている間も意識はあった。なぜ、私を封印なんてした』
『人間との平和条約なんて耐えられませんでした。人間なんて滅べばいい』
私たちに向けるアジュラの目は、憎悪で燃えているようだった。その目に萎縮してしまい、顔を下げる。ジーンさんがしゃがみ込んで、私に寄り添ってくれた。
冷え切った指を握ってくれて、ジーンさんの温もりがひどく落ち着く。
翻訳機をジーンさんに奪われたから、ライリーさんだけはキョロキョロと目を忙しなく移していた。クロエさんがライリーさんに寄り添って、通訳を始める。
魔王はアジュラに手を差し出した。アジュラは眺めるだけだったけれど、痺れを切らした魔王がアジュラの手首を掴んで引き上げた。
『お前が人間を嫌う理由はわかる。だが、お前は人間の醜い部分しか知らない。尊い部分だってある』
『そんなものありません。人間と生活していた私にはわかります』
アジュラは人間と生活をしていた? どうしてそんなに人間を憎むのだろう。
『……そうだな』
魔王は瞼を伏せた。しばらくの沈黙の後、再び口を開く。
『人間を好きになれとは言わない。だが、私は共存の道を選ぶ。人間にだって善人も悪人もいる。それは私たち魔族だって同じだ。種族ではなく、個の問題だ』
人間による人身売買のオークションを見た。魔族の盗賊たちの加虐趣味も見た。どちらも私には理解できないことだった。
でもそれは一部だって知ってる。ローとチーに会って、魔族と仲良くなれた。フィモルは魔族と人間が共存する街で、種族なんて関係なく、全員が笑い合っていた。人間と魔族のハーフの赤ちゃんにも出会った。
人間と魔族だって仲良くできる。私は種族が違うからと、よく知りもしないで距離をとりたくない。人間も魔族も同じヒトなのだから。
『アジュラ、次の世代のことを考えないか?』
魔王は慈愛に満ちた表情を見せる。
『次の世代、ですか?』
『そうだ。あの子たち、さらに先の世代の子供たちが豊かに暮らせる国にしたい。そのためには、人間と手を取るべきだと思う』
魔王は自分のお世話をしていた、子供の魔族に目を向けた。アジュラも魔王の視線の先を追う。
アジュラは子供の時に人間に捕まり、奴隷として扱われていたと魔王が話してくれた。成長すると人間より力があることを知り、人間を倒して逃げ出した、と。
魔族の国まで駆け、フラフラになっているところを魔王が保護したようだ。
捕まって奴隷? オークションを思い出して身震いした。
『それはどこの街だ? 他に捕まっている者は?』
ジーンさんが叫ぶと、アジュラは目を尖らせて明後日の方向を向いた。
『アジュラ』
魔王が嗜めるように名前を呼べば、アジュラは渋々といった様子で口を開く。
『街の名前はわからない。とにかく花の匂いが不快な街だった』
オークションをやっていたチサレバだ。アジュラが子供の頃というと、二十年くらい前だろうか? 彼は三十前後に見える。そんなに前からオークションは行われていたの?
『アジュラも買われたのか?』
『買う?』
ジーンさんの問いに、アジュラは眉間に皺を刻んだだけだった。
オークションはなかったってことかな?
それもこれも、今頃騎士団が調べているだろう。
『アジュラが人間と関わりたくないのはわかっている。魔族のために、平和条約を結ばないか?』
アジュラは言葉を発しなかった。割り切れるものでもないのだろう。
魔王は仕方がないな、とでもいうように眉尻を下げて笑う。そしてお父さんに足を向けた。
『ガイラ、遅くなったな。平和条約を結ぼう』
「ああ、待ちくたびれた」
魔王とお父さんが握手を交わした。