4 旅立ち
お城を出てしばらく進むと、軽快な音楽が聞こえた。
三日後に、年に一度の大きな闘技大会が開かれる。そのため、闘技場の周りは多くの人で賑わっていた。
露天がずらりと並び、甘い焼き菓子の匂いや、香ばしく焼けたお肉の匂いなどでお腹が鳴りそう。
可愛らしいアクセサリーや、実演販売をしている調理器具も気になる。
後ろ髪を引かれながら、素通りした。
闘技大会に出場する選手が泊まるホテルは、闘技場に隣接している円柱型のホテル。どの客室からも、王都の景色が一望できて人気を博している。
初めて入るけれど、広々としたエントランスは、観葉植物や絵画が飾られていて、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
エレベーターに乗る。これも初めて。少し怖くて、上昇する時に思わずクロエさんの隊服の裾を掴んだ。
クロエさんは優しく目を細め「落ちないから大丈夫だ」と不安で眉を下げている私に声をかけてくれた。
「僕のことも頼ってくれていいのに」
ジーンさんが唇を尖らす。
「ジーンはどうして顔を隠しているんだ?」
ライリーさんが聞くと、扉が開いた。閉まる前に急いで降りる。
「僕くらいの美貌だと、歩くだけで女性たちが集まってきてしまうからね」
ジーンさんがフッと笑う。
「美形も大変なんですね」
容姿が整っていても苦労することがあるのか、と目を見張る。
「変顔していたら、隠さなくてもいいんじゃないかな!」
ライリーさんが名案だとでも言うように提案をすれば、クロエさんが吹き出した。
「二人とも面白いな」
目尻を拭うクロエさんに、私とライリーさんは目を瞬かせて首を傾けた。
「……僕はそんなことしないよ」
ジーンさんはそっぽを向いた。
長い廊下を歩き、ライリーさんが部屋の前で止まる。カードを差し込むと、カチリと音が鳴ってロックが解除された。
扉を開くと、ライリーさんによく似た、精悍な男の人がすぐに駆け寄ってくる。ライリーさんの顔を見て、ホッと息を吐いたのがわかった。
「父だよ」
ライリーさんがお父さんに手を向ける。
お父さんは「どうぞ」と部屋に招き入れてくれた。
シングルベッドが二つと、テーブルの傍にアームチェアが二脚置かれた、シンプルな部屋だった。バルコニー側は全面ガラス張りになっており、暖かな日差しが部屋を明るく照らしている。
「父さん、一緒に旅をすることになったアメリア、ジーン、クロエだよ」
ライリーさんに紹介をされて、私たちは頭を下げた。
「……息子をよろしくお願いします」
奥歯に力を込めて、私たちよりも深くお父さんが頭を下げる。身体の横で握られた手が震えていた。
心配で仕方がないんだろうな。
優しくて温かいお父さんだ。
私は自分のお父さんを思い出した。もう会うことはできないけれど、私たち家族を包み込んでくれるような、大きくて温かい人だった。
「ライリー、みなさんの足を引っ張らないようにな」
「わかってるよ」
「それと、絶対に帰ってきなさい」
お父さんの切実な声に、ライリーさんが力強く頷いた。お父さんがキツくライリーさんを抱きしめる。背中を二度叩くと、すぐに離れた。
ライリーさんは帯刀ベルトを腰に巻く。年季が入っているようで、皺が刻まれ、ところどころ変色していた。勇者の剣をそこに収める。
「身体に気をつけるんだぞ」
「うん、父さんも。……闘技大会の決勝で父さんと戦えないのは、ちょっと残念だな」
「また来年がある。今回は私が優勝しておくさ」
私はもう一度深く頭を下げて、部屋を出た。エレベーターに向かう長い廊下を歩く。
「ライリーのお父上は強いな」
クロエさんが顎に手を添えて、ライリーさんに視線を投げる。
私にはライリーさんを心配する、優しいお父さんにしか見えなかった。
剣士同士だと、見ただけでそんなことが分かるのか、と目を見張る。
「俺は毎日負けてる。父さんは十八歳で闘技大会に出場して、五連覇したらしい」
「五連覇? それはすごいな」
クロエさんは目を丸くした。
「毎回ギリギリだったみたいだけどね。ものすごく強い熊みたいな大男がいたらしいから。俺が産まれてからは大会は出なかったけど、俺が十八になったら、一緒に出ることを楽しみにしていたらしいよ」
闘技大会に出場できるのは、十八歳から。ライリーさんが十八歳になって、闘技大会に出るために王都に来たのに、それが叶わなくなってしまった。
エレベーターに乗り込む。
下がる時にびっくりして、またクロエさんの服を掴んでしまった。クロエさんが口の端を広げる。
「アメリアみたいな妹がいたら、毎日可愛がるんだろうな」
私は長女だから、クロエさんのような頼りになるお姉さんには憧れる。
「クロエさんはおいくつなんですか?」
「私は二十一だ」
私とライリーさんの三つ上だ。
「僕は二十三だよ」
ジーンさんが片手を上げて、口元を綻ばせる。ジーンさんが最年長だと知って驚いた。クロエさんに叱られてばかりいたから、クロエさんと同じ歳か年下だと思っていた。
「ジーンは一番上に見えないな」
ライリーさんも私と同じことを思っていたみたい。
エレベーターから降り、エントランスを抜けてホテルを出る。
露天で賑わう道を通り抜け、下町方面に足を進めた。