36 盗賊
三十分ほど進み、馬車が急停止した。
「出よう」
ジーンさんの後に続いて荷台を降りる。
街道の脇は少し地面が高くなっており、影がずらりと並んでいた。こちらの人数よりも多い。
盗賊が横並びになっている傍に、やけに目立つ大木があった。そこに、二人の人間が服にナイフを突き刺されて、縫い付けられていた。頭はもたげて、顔は見えない。長髪と短髪で、どちらも男性だ。身体には数本の矢が刺さっており、服を赤黒く染めている。
一人の魔族が的当てのように、人間に向かって矢を投げていた。矢が刺さり、人間は叫び声を上げて手足をばたつかせる。
息を飲んで、口元を両手で覆った。ひどい……。
『ちょうどいいところに新しいおもちゃが来た。反応が同じでつまんねーんだよな。人間の剣士を二人捕まえてこい。男は頑丈そうだし、女はいい声で鳴きそうだ。……そういえば、女と同じ服のやつを昔おもちゃにしたな。あいつらは長く遊べた』
こちらを見下ろして下卑た笑みを浮かべて命令する。盗賊たちは寸分の狂いもなく『はい』と返事をし、その声量に空気が震えた。
昔、騎士が捕まったの? お父さんは魔王の城にいるんだよね? お父さんと一緒に魔王の城に向かった人? でも、それならお父さんは盗賊を見逃したってことになる。それは絶対にありえない。
考えを巡らせていると、クロエさんが呟いた。
「斥候部隊か」
お父さんたちの行方を探すために、派遣された騎士?
ジーンさんが奥歯を噛み締めて、ギリッと音が鳴った。
「奴らは強いです」
クロエさんの声にジーンさんが頷いた。
そうだよね。王国騎士団の人たちがやられちゃうんだもん。震える手に力を込める。
「それに人数が多い。僕の魔法で一掃する。執事たちは巻き込まれないように、人間を助けに行ってくれ。クロエは先導しろ。そして執事たちが助けている間に、矢を投げている奴を倒せ。ライリーは他の盗賊を引きつけて、僕を守ってくれ」
「承知いたしました」
「わかった」
クロエさんとライリーさんが同時に頷いた。
クロエさんを先頭に、執事さんたちがその背を追う。
ライリーさんは盗賊目掛けて駆け出した。段差を踏み込んで飛び上がる。勢いのままに剣を振り下ろした。
ジーンさんは大きな竜巻を発生させる。そこに炎の魔法を加え、燃え上がる竜巻を完成させた。
みんなの行動力に圧倒されていた私は我に返って、馬車と馬を守るために結界を張る。
ジーンさんの炎の竜巻が、盗賊に襲いかかった。
ライリーさんは攻撃の手を止めない。ジーンさんの魔法にライリーさんも飲み込まれた。
盗賊たちが竜巻の餌食になって、悲鳴が響き渡る。上昇して弾き飛ばされ、地面に体を叩きつけられていた。
執事さんたちがぐったりしている人間を抱えて戻ってくる。私は結界を解いて、執事さんたちを全員入れるとまた張り直した。
執事さんは人間を横にさせる。胸が上下に動いていることを確認して、私は安堵の息を吐いた。助けられる。
『すみません、皆さんで矢を抜いてもらえますか?』
まずは手前にいる短髪の人をお願いした。
『クロエお嬢様も助けに行かせてください』
クロエさんは大木の近くで盗賊と戦っている。剣技が拮抗しているようで、剣を振っては受け止め、と膠着状態だ。
「ダメだ。はっきり言って、執事たちではあいつに勝てない。クロエも執事が近付けば、執事に気をやり、隙が出来る。あいつはクロエが必ず倒すから、アメリアは執事たちと人間を救うことだけを考えてくれ」
ジーンさんの言葉に私は頷いた。
私もクロエさんは負けないって信じている。結界は解かない。
『この人たちを助けるのが先です。矢を抜くと同時に治癒魔法をかけるので、素早く抜いてください』
執事さんたちに伝え、目の前の人の耳に口を寄せる。
「すみません、痛いと思いますが、少しだけ我慢してください」
執事さんたちが身体に刺さっている矢を掴んだ。いっせいに引き抜き、矢が抜かれた身体は跳ねて暴れだす。すぐに治癒魔法をかけた。白い光は傷付いた身体を包み、吸収される。傷は跡形もなく消え去った。
飛び起きて、自分の身体確かめるように触れている。
「痛みはありますか?」
「いや、ない。……エルド!」
短髪の男性は長髪の男性を視界にとらえると、名前を叫んだ。
「大丈夫です。生きています。絶対に治します」
エルドさんの矢を抜くように執事さんに頼む。エルドさんは矢が抜けると叫び声を上げた。すぐに治癒魔法をかける。傷が消え、大きく息を吐き出した。
エルドさんは起き上がり、自分の身体を見渡す。そして辺りに視線を移して「ジャック」と呟いた。
ジャックさんとエルドさんは、お互いの無事を知り、一筋の涙を流した。
「ジーンさん、お二人とも助けられました。私が他にできることはありますか?」
ジーンさんが出した炎の竜巻は、まだ威力が衰えていない。竜巻に弾き飛ばされた盗賊が起き上がり、ふらつきながらもこちらに迫る。ジーンさんを戦闘不能にすれば、魔法も消えることがわかっているか。
「危ない!」
結界の外に飛び出して、ジーンさんを突き飛ばした。私はその場で転倒して、地面に身体を打ちつける。
痛みに顔を歪めると、暗い影がかかった。顔を上げると、目の前には盗賊がいて、剣を振り上げているところだった。鈍く光る剣から目が逸らせない。
盗賊の人を仕留める前の、高揚した愉悦の表情もはっきりと見える。剣を振り下ろす動作はスローモーションのように見えた。周りの音は何も聞こえない。
避けなきゃと頭ではわかっているのに、身体が動かない。ゆっくりと刃先が近付いてくる。
『ぐっ……』
盗賊が呻き声を上げて膝を折る。地面で肩を押さえながらのたうつ盗賊を見て、時間と音が戻ってきた。
「アメリア、無茶をするな!」
ジーンさんに支えられて起こされる。泣き出しそうな顔に触れた。こんな顔をさせたかったわけじゃないのに……。上手く助けることができなかった。
盗賊の肩は細いものが貫通したように、小さな穴が空いていた。そこから血液が溢れ出す。
「ジーンさんがやったんですか?」
「強い魔法を出す余裕なんてなかったから、水をレーザーのように絞って放った」
「……助けなきゃ」
盗賊に手をかざすと、ジーンさんに手首を掴まれて引かれた。
ジーンさんは盗賊に向けて、氷のような冷たい目を向ける。こんな顔もさせたくなかった。
ジーンさんは大きく息を吐いて、私に柔らかい表情を向けてくれた。
「僕はこのまま苦しみながら生き絶えればいいと思ってる。でもそれは、患者を選ばないという君の信念に反することだよね?」
私は大きく頷いた。誰も死なせたくないし、誰にも殺させたくない。
「治すのは執事たちと助けた人に拘束をさせて、動けなくさせてからだ。他にも治したいのなら、全員で協力して縛ることだ」
「わかりました」
結界の中に戻って、ガマさんにロープをもらう。
私は執事さんたちやエルドさんとジャックさんに渡した。
結界を解いてみんなが出ると、荷物を守るために再び張り直した。
拘束し終わった盗賊たちが、私の元に運ばれてくる。