35 野営
適度に休憩を挟んで進み、辺りが暗くなる前に野営の準備を始めた。
木の枝を集めると、ジーンさんが魔法で火を灯す。執事さんたちが手を叩いて感嘆の声をあげた。いつもは苦労して火を付けているようだ。
食事をして、馬のお世話もして、辺りは真っ暗になった。
明かりのない草原だから、月や星がすごく綺麗に見える。
見張りの順番を決める時に、一番最初は私が一人でやると立候補した。みんなは疲れているだろうから、早く休んでほしい。
「一人で見張りは無理だろう。私が一緒にやる」
クロエさんの申し出に首を振った。クロエさんと話しながらだと時間が過ぎるのも早いだろうけれど、ずっと馬に乗っていたのだからゆっくりしてほしい。
「私は一人でできます。結界を張るので、自分で見えない場所でも、外から攻撃されればわかります。でも、範囲は狭い方が助かるので、なるべく馬車の近くで眠ってほしいです」
結界は範囲が広ければ強度は下がるし、張っていられる時間も短くなる。馬車とここにいる全員を囲うだけならば、問題はない。
「わかった、アメリアに頼むよ。でも、明日は盗賊の住処の近くを通る。襲われたら、アメリアには馬車と馬を守ってもらわなければならない。オークションの時のように、守りは君に任せっきりになってしまう。疲れる前に見張りを変わるって約束できる?」
ジーンさんは私が魔力切れで倒れた時のことを思い出したのか、泣き出しそうな表情だった。その時はいっぱい泣かせてしまった。もうジーンさんにそんな顔はさせたくない。
私は力強く頷いた。盗賊との戦闘の後は、魔王の城に着く。魔力切れを起こして、みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。
「見張りが終わったら、栄養も睡眠もたくさん摂ります」
「よし、いい子だ」
ジーンさんは私の頭をポンポンとすると、他の人たちと見張りの順番を決めるために離れていった。
私は触れられた頭に手を乗せる。温かくて大きな手を思い出し、顔が熱くなった。手で顔をあおいで風を送る。
チラリとジーンさんの様子を伺う。ジーンさんは古代語が苦手だから、積極的に話してはいないが、真剣な表情で相槌を打っている。
私の視線に気付いたジーンさんがこちらに目を向け、表情を和らげた。
心臓がドッと鳴った。ジーンさんの存在が、私の中でどんどん大きくなる。
まずいなって思うのに、ジーンさんを目で追ってしまうのをやめられない。
見張りの順番が決まると、ガマさんとクロエさんが別々の馬車に乗った。
「アメリア、俺と執事さんが次の見張りだから」
ライリーさんはそれだけ伝えると、リネンの大きな布が敷かれている場所で寝転がった。執事さんたちもそこで横になる。
夕飯の残り物をもらって、傍に置いた。
一人だと時間が過ぎるのが遅い。栄養を摂りながら、交代の時間まで過ごそう。
私は地面に手を当てて直方体の結界を張った。
大きく息を吐いて肩の力を抜く。
「アメリア」
後ろから声をかけられて、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。ジーンさんが私の隣に座る。
「ジーンさんも休んでください」
「ここで休ませて」
ジーンさんの頭が私の肩に乗った。そこから全身に熱が広がるようだ。カチンコチンに固まる。
「見張りを交代する時に僕のことも起こしていいからね。ここにいたいってわがままを言っているのは、僕なんだから」
ジーンさんは瞼を下ろした。すぐに寝息が聞こえる。
私はジーンさんと結婚する覚悟はない。それなのに一緒にいてくれて、嬉しい言葉をかけられると、底のない沼にはまって抜け出せないような感覚に陥る。
全員が寝静まると、すごく静かだ。さっきまでは聞こえなかった、虫の声が耳に届く。
肩に乗る重みに気を取られると、ジーンさんで頭の中が埋まってしまうから、首を振って隅の方に追いやった。
何度か深呼吸をする。だいぶ落ち着けた。
明日になればお父さんに会えるんだ。そのためには盗賊から荷物を守らなきゃ。私は戦うことはできないから、自分にできることを頑張ろう!
まずは魔力切れを起こさないためにも、栄養補給のために、傍に置いておいた食事を頬張った。
何事もなく時間は過ぎて、私に寄りかかっているジーンさんの身体を支えるながら、私は腰を上げる。ジーンさんの身体は、座りながら頭を前方に倒すことで安定した。
みんなが寝ているところに向かい、ライリーさんの肩を叩いた。
ライリーさんが薄らと、瞼を開く。
「すみません、そろそろ見張りを変わってください」
ライリーさんは目をパッと開くと、隣で寝ている執事さんを起こした。
「俺たちが見張りをするから、アメリアはクロエと同じ馬車で寝ておいでよ」
「はい、ありがとうございます。でもその前に、ジーンさんを運ぶのを手伝っていただけますか?」
起こしていいと言われたけれど、ジーンさんだって見張りをするんだ。それまではなるべく寝かせてあげたい。あのまま放置すると、確実に首が痛くなる。
ライリーさんがジーンさんを肩に担ぎ、私と執事さんは降ろす時に補助をした。
ジーンさんも執事さんたちが寝る布の上で、気持ちよさそうに眠っている。
「荷台に乗ったら結界を解きますので、よろしくお願いします」
私は馬車の荷台によじ登り、眠るクロエさんの隣に横たわって瞼を閉じた。すぐに睡魔は襲ってきて、夢の中へ落ちていく。
眠気の残る瞼を擦りながら、身体を起こした。隣にクロエさんはいなかった。
幌の隙間から顔だけ出すと、登り始めた太陽が白く辺りを照らす。光の絨毯を敷いているようだった。
荷台から降りると、前方にクロエさんがいて、後方に執事さんがいた。クロエさんは最後の見張りだったようだ。
クロエさんは寝起きはいいけれど、一番ねぼすけのイメージだったから、起きた時に隣にいなかったのは少し驚いた。私が寝坊した時だけだもんね。クロエさんが一番最後に起きなかったのって。
「クロエさん、おはようございます」
「おはよう。まだ寝ていてもいいぞ。みんな寝ているから」
布の上でみんなは身体を寄せ合って眠っていた。
「目は覚めました。朝ごはんの準備をしますね」
私が朝食を作っていると、起きてきた執事さんたちが一緒に作ってくれる。
匂いに釣られたのか、出来上がる前に全員が目を覚ました。
みんなで美味しく食べていると、ガマさんが食事の手を止めて口を開く。
『二時間ほど進むと、盗賊の住む場所に近付きます。早いかもしれませんが、その前に一度休憩をしましょう』
全員が口を引き結んで頷いた。
馬車に乗せてもらっている私とは違い、みんなは馬に乗って警戒しながら進んでいる。二時間もその状態で、戦うのは厳しいだろう。
『盗賊のいる場所からさらに一時間ほど進むと、魔王様の城に着きます。順調ならばお昼頃に着くことになります』
いよいよだと思うと、緊張から心音は速まり、手のひらには嫌な汗が滲んだ。
「大丈夫。僕たちがいるから」
ジーンさんに顔を覗き込まれた。そこで視線が下がっていることに気付く。顔を上げて頷いた。
恐怖で竦んでしまいそうになる足も、一人ではないから前に出せる。
「頑張りましょう!」
みんなに向かって発した言葉だけれど、自分にも言い聞かせた。
出発の準備ができると、ジーンさんと馬車の荷台に乗った。
ゆっくりと車輪が回る音が聞こえて進む。
ジーンさんは眠ってしまった。盗賊と魔王の城とで、もしかしたら今日は二回戦うことになるかもしれない。それに備えているのだろう。どちらとも戦わずに、平和条約を結ぶことができるのが一番いいのだけれど。
ガマさんが提案した通り、一時間以上進んだところで休憩を取った。みんなに水を配り、盗賊との戦闘の準備を整える。
じゅうぶんな休息を取り、気を引き締めて先に進んだ。