34 荷台でおしゃべり
魔王の城には馬車で丸一日掛かるようで、二日後の朝に出発した。
馬車は二台で、たくさんの木箱が詰められている。
私の隣にはジーンさんが座った。拳一つ分くらいの距離を空けて。
ガマさんはもう一方の馬車に乗っている。
護衛をする執事さんたち。それにクロエさんとライリーさんは、馬に乗って馬車と並走する。
馬車の荷台は幌で覆われていて、景色が見えない。微かに鳥のさえずりが聞こえてくるけれど、どんなところを走っているのだろう?
馬の蹄が地面を蹴る音と、車輪のガタガタという音が響き、荷台は小刻みに揺れている。
今はジーンさんと二人っきりだ。
聞きたいことを聞いて、答えてくれるかな?
横目でジーンさんを伺えば、私のことを見ていたようで、視線が交わり、ジーンさんは優しく目を細める。
「ジーンさんはお父さんのことを、よく知っているんですか?」
顔見知り程度ではないだろう。そうでなければ、お父さんが「人を傷つけるはずがない」とまでは言い切れない。
ジーンさんは斜め上に目を向ける。遠い昔を思い出しているようだ。
「子供の頃によくガイラに怪我を治してもらったな。走って転んだり、木に登って落ちたりして、生傷が絶えなかったから」
「活発だったんですね」
ジーンさんは要人のご子息なのかな?
お父さんが騎士団でどんな仕事をしていたかわからないから、想像することしかできないけれど。
「ガイラが隊長になってからは会わなくなったが、活躍は耳にしていたよ」
お父さんとジーンさんは、ジーンさんが子供の時に関わっていたことはわかった。
時間はたっぷりあるんだから、今日はいっぱい質問しよう!
「ジーンさんはクロエさんのお兄さんと仲良しなんですよね?」
「クロエに聞いたのかい? 僕は仲良しだと思っているけれど、向こうはどうかな?」
ジーンさんは眉尻を下げて笑う。なんだか寂しそうに見えた。
「じゃあクロエさんは?」
クロエさんは顔見知り程度だと言っていた。
ジーンさんはパッと顔を輝かせる。
「アメリア、ヤキモチかな? 僕とクロエにはなにもないよ。僕はクロエのことはそんなに知らないし。クロエは僕の母のお気に入りだ。……ああ、安心してくれ、母は君のことも絶対に気に入るだろうから、嫁姑問題になんて発展しないよ。母は兄嫁とも仲良しだからね」
ジーンさんが身を寄せるから、少し距離を取った。「つれないね」と肩を竦められる。
「じゃあなんでクロエさんは、ジーンさんの名前を呼ばないんですか?」
顔見知り程度でも、知り合いのはずだ。クロエさんはジーンさんを【貴方】や【彼】と呼ぶ。私とライリーさんのことは、名前で呼ぶのに。
「もしかして僕は、クロエに嫌われているのだろうか?」
ジーンさんは口に手を添えて、大袈裟なほど驚いた。……これは誤魔化そうとしている?
無言でジッと見つめると、ジーンさんは顔の横で両手のひらを見せた。
話してくれるようで、耳を傾ける。
「クロエは兄と似て、真面目すぎるのだろうね。だから呼べないんじゃないのかな? 僕は気にしないのに。そうでなければ、名前で呼びたくないほど嫌われているか、だ」
クロエさんはジーンさんのことを、異性としては苦手だと言っていたけれど、普段の様子から嫌っているような気はしない。
騎士のクロエさんが真面目だから呼ばないって、やっぱりジーンさんは身分の高い方なのだろう。貴族なのかな?
でもクロエさんは、第一王子様のハロルド殿下のことは名前で呼んでいた。身分が高いからって理由ではないのかもしれない。一つ知れると、わからないことも増える。
馬車がゆっくりと停止した。休憩をするみたいで、荷台から降りる。
私はみんなに食べ物と飲み物を配った。
馬にも水を飲ませる。優しい目をしていて可愛い。
馬のお世話をしていると、食べ終わったライリーさんが隣に立った。
「アメリアも食べておいでよ。俺が変わるから」
「いえ、私は荷台で座っているだけだし、いつでも食べられるので。ライリーさんが休んでください」
騎士学校に通っている弟が、馬に乗る授業で全身筋肉痛になったと言っていたことがある。優雅なイメージがあったけれど、馬に乗るのって過酷なことなんだとそれで知った。
馬は水を飲み終えて、生えてる草を食べる。
ライリーさんは変わるのではなく、手伝うと言ってくれたから、二人で馬に水を届けた。その際に馬へ体力強化の魔法をかける。馬に乗って、見張ってくれていたみんなにも。
まだ先は長いし、気休めかもしれないけれど、楽になってくれれば嬉しい。
小一時間ほど休憩をして、私はまた荷台に乗り、ジーンさんと話した。
質問はやめて雑談に入ると、ジーンさんはよく喋る。明るくて楽しくて、二人で笑い合った。
ジーンさんの笑顔を隣で見ていたいのに、ジーンさんの好意を素直に受け入れることができないのは、身分の壁が頭をチラついて離れてくれないから。
これが物語なら、身分差の恋もハッピーエンドだろう。
でも実際は? 私が貴族に嫁ぐ? 想像すらできない。十八年間ずっと下町で育って、平民として生きてきたのだから。




