33 父の噂
『いい雰囲気のところ申し訳ありませんが、こちらをお納めください』
成り行きを見守っていたガマさんが、紙を差し出した。
「請求書? こんな金額、払えるわけないだろう!」
クロエさんが顔を青くして叫んだ。駆け寄って金額を見るけれど、ゼロがたくさんありすぎて眩暈がした。
もしかして、今まで贅沢させてもらってた額? それはそうだよね。無償で至れり尽くせりなんて、虫が良すぎる。
「ぼったくりか?」
クロエさんがガマさんにすごむが、ガマさんは『とんでもない』と首を振った。
『ジーンさんとライリーさんが壊した物や、屋敷の修繕費と、倒された執事たちの医療費です』
ガマさんの言葉に狼狽えることしかできない。私とクロエさんとライリーさんが慌てふためく中、ジーンさんが請求書を掴んで「妥当な額だな」と漏らした。
それがわかっていながら壊したの?
ジーンさんが懐から小切手を出す。金額を記入してガマさんに差し出した。
『かんちがいで、こわして、わるかった』
ジーンさんは苦手な古代語で謝罪する。
『えっ? 払えるのですか?』
ガマさんが焦ったような表情を見せる。払えると思っていない相手に、なんで請求なんてしたんだろう?
『ほんらいの、もくてきは、べつか?』
ジーンさんが声のトーンを落として、目の幅を狭める。ガマさんは力なく頷いた。
『わたくしは商人でございます。お客様にご満足いただけるものをお届けするのが仕事です。三日後に大口のお客様のところへ届けるものがあるのですが、道中に盗賊が住み着いたようなのです。うちの執事たちは訓練された、とても強い執事なのに、貴方たちに倒された。届けられなければ、今後取引をしていただけなくなるかもしれません。だから貴方たちに、盗賊を倒して頂きたかった』
ガマさんがしょんもりする。
『あの、私がみなさんの怪我を治します』
私が手を上げると、ガマさんに両手をギュッと掴まれた。
『本当ですか! ありがとうございます。よかった、魔王様は一番のお客様だから、ここに取引が止められたら、他からも打ち切られる可能性がありましたから。商売は信用第一ですので』
魔王様?
全員が目を見開いた。
『つれていってくれ』
ジーンさんがガマさんに詰め寄った。
「執事の治療もしますし、商品の護衛も私たちに任せていただけないでしょうか?」
クロエさんもガマさんに懇願する。
『それはありがたいですが、貴方たちにメリットなんてありませんよ?』
『私たち、魔王の城が目的地なんです』
ガマさんは唸り声を上げながら、頭を悩ませているようだ。
『目的を聞いてもよろしいですか? わたくしも最近は魔王様とはお会いしておらず、側近のアジュラ様と取引しているようなものなのです』
魔王の討伐を命じられたこと。魔族を知って、五年前に叶わなかった平和条約を結びたいこと。お父さんの行方を辿っていることを話した。
『……近くまでなら、お連れできます。馬車の中はいつも確認されますので、お城の中までお連れすることはできません。アジュラ様は人間嫌いで有名なので、取引を打ち切られる可能性があります』
「構いません。よろしくお願いします」
ライリーさんが頭を下げて、私たちも倣った。
しばらく沈黙が続き『わかりました』とガマさんが柔らかい声を出す。
『気をつけてくださいね。わたくしも噂でしか聞いたことがありませんが、人間が近付くと、お城から恐ろしく強い人間が出てきて、追い返すみたいです。荷物を確認される時に世間話をするのですが、たまに実力を示したいのか、魔王様を討とうとする人間たちがやってくるらしいのです。わたくしほどの大きさで、オレンジの髪をした恐ろしく強い人間みたいですよ。ボロボロの布を大事そうに持っている、というのも聞きましたね。本当かどうかわかりませんが。だって、わたくしほど大きな人間なんていませんよね』
ガマさんは冗談だろうと、笑った。私はガマさんの言葉に勢いよく顔を上げる。身体が震えるほどの喜びに満たされた。
「お父さんです! その人、私のお父さんです!」
お父さんが生きている!
思わず王国語で話してしまい、ガマさんは首を捻っていた。
『私のお父さんです』
『アメリアさんのお父上が、わたくしと同じ大きさ?』
『お父さんは二メートルくらいありますし、腕なんか丸太みたいに太いです。髪は私と同じ、オレンジ色をしています』
お父さんは六人の兄弟を一気に抱えられるほど、力も強かった。
私はガマさんに弟妹が作ってくれたお守りを見せる。
『ボロボロの布って、これと同じものだと思います。私たちが作ったお守り』
ガマさんが優しく微笑む。
『それなら会いに行かなければ、なりませんね』
私は何度も頷いた。
「でもなんで、アメリアの父さんは魔王の城にいるんだ?」
「僕の知っているガイラは、人間に危害を加えるようなやつではない」
ライリーさんとジーンさんが首を捻る。
私も気になっていた。なんで帰ってこなくて、人を傷つけるの?
不安が募り、視線が下がる。つま先をぼーっと眺めた。
「理由があるに決まっている。アメリア、ガイラ様を迎えに行こう」
クロエさんに背中をポンと叩かれた。顔を上げると、みんなが力強く頷く。私は奥歯を噛み締めた。
お父さんと一緒に王都へ帰るんだ!