29 王族について
翌朝、日の出とともに目覚めた。
グッと伸びをして起き上がる。
自分の身だしなみを整えた後、クロエさんを起こした。隣の部屋から足音が聞こえるから、ジーンさんかライリーさんも起きているのだろう。
全員の準備が整うと、町長さんの家を出た。
ソルフォの町を出発して、ジーンさんはフードを外す。まだ少し疲れの残る顔をしていた。
「今日も体力強化の魔法をかけさせてくださいね」
「助かるよ」
手をかざすと、ジーンさんは穏やかに微笑む。
「魔王の城までかなり距離がありますが、途中で魔族の住む街に寄りますか?」
クロエさんがジーンさんの体調を気遣う。
「進めるだけ進んで、近くの街に寄ろう。人間を受け入れてくれるかは分からないが」
日差しが暖かく、時折り爽やかな風に撫でられた。
何のトラブルもなく街道をひたすら進み、休憩ができる小屋を見つけた。隣には大きな木が立っており、甘い果実の香りに癒される。
小屋の中は食事のできるスペースと眠るスペースが、パーテーションで区切られていた。太陽が真上にあるから、ちょうどお昼ご飯にいい時間で、体を休めることにする。
「お昼ご飯を作りますね。待っていてください」
「火が欲しかったら僕が焼くよ」
ジーンさんには休んでもらいたいので、私は断った。
調理するスペースがないから、みんながいるテーブルで野菜をカットしていく。それをパンに挟み、フルーツの皮を剥いて食べやすい大きさに切った。
足りない時のために、昨日作ったお菓子も並べる。
食事の準備が終わり、全員で手を合わせた。楽しく食べていると、ジーンさんがテーブルに突っ伏す。
「どうしましたか?」
驚きすぎて声をかけるが、どうやら食べながら寝てしまったようだ。喉に詰まるといけないから、口の中のものは掻き出した。
「ジーンはどこか悪いのか?」
ライリーさんがジーンさんを肩に担いで、眠るスペースに移動させた。
「いえ、魔力切れなのに、歩きっぱなしだから寝て回復をしようとしているんだと思います。魔力切れは病気ではないので、薬がありません。栄養と睡眠をとるしかないんです」
私は二日半眠りっぱなしで、点滴で栄養をとっていた。だから魔力は戻っていたけれど、ジーンさんは一日休んだだけだ。
「ソルフォに戻った方がいいのでしょうか?」
「だが、人一人抱えて戻るには距離がありすぎる。今日はここに泊まろう」
「そうだな。それなら俺は食べたら眠らせてもらうよ。夜の見張りをするから、アメリアとクロエが寝る頃に起こしてくれ」
「わかりました。途中で見張りを交代したい時は、起こしてくださいね」
「今から夜まで寝られるなら、俺一人で大丈夫だよ」
ライリーさんは完食すると、ジーンさんの隣に横になった。
片付け終わると、クロエさんは素振りをすると言って外に出て行く。
王都を発ってから、いろんなことがありすぎた。
ポケットに仕舞い込んでいたお守りを取り出す。
お父さんが遠征に向かう時に、私も弟妹たちと一緒にお守りを作った。
昔のことを思い出して、鼻の奥がツンと痛くなる。お父さんに会いたいな。どこにいるんだろう。
お守りを握りしめながら、テーブルに上体を倒した。瞼を下ろすと、眠気に抗えなかった。
目を開いて体を起こした。数回瞬きをして、手元を見つめる。お守りは握ったままで安堵した。なくさないように、大切にポケットへしまう。
窓の外に目を向けると、太陽はまだ高い位置にあった。あまり時間は経っていないみたいだ。
パーテーションの奥を覗く。ジーンさんとライリーさんはぐっすりと眠ったまま。
クロエさんは、まだ素振りをしているのかな?
水とタオルを用意して、扉を開いた。
クロエさんは汗だくになりながら、剣を振っている。素振りというより、見えない誰かと戦っているみたいだ。
踏み込んで薙ぎ払ったかと思えば、後ろに飛んでかわすような動作も見せる。
速すぎて全部の動きを追えてはいないだろうけれど、圧倒されて見入った。
決着がつくまで、クロエさんは私が見ていることに気付かない。息を整えながら剣を鞘に収めると、クロエさんはこちらを向いて声を立てて笑った。
「アメリア、頬の跡がすごいぞ」
頬に触れる。テーブルに接していた方が、ボコボコしていた。寝跡に顔から火が出るんじゃいかってほど熱くなった。
クロエさんは口元を押さえながら、こちらに歩いてくる。目は細められているし、頬骨は上がっているから、笑っているのは隠せていない。
「笑いすぎです」
「いや、可愛いなと思って。アメリアも休んでいて、いいんだぞ。心地いい気温だし、昼食を食べた後だと眠くなるだろ。休める時に休むのも大事だからな」
「それならクロエさんも休んでください」
水とタオルを差し出せば、クロエさんはありがとうと受け取ってくれた。小屋の入り口の前にある段差に腰掛け、クロエさんは水を一気に飲み干すと顔を拭う。私もその隣に腰を下ろした。
「クロエさんは誰と戦っていたんですか?」
クロエさんは目を瞬かせて、照れくさそうにはにかんだ。
「兄だ。私が一番戦った相手だからな。イメージがしやすい」
「お兄さんも騎士なんですか?」
「そうだ。兄も私と一緒で王族警護の隊にいる。……私と一緒というより、兄のおかげで私が王族警護の隊にいる、が正しいな」
クロエさんが空を見上げて、懐かしそうに微笑む。
「三年前、私が騎士学校を卒業する直前に、第一王子であらせられる、ハロルド殿下がご成婚なされた。その時に王妃様の護衛騎士全員が、王子妃様へ移った」
「なぜですか?」
「王妃様は王子妃様を可愛がっているからな。自分の護衛騎士が一番信用できるから、王子妃様を守るように隊の編成をしたんだ」
「素敵な方ですね」
王妃様と王子妃様には謁見の間でお会いしたが、緊張のあまりよく覚えていない。王様が私たちと同じ高さまで降りてきてくださったことで、頭の中がパニックだったから。
そういえば、王子様はお一人だった。王子妃様と並んでいたから、第一王子様だったのかな? 第二王子様は、何でいなかったんだろう?
思考を巡らせていると、クロエさんが話を続けた。
「王妃様を守るために、信用のできる女性騎士を探していたんだ。第二王子の護衛騎士である兄が、私を推薦した」
「信頼されているんですね?」
「どうしてそう思う?」
「だって王妃様ですよ! わずかでも悩むようなことがあれば、身内でも推薦なんてできませんよ。しかもクロエさんはまだ学生だったんですよね? 私のすぐ下の弟も、今は騎士学校に通っています。王族の方の護衛にしてくださいなんて、絶対に言えません!」
首が取れるんじゃないかってほど横に振る。
「なぜだ? アメリアの弟なら問題はなさそうだが」
「成績はいいみたいですが、マナーの面では心配があります」
学校で習っているだろうけれど、下町育ちの平民だ。絶対にボロが出る。
「誰か信用のできる騎士を探すことがあれば、私がアメリアの弟を推薦しよう。……いや、違うな。ガイラ様に推薦された方が国は信用するし、弟も喜ぶだろう」
「お父さんですか?」
「ああ、絶対に見つけて、一緒に帰ろう」
クロエさんの力強い言葉に、勇気付けられる。
遺体も遺品もなく、お父さんは亡くなったと知らされた。生きている可能性があるとわかってからも、五年も帰ってこないのは、亡くなっているからなんじゃないかと思うこともあった。
私はお父さんと一緒に下町の自宅に帰る。狭い部屋でみんなでひっついて寝るんだ。お父さんは大きいから、今よりもっと部屋が狭く感じるんだろうな。
大きな家に住みたいと望んだことはないけれど、狭くなることが待ち遠しく思うのは初めてだ。
クロエさんとたくさん話していると、陽が傾き始めた。徐々に辺りがオレンジ色に染まっていく。
「夕飯はどうしましょうか? ライリーさんは寝る時に起こしてと言っていたので、食事は取っておくのですが、ジーンさんは起こした方がいいのでしょうか?」
睡眠も大事だけれど、栄養も同じくらい必要だ。私の時みたいに、ここには点滴がない。
「夕飯ができたら起こそう。起きなければそのまま寝かせて、すぐに食べられるようにしておこう」
「そうですね」
「アメリアに任せてばかりだから、夕飯は私も手伝うぞ」
腕まくりをするクロエさんが頼もしく見えた。
それなのに食材を切ることをお願いしたら、手つきが危なっかしくてストップをかける。
大きく振りかぶって包丁を下ろすクロエさんの手元は、まるで剣を振るっているようだった。
「あの、クロエさんは普段料理はしますか?」
「いや、しないな。騎士の女子寮に住んでいるから、食堂で料理がでてくる。実家にいた頃も剣ばかり握っていて、料理を習ったことはない」
クロエさんに包丁を離してもらった。その手に目を見張る。
クロエさんは綺麗な人だ。繊細な手を想像していた。皮膚がマメで硬くなっていて、爪は白いところが見えないくらい短い。剣士の手なんだろうな。
「クロエさん、左手を猫の手にしましょう」
指先を軽く曲げて見せ、野菜をカットした。私の手を見て、クロエさんも切っていく。
「やりにくいな」
「肩の力を抜いてください。あっ、クロエさん、豪快ですね……」
一つ切り終えると、クロエさんは「できたぞ」と子供のように顔を輝かせた。可愛らしくて、私も笑顔になる。不揃いの野菜は調味料と和えて、パンに挟んだ。
火が使えないと、作れる料理が少なすぎる。味は変えたけれど、昼食と同じになってしまった。
眠るジーンさんの肩を叩く。薄らと瞼を開いたが、すぐに閉じられてしまった。
起こすのはやめて、二人分の食事をよける。私はクロエさんと美味しく食べた。