28 お菓子作り
「アメリア、そろそろ起きようか」
肩を叩かれて、眠い目を擦りながら起き上がる。疲れていたからか、時計が壊れているんじゃないかと疑うほど遅く起きた。
「朝ごはんを作らなきゃ!」
ベッドを飛び降りて、バレッタで髪をまとめると、クロエさんがふふっと笑った。
「朝ごはんは、町長の奥さんが用意してくれたよ」
「あっ、そうでした」
ここは王都の下町にある、私の家じゃない。
クロエさんに促されて部屋を出た。
階段を降りてリビングに入ると、温かい食事をいただく。
大事をとって、今日も泊めてもらうことにした。
ジーンさんは食事を終えると、部屋に戻ってベッドに入って横になる。すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
コンコンと扉がノックされる。ライリーさんが扉を開くと、リリーさんが顔を覗かせた。
「私はサーシャに会いに行ってきます」
「お一人ですか? 危ないですよ」
心配で私が声をかけると、リリーさんは笑顔で首を振った。
「いいえ、サーシャのお父さんと行きます」
「行きは私が護衛しよう。今日も世話になるからな」
クロエさんが立ち上がった。
「俺も行くよ。アメリアはジーンについていて」
私はジーンさんの整った寝顔を確認して、はいと頷いた。
「私たちは明日、ソルフォを出発する予定だから、町まで送ったらすぐに引き返す」
「私は何日か滞在する予定なので、行きについてきていただけるだけで、心強いです」
リリーさんは、ソルフォからいなくなった人たちも探すようだ。
「気をつけてくださいね」
みんなを見送り、ジーンさんと二人きりになった。ベッドの近くにあるイスに座る。
ライリーさんとクロエさんは、リリーさんたちを安全にフィモルに送り届けることができる。私はここで一日中、何もせずにジーンさんのそばにいるだけでいいのだろうか?
私には何ができるのかな。思考を巡らせて、得意なことを思いついた。
ジーンさんが起きた時のために、すぐに戻ります、と書き置きを残して部屋を出る。
ソルフォは酪農と農業の町だ。みんなに栄養のあるものを食べてもらおう。
外に繰り出して、町の中を歩き回った。新鮮な野菜や果物やミルクを買う。
町長さんの家に戻ると、お昼ご飯が用意されていて、美味しくいただいた。
食後の片付けを手伝って、キッチンを貸してもらう。にんじんとブロッコリーのマフィンと、りんごとバナナのスコーンを焼いた。
これなら明日からの旅で、小腹が空いたらすぐに食べることができる。
時計を見ると、お昼の三時。長いことキッチンを占領してしまった。
私はジーンさんの様子を見に、二階へ上がる。
部屋に戻ると、ジーンさんがベッドに腰をかけて、虚な目を壁に向けていた。
「体調はいかがですか?」
ジーンさんに駆け寄って、手首で脈を測る。
「うーん、まだ万全じゃないね。アメリアはいい匂いがする」
首元に顔を近付けられて、思わずのけ反った。顔が熱くなって、心臓はバクバクと鳴り響く。
「あ、あの、お菓子を作っていました」
「食べたい」
「すぐに持ってきますね」
急いで階下に降り、スコーンとマフィンを一つずつジーンさんに持っていく。
食欲があるのはいいことだ。たくさん食べてもらいたい。
「どうぞ」
「ありがとう。全部は食べられないと思うから、半分こにしない?」
まだ温かいマフィンとスコーンを、真ん中で分ける。ジーンさんに半分渡して、私はマフィンを口に含んだ。
野菜の甘みで食べやすい。
「美味しいよ」
「良かったです。いっぱい作ったので、明日以降も食べてくださいね」
「僕ね、ブロッコリー苦手だったはずなんだけど、アメリアが作ってくれて、一緒に食べるから、すごく美味しく感じられた。食べられるようになったみたい」
無理をしている様子もなく、笑顔でジーンさんはマフィンをもう一度かじった。
ジーンさんの言葉が頭の中でリピートされて、顔が熱くなるけれど、頬は緩んだ。
ジーンさんはスコーンも美味しいと完食してくれた。
ジーンさんは食べ終わると大きなあくびを手で隠す。もう一度眠るようで、私は掛け布団をジーンさんの首まで引き上げた。
外が暗くなると、ライリーさんとクロエさんが帰ってきた。二日間、一日中歩きっぱなしだったから、二人も疲れているだろう。
夕食をいただくと、すぐに部屋で休んだ。