表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/56

27 共存の町

 次の日は、日が昇る前にソルフォを発った。教えられた通り、北の街道を進んでいく。

 ジーンさんはまだ本調子じゃなさそうだ。魔力を増やすことはできないけれど、体力強化の支援魔法をかけた。少しは楽になるといいのだけれど。


 何度か休憩を挟み、町の近くに着くと、子供が二人草むらでしゃがんでいた。町が見えるとはいえ、子供だけで心配だったから声を掛ける。


「何をしているの?」


 振り返った子供は、人間と魔族の男の子だった。魔族の子供は猫のような耳と大きな角が生え、陶器のようにつるんとした肌をしていた。二人共、手には摘んだ花を握っている。


「赤ちゃんが生まれたから、お花を渡そうと思って集めてるんだよ」


 答えたのは魔族の子供だった。流暢な王国語に目を見張る。


「誰の赤ちゃんが生まれたんだ?」


 ライリーさんが目線を合わせるようにしゃがんだ。


「ぼくのお兄ちゃんの子供だよ。とっても可愛いんだ」


 魔族の男の子が、顔いっぱいで喜びを表す。


「二人はフィモルに住んでいるのか?」


 クロエさんが近くの町を指すと、二人は頷いた。


「そうだよ」

「二人は友達なの?」

「隣に住んでいて同じ年だから、いつも一緒に遊んでるよ」


 魔族の男性と駆け落ちしたというサーシャさんだけれど、フィモルはもともと魔族と人間が共存しているみたいだ。


「王国語が上手いね。勉強をしたの?」


 ジーンさんが優しく声をかけると、二人は顔を見合わせて首を捻った。


「勉強しなくても話せるよね? ぼくたちはまだ学校に行ってないもん」

「うん、魔族の言葉も人間の言葉も、赤ちゃんじゃなければ全員話せるよ」


 二つの言葉が当たり前だから、こんなに小さなうちから話せるんだ。


「あっ、でも、お兄ちゃんのお嫁さんは人間の言葉しか話せないよ。だからみんな人間の言葉で話しかけてる」


 魔族の男の子が手をパチンと叩いて笑った。

 人間の言葉を話すということは、お嫁さんは人間なんだろう。


「サーシャか?」


 ジーンさんが独り言のように呟く。

 サーシャさんは手紙でもうすぐ生まれると報告していた。手紙を出してから日にちが経っているなら、生まれていてもおかしくない。


「私たちも可愛い赤ちゃんを見にいってもいい?」


 二人は首を捻る。


「連れていってあげるけど、お兄ちゃんとお嫁さんがいいって言ったらね」

「うん、ありがとう」


 魔族と人間の男の子は、花を持っていない手を握り合った。歌いながら町に向かって歩く。私たちはその背に続いた。


「魔族と人間が、当たり前に仲良くしているんですよね」

「そうだな。こんな町ばかりならいいのに」


 私がそう呟くと、ライリーさんも静かに頷いた。

 フィモルは魔族と人間が笑い合う、賑やかな町だった。人間だけとか、魔族だけで集まるわけではなく、種族の壁を感じない雰囲気に目を細めた。


 全員が心からの笑顔を見せている。サーシャさんはこの町だから、好きな人と一緒にいられると思ったんだ。


「こっちだよ、迷子にならないでね」


 小さな身体で、人並みを縫うように進む男の子たち。私は見失わないようについていくので必死だ。


「王都より人が多いんじゃないか?」

「俺が住んでいるラミサカよりは、確実に多い」


 クロエさんもライリーさんも、人の多さに目を丸くしている。


「ここは住人の幸福度が高い町なんだろう。だから人が集まる」

「人間と魔族が共存する町なんて、素敵ですよね」


 ジーンさんの口元が綻んでいる。私も自然と笑顔になった。


「お兄ちゃんの家、ここだよ」


 赤い屋根がかわいい、木造の一軒家だ。


「お嫁さんに、リリーの友達が来たと伝えてくれるか?」


 ジーンさんが膝を曲げて穏やかな口調で頼んだ。


「うん、わかった。聞いてくるね」


 子供たちは賑やかな足音を立てて、家の中を駆けていく。

 外にいてもお花をプレゼントしたんだな、とわかるような声が聞こえて微笑ましい。また賑やかな足音が聞こえ、扉が勢いよく開いた。

 子供たちの後ろに、魔族の男の子によく似た大人が立っていた。


「どうぞ、入ってください」


 子供たちを遊びに行かせ、私たちを招いてくれた。

 部屋に入り、二階へ案内される。開かれた扉の中で、人間の女性が、小さなツノと猫のような耳を生やした、肌質は人間と変わらない赤ちゃんを抱いていた。魔族と人間のハーフだ。


「リリーは一緒じゃないんですか?」


 声を掛けられる。リリーさんの姿がなくて、寂しそうに見えた。


「君がサーシャ?」

「はい」

「僕たちは君の父親に、君を探して欲しいと言われた」


 サーシャさんは赤ちゃんを抱きしめて首を振る。身体は小刻みに震えていた。旦那さんがサーシャさんの身体を抱きしめる。


「でも、リリーに君が幸せであると聞いた。君が嫌なら、父親に君のことを伝えるつもりはない」


 ジーンさんの言葉に、サーシャさんは涙で濡れた瞳をこちらに向ける。


「サーシャさんは、お父さんがお嫌いですか?」

「そんなわけない。早くにお母さんを亡くして、私を一人で育ててくれた。でも、どんなに言っても魔族を否定するの。私だってお父さんがお母さんを好きになったように、この人のことを好きになっただけなのに」


 サーシャさんの悲痛な叫び声に、胸が痛くなる。やるせない思いがひしひしと伝わってきて、私の心にのしかかってきた。

 私は胸を押さえて、サーシャさんに真摯に伝える。


「サーシャさんの部屋を見ました。毎日お掃除しているみたいに綺麗でした。お父さんはすごく、サーシャさんのことを愛していると思います」


 サーシャさんは、声を殺して涙を流す。


「サーシャ、僕もお義父さんにこの子を見てもらいたい。君のことを愛してくれているんだから、この子のことも愛してくれるよ」


 旦那さんの腕の中で、サーシャさんは産声のような泣き声をあげた。旦那さんは優しくサーシャさんの背を撫でる。

 ひとしきり泣いて落ち着くと、サーシャさんは赤ちゃんを旦那さんに預けて部屋を出ていった。


「サーシャさんはどこに行ったんですか?」

「すぐに戻ってくるので大丈夫ですよ」


 赤ちゃんが泣き出して、旦那さんは慌ててあやす。


「可愛いですね。女の子ですか?」


 ライリーさんが聞けば、旦那さんがはにかみながら、わが子を自慢する。


「そうなんですよ。サーシャに似た可愛い女の子です」

「私は旦那さんとの、いいとこ取りだと思いますよ」


 クロエさんの言う通りだというように、赤ちゃんが「あー」と声を出す。

 サーシャさんはすぐに戻ってきた。


「これ、お父さんとリリーに渡してください」


 二つの封筒を渡された。

 きっと出せないでいた、以前から書いていた手紙なのだろう。


「絶対に渡します」


 キッパリと言えば、サーシャさんが柔らかく微笑む。


「産後間もない時期に、邪魔してすまなかった。最後に聞きたいが、ソルフォでいなくなった住人は、全員この町に住んでいるのか?」

「一人だけ会いました。この町は人が多いので、他に人がいるのかはわかりません」

「わかった、みんなソルフォに戻ろう」


 ジーンさんの声で、私たちは家を後にした。


「また半日歩くことになりますが、ジーンさんは大丈夫ですか?」

「問題ない。早く届けてやろう」

「せめてもう一度、体力強化の魔法をかけさせてください」


 早朝にかけてから半日経っているから、もうすでにきれている。ジーンさんに手をかざして、体力強化の魔法をかけた。

 ジーンさんは早足で進む。無理をしていないか気が気じゃない。


「ジーンが倒れたら、俺がおぶって連れてくよ」


 私が不安気に見ていたからだろうか。ライリーさんに耳打ちされた。

 




 ソルフォに着いたのは、日が辺りを赤く染めるような夕暮れ時。ジーンさんは少し息を切らしていたが、それでもしっかりと歩いていた。


 すぐにサーシャさんの家に向かう。

 おじさんに手紙を渡すと泣き崩れた。

 サーシャさんの手紙は、自分が心から幸せだってことが長く綴られていて、祖父として会いにきて欲しいと最後に書かれていた。


 おじさんは涙を拭うと、二階へ向かい、すぐに降りてくる。ピンクのベビー服を持ってきた。

 大切に保管してあったのだろう。とても綺麗な服だった。


「思い出にとっていた、サーシャが着ていた服です。これは着れるでしょうか?」

「はい、人間の新生児と大きさは変わらなかったです」

「そうか、ありがとうございました」


 おじさんは嗚咽混じりに頭を下げた。





 次に向かったのリリーさんの家。今日も泊めてもらうことになった。

 町長たちが眠った後に手紙を渡す。


 リリーさんは口元を押さえて、目を伏せる。震える瞼から、雫がこぼれた。鼻を啜り、目元を拭って晴れやかに笑う。


「僕たちが会った時は、リリーの名前を出して家に入れてもらった。君がいなくて、サーシャは寂しそうだったよ」


 ジーンさんの言葉で、止まった涙が溢れ出した。ダムが決壊したように、とめどなく流れる。


「それと、サーシャはソルフォの住人に一人だけ会ったと言っていた。人の多い町だから、他にもいるかもしれない。でも僕たちはいなくなった人の特徴がわからなかったから、探すことはしていない」


 リリーさんは何度も頷いた。


「サーシャに会いに行って、他の人もいるのか探してみます」


 リリーさんを部屋まで送って、そのままベッドに入る。一日中歩き回ったせいか、すぐに眠気が襲ってきて、抗うこともなく瞼を下ろした。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ