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25 生きるために食べる

『何で怪我を治したの?』

『怪我をしていれば患者です。患者を治すのは当たり前です』

『完治したんだから、次は食われるかもしれないって思わねーのか?』

『クロエさんとライリーさんが負けることはありません。何度食べられそうになっても、私は治しますし、お二人には戦ってもらいます』


 魔族は瞠目し、クロエさんとライリーさんは仕方がないな、と笑った。


「何度でもアメリアに付き合うよ」

「俺だってどんなに食べられそうになっても、負けないから!」


 魔族はお手上げとでもいうように、肩をすくめて苦笑いした。


『どうして人間を食べるんですか?』

『まだ人間は食べたことがない』


 嘘を言っているようには見えなかった。それならどうしてエミールさんや私たちを食べるなんて言ったんだろう?


『私たちはあの山に住んでいた』


 魔族の国にある、黒い山に指が向けられた。


『あの山は燃料になる鉱石が取れるんだ。魔族の国にあるから、魔族が掘っていた。でも、人間が忍び込んで掘ろうとしたらしい。一週間ほど前に焚き火を放置して、山が燃えた。乾燥していたから火の回りが早く、自分たちが逃げるので必死で、他の人たちがどうなったか知らない』


 住処を奪われ、五人だけで逃げてきたんだ。


『ここは水が綺麗だし、冷水魚もいて、魚を取って食べていた』

『でも俺たちは、鹿や兎を狩って食べていた肉食だ。魚肉だけでは足りない』

『そんな時にあの人間が現れた。人間なんて全く美味そうに見えないけれど、人間のせいで住む場所も仲間もいなくなったんだ! 人間なんていっぱいいるし、食べられれば、肉にも困らない。だからあの人間を食べようと思った』

『細すぎて食べられる肉が全然ないから、太らせてから食べようってみんなで話し合った』


 どう声をかければいいかわからなかった。

 命からがら逃げてきた先には、今まで食べてきた動物がいない。


「でも、人間じゃなくてもいいじゃないか」


 ライリーさんの言葉に魔族は吠える。


『お前らだって肉を食べてるんだろ!』

「それは、生きるためだ」

『俺らだって生きるために人間を食おうとしてんだよ! 何が悪いんだ! 不味そうな人間なんて食いたくねーよ。でも俺たちは肉以外は受け付けない。不味そうでも、生きるために人間を食おうって、みんなで決めたんだ』


 辺りが静まり返る。

 彼らは人間を食べたいとは思っていない。生きるためなんだ。

 だからといって、人間を食べてくださいなんて言えない。

 下町のみんながくれた食糧を見せる。


『今は干し肉しか持っていません。これでは足りないと思いますが、人間を食べるのはやめて欲しいです』


 結界を解いて、あるだけの干し肉を渡す。魔族は五人で均等に分けて、勢いよく完食した。


『足りない』

『でも、人間よりは確実に美味い!』


 少しだけ笑顔が見られた。


「この近くに、野生動物がいる山はもうないのか?」


 ライリーさんの問いに、全員が首を振る。

「何かあった時に、仲間たちが集まる場所とかは?」

『山には隠れ家があったけれど、全部燃えた』


 全員が背を丸めて俯いた。


『あっ! あの、平原はどうですか? 動物をたくさん見かけました』


 ローたちを送って、ソルフォに向かう途中で通った平原の光景を思い出す。たくさんの動物が跳ね回っていた。


『どこだ?』


 身を乗り出されるけど、どっちの方角だっただろうか? 悩んでいると、ライリーさんが指を向けた。


「あっちの方。ここから二〜三時間くらい。水場があるかはわからないけれど」

『それくらいなら食べてから水を飲みに戻ってこればいい』

『ちゃんとした肉が食える!』


 魔族は抱き合ってはしゃいでいる。食事が満足にできないって、本当に辛いことなんだと知った。


『あっ、人間食べない代わりにブレスレットちょうだい!』


 思い出したように、ブレスレットを引っ張られる。


『これはダメです。大事なものなんです』


 仲間の攻撃に巻き込まれないように、ジーンさんからもらったものだ。


『そんなもんいいだろ。早く肉を食いにいこうぜ!』

『えー、キラキラ欲しい!』


 私は旅に出る時に使っていたバレッタを差し出した。小さなガラスが並んでいて、日に当たるとキラキラと輝く。


『これなら、どうぞ』


 私はジーンさんがプレゼントしてくれたバレッタがあるから、これは今使わない。

 魔族は大きな口を開けて目を細め、バレッタを受け取ってくれた。

 ライリーさんが指した方向へ駆けていく。

 見えなくなるまで、後ろ姿を目で追った。


「火の不始末で住処を失ったのか……」

「今回も元の原因は人間だったな。でも、エミールさんを助けられてよかった。魔族たちも、本当に人間を食べようとは思っていなかっただろうし」


 ライリーさんの言葉が不思議だった。それならどうして、エミールさんは捕まっていたの?

 私の視線を受けて、ライリーさんが思っていることを教えてくれた。


「あの魔族たちはかなり強い。武器がなければ、俺でも勝てたかどうかわからない。本当に食べたいなら、町を襲って食べていたはずだ。食べたくないけど食べないといけない。それでエミールさんを太らせるなんて、回りくどいことをしたんじゃないか?」

「止めて欲しかったってことでしょうか?」

「わからないけれど、葛藤はあったんじゃないかな」


 胸の辺りがモヤモヤする。エミールさんを助けられたのにスッキリしない。

 生きるために食べる。当たり前のことだけど、犠牲になっている命があるということを痛感した。食事の前に手を合わせることの意味を胸に刻む。


「帰ろうか。ジーンも心配だ」

「そうですね」


 今日はジーンさんが魔法を使いっぱなしだった。自分の限界は知っているだろうけれど、意外と無理をする方だから安心できない。

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