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24 一人一体

 一時間ほど歩くと、教えてもらった薬草の群生地に辿り着いた。

 透き通った水が美しい泉のほとりで、御伽噺なら妖精がでてきそうなほど幻想的な景色だった。

 見える範囲では誰もいない。


 進んでいくと、ライリーさんが別の方向に駆け出した。後を追うと、薬草で見えにくくなっていたが、茶色の巾着ポーチをを見つける。


「ライリー、よくやった」


 ジーンさんがライリーさんの肩をポンと叩く。中を見ると、薬草が詰められていた。しなしなになっているが、まだ葉は緑色。エミールさんのものと推測できる。


「ここで何かあったんだ。そうでなければ、目的の薬草がこんなところに落ちているわけがない」

「どこに行ったのでしょう?」


 辺りを見渡しても、綺麗な景色が続いているだけ。

 しばらく注意深く探すと、泉にある岩場の影に、丸太を重ねて作られた小さな小屋があった。

 中を覗いて何もなければ、一度帰ろうと決める。

 じわじわと空がオレンジに染まり始めた。


 小屋に近付くと、扉が開く。中からは真っ白な毛並みが美しい、狼のような魔族が出てきた。私たちを見て大きな目をさらに見開く。


『すみません。三日前、ここに人間の男性が来ませんでしたか?』


 エミールさんの特徴を伝えていると、相手は顔を輝かせて私の手首を掴んだ。少し強引で、引っ張られて痛みを感じた。


『アメリアに触るな!』


 ジーンさんが庇うように私の前に出てくれるけど、魔族は気にした様子もなく腕は掴まれたまま。手首をジッと見つめられる。


『このブレスレット綺麗ね。私にちょうだい』


 ブレスレットを引っ張られるけれど、私の腕に合わさったサイズになっているから、手がつっかえて抜けない。無理矢理抜こうとするから痛い。


『あの、痛いです。離してください』


 魔族はブレスレットに夢中で聞いてくれない。

 クロエさんが魔族の手首を掴む。


「痛がっている。離してくれないか」

『あなたも同じブレスレットをしているのね。これもちょうだい!』


 クロエさんのブレスレットに、魔族の目がきらりと光った。


『おい、どうした。うるせーぞ』


 四人の魔族が果物を抱えて、私たちの後ろに立っている。こんなに近付かれたのに、全く気付かなかった。


『ブレスレットが欲しいんだけど、外れないの』

『手を切れば外れるだろ』

『そっか! 頭いい!』


 恐ろしい言葉が聞こえて手を引くけれど、力が強くて外せない。手の爪が鋭く伸びる。振りかぶられた爪を、ライリーさんが剣で受け止め、魔族のお腹を蹴り上げた。


 魔族はお腹を押さえながらよろめく。

 後ろに立つ魔族が殺気立った。クロエさんが抜剣して、剣先を魔族に向ける。


『おい、こいつら四人だろう。この間の人間を合わせれば五人になる。もう太らせる必要はないんじゃないか?』

『そうだな、これで一人一体食える』


 一人一体食べる? この魔族は人間を食べるの?

 牙を剥き出しにして、滴る涎に身体が震える。ジーンさんが手を握ってくれた。少し落ち着く。


「アメリアはあの小屋に行ってくれ。エミールがいる可能性が高い」


 この間の人間を太らせると言っていた。エミールさんは細身だったはず。五人の魔族で食べるために、捕らえて太らせようとしていたの?


『俺は一番でかいのがいい。食べるところが多いから』

『一番味がマシなのは、大きい方の女だな』

『小さい女は肉付きも悪くて、食えるところが少ない』

『フードのやつはどうだろう?』


 魔族が食べる相談を始めた。


「五人で食べると言うからには、他に魔族はいないはずだ。エミールがいて、怪我をしていれば治すんだ。僕たちが小屋を開けるまで、結界を張って待っているように」

「わかりました」


 ライリーさんに先ほど攻撃を受けた魔族が飛びかかる。爪と剣が激しくぶつかる音が響いた。


「アメリア走れ!」


 クロエさんが叫び、前方にいる魔族に斬りかかる。ジーンさんの手のひらから真っ赤な炎が生まれた。

 私は懸命に走り、小山に飛び込む。


 小屋の中にはぐったりと体を横たえている男性がいた。息は浅く、頬がリンゴのように真っ赤だ。

 近付いて、床に手をつくと結界を張る。


「大丈夫ですか?」


 声をかければ、私と視線を合わせて頷いた。意識ははっきりしている。安堵して口元が緩んだ。


「食べすぎて気持ちが悪い」


 太らせると言っていたから、お腹いっぱいになっても食べさせられたのだろう。先生にもらった救急箱から消化剤を取り出して、水と一緒に渡した。

 背中を支えて起き上がらせる。身体が熱い。

 エミールさんは消化剤を水で流し込んだ。


「失礼します」


 額に触れる。体温がかなり高い。


「解熱剤も飲んでください」


 エミールさんは「ありがとう」と力のない声を出した。体を支えて、もう一度横にさせる。


「お怪我はありませんか?」


 見えるところには怪我はなさそうだ。


「手と足がヒリヒリする」


 了承を得て袖をまくると、縄が擦れたような痕があった。すぐに治癒魔法をかける。白い光が体に吸い込まれると、肌は綺麗な状態に戻った。


「縛られていたんですか?」

「そうだけど、昨日外された。俺が逃げられないと思ったんだろうな」


 この熱では、町まで一時間歩くこともできないはずだ。


「もう少し待っていてください。必ず家まで送ります」


 小屋の外は怒号や呻き声、剣と爪のぶつかる甲高い音が響いている。

 目を閉じて指を組んだ。私には外で戦っている三人が無事であるように、と祈ることしかできない。


 しばらくすると音が止む。目を開けて、扉を見つめた。少しの間が空いて、ライリーさんが扉を開く。


「エミールさんは?」

「熱があります。少し怪我はしていましたが治癒魔法をかけました」


 ライリーさんがエミールさんをおぶった。

 外に出ると魔族は傷だらけになって、ジーンさんが作った水球の中に顔だけ出す形で閉じ込められていた。

 クロエさんとジーンさんがこちらを向く。


「エミールさんは熱が高い。早く連れて帰らないと」

「僕が先に連れて行こう。あまり魔力が残ってないから、エミールだけを連れて行く」


 ジーンさんは長時間の移動と戦闘で、魔力がほとんど残っていないみたいだ。

 声に覇気がない。体調が心配だ。


 魔力を増やすことはできないけれど、ジーンさんの身体に手をかざして、体力強化の魔法をかけた。気休めになればいいけれど。


「解熱剤と消化剤を使ったとお伝えください。ジーンさん、気をつけてくださいね」

「ありがとう」


 ジーンさんは薬草の詰まった巾着袋を持ち、自分とエミールさんの体を浮かせた。


「ジーンさん、水の魔法を解いてくれませんか?」

「解いたらまた暴れるかもしれない」

「でも、怪我を治したいです」


 ジーンさんが無表情で手を上げてスッと下げる。水が弾けて消えた。

 私はしゃがんで地面に手をつける。自分と魔族を中に入れて結界を張った。


「アメリア! 危ないから出てこい!」


 クロエさんが叫ぶけれど、魔族に手をかざして傷を治す。怪我がなくなったのを確認して、私だけ結界の外に出た。

 ジーンさんが「任せたよ」と来た道を戻って行く。

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