23 人のいなくなる町
ソルフォに着いたのはお昼過ぎだった。
農業や酪農で生計を立てているような、穏やかな町だ。こんなのどかな町で、人がいなくなる事件が起きるなんて、にわかには信じ難い。
町に入ると、すぐに町の人たちが近寄ってきた。あっという間に囲まれる。「騎士様だ」とあちこちから聞こえるから、クロエさんの隊服を見て集まってきたようだ。
「騎士様、お願いします。うちの娘を探してください」
涙ながらに訴える髭が立派なおじさんの姿を見て、胸が締め付けられる思いがした。なんとか力になりたい。
「お嬢様がいなくなった、と? それはいつ頃ですか?」
「私の娘は四ヶ月ほど前です」
「四ヶ月? その間に探したりはしなかったのですか?」
「町の中と、近辺は探しましたが、魔族の国が近くて……。お願いします! 魔族を倒して娘を見つけてください」
頭を下げられるが、まずは本当に魔族のせいなのかを確かめなければ。
別の人がパンと手を叩いた。
「ああ、そうだ。この道をちょっと行ったところにある家の子も帰ってこないんだよ。三日位前かな?」
「三日前? 最近ですね」
「母親が病気がちで、薬草を取ってくるって町を出てから帰ってこないんだ。息子が帰ってこないから、母親は心労で余計に体調が悪くなったよ」
「この町にお医者様はいるんですか?」
「ああ、医者が見ているけれど、治る病気じゃないみたいだ」
光魔法は怪我を治すことはできても、病気はどうすることもできない。息子さんを見つけて、安心させる以上の薬はないみたいだ。
「その家に連れて行ってくれますか?」
「ああ、こっちだよ」
町の人が案内をかってくれた。
「僕とライリーが行ってくる。アメリアとクロエは女性の部屋を見せてもらって、手がかりを見つけてくれ」
「わかりました」
ライリーさんとジーンさんが町の人について行き、私とクロエさんはおじさんについていく。
木造二階建ての一軒家の階段を上がってすぐが、娘さんの部屋だ。部屋は綺麗に整えられていた。掃除を毎日欠かしていないように見える。
部屋でクロエさんと二人になり、部屋の中を見渡した。
「日記とかあればいいんですけど」
「そんなものがあれば、親が見つけているだろう」
私は勉強机の引き出しを開ける。クロエさんはクローゼットを引いた。
勉強机には、目ぼしいものを見つけられなかった。
「アメリア、ちょっといいか?」
クロエさんに呼ばれて、クローゼットに近付く。その中にはタンスがあって、クロエさんが引き出しの中を差した。
「なぜここだけ服がないと思う?」
引き出しを全部確かめると、二段目の左側だけポッカリと空いていた。他には綺麗に畳まれた服が並べられているのに。
「どうしてでしょうか? ……新しく買う予定で、場所を開けていたとか?」
私の思いつくのはそれくらいだ。
「服を持って、自ら出たということはないか?」
「それって、家出ってことですか?」
クロエさんが頷く。自分から家を出たのならば、魔族は関係ない。
「父親に詳しく聞いてみよう」
部屋は元のように整えて、階段を降りた。おじさんは私とクロエさんに気付くと、温かい紅茶を淹れてくれた。
イスに促されて、紅茶を一口含む。温かくて、ホッと息を吐いた。
「お嬢さんのことを教えていただけますか? 容姿や年齢など、手がかりになる情報があれば助かります」
「娘の名前はサーシャ。二十三歳です。髪は薄い茶色で、肩くらいの長さです。身長はそちらのお嬢さんくらいだと思います」
おじさんは私に目を向けた。
「アメリア、身長は?」
「一五五です」
「何か変わった様子はありませんでしたか?」
おじさんは心当たりがあるのか、難しい顔をして黙ってしまった。
「あの、何でもいいので教えてください」
それでも口を開かないから、クロエさんがテーブルに勢いよく手をついて立ち上がる。紅茶のカップが跳ねて、テーブルに少しこぼれた。
「娘がいなくなったのだろう! 本当に見つけたいと思っているのか!」
叫ぶクロエさんに、おじさんは顔を歪めた後、大きな息を吐いて話し始めた。
「いなくなる何日か前から、魔族はいい人だと言い出しました。魔族は残忍で凶暴な種族。それなのにそんなことを言い出して、魔族に洗脳されているんじゃないかと町中で噂になりました」
「あなたは魔族が残忍で凶暴な場面を見たのですか?」
「いや、子供の頃からそう聞かされて、魔族の国には近付かないようにしていました」
私は魔族が人間と変わらないことを知っている。分かり合える存在なのに、昔らの刷り込みで、わかろうとすらしていない。
魔族に洗脳されたのではなく、娘さんは魔族が怖い存在ではないと知ったんだ。
「お嬢さんを探す努力はします」
「……あの、他にもこの町では、数年で何人かいなくなっています」
おじさんは小さく漏らした。
たびたび人がいなくなる町というからには、他にもいなくなっている人がいるはずだとは思っていた。クロエさんが頷くと、おじさんは話を続ける。
「その全員がいなくなる前から、魔族はいい人だというようなことを言い出しました。だから、洗脳されているのかと……」
クロエさんと顔を見合わせた。みんなが同じ理由でいなくなるのは気になる。
「あっ、しかし、今回いなくなった、薬草を取りに向かった青年だけは、言っていませんでした」
その人だけは別の理由でいなくなったってことかな?
「クロエさん、どうしますか?」
「手がかりが少ない。まずはわかっていることから調べる。二人と合流して、薬草の生えている場所に向かおう」
「あの、娘のこともお願いします」
「もちろんです」
席を立って会釈をすると家を出る。ジーンさんとライリーさんがこちらに向かってくるのが見えた。
「薬草の生えている場所を聞いた。まずはそこに向かおう」
ジーンさんもクロエさんと同じことを言った。
町を出て、お互いの情報を交換する。
青年の名前はエミール。二十七歳で細身。明るい金髪が特徴。三日前に薬草を取りに町を出た。母親が回診時に医者に相談して、行方不明だと町中が知る。
「あの、服はなくなっていましたか?」
「いや、そんな感じはしなかった」
ライリーさんが部屋の様子を思い浮かべているのか、斜め上に視線を向けながら答えた。
クロエさんと視線を交わした。やっぱり男性がいなくなった理由は別なのかもしれない。
私たちも娘さんの部屋を調べたこと、おじさんに聞いたことを話した。
ジーンさんは顎に手を添えて眉間を狭める。
「洗脳されていて、服を持っていくだろうか? 僕は自発的にいなくなったのだと思うが」
「それもそうですよね。どこに行ってしまったのでしょうか?」
私が同意すると、クロエさんが首を振る。
「決めつけるのはまだ早い。フラットな目で見ないと、大事なことを見落とす可能性がある」
「そうだな。まずは薬草の生えているところに向かおう。何か手がかりがあるかもしれない」
クロエさんとライリーさんの言うことも、もっともだと思って頷いた。