22 またね
次の日は大事をとってのんびり過ごす。
クロエさんは騎士団の手伝いに行ってしまったけれど、みんながずっと一緒にいてくれた。
ケデミェの騎士団が調査をしているのだと思っていたけれど、オークションに間に合わないと思ったケデミェの騎士団が、信頼のできる別の騎士団に協力を要請していた。
だからオークション中に間に合った。ジーンさんが結界を壊して招き入れたのが、ケデミェの騎士団だったようだ。
昨日はスープだったけれど、柔らかく煮た固形物を食べられた。
明日、この街を出発だ。
ローとチーは、私とクロエさんの部屋で眠る。弟に読み聞かせていたことを思い出しながら、二人が眠くなるまで本を読んだ。
次の日の早朝に、ローたち家族を村に送り届けるために、チサレバを発つ。
お部屋では顔を出していたけれど、ジーンさんは部屋を出る前にフードを被って顔を隠した。
近隣の森まで、楽しく会話をしながら歩いた。
「全員僕から離れないで」
ジーンさんの周りに集まると、全員の身体が宙に浮く。
飛んでいることに感動して、心までふわふわ浮いているようだ。
ローとチーは両親の腕から抜け出し、はしゃぎながら宙返りを繰り返している。
クロエさんやライリーさんも、顔を輝かせていた。
「子供たちもいるし、アメリアも本調子じゃないかもしれないから、村までは僕が全員を運ぶよ」
走るよりも速く進んだ。向かい風に煽られることもなく、快適に森の中を突っ切る。
朝の森は木漏れ日で地面が輝き、爽やかな空気感に満ちていた。
かなり大きな森のようで、道の脇は木々が密集している景色が続く。
「ローとチーは随分遠くから二人で来たんだな」
ライリーさんが眉を下げて、二人の頭を撫でた。
『頑張ろうって』
『もうすぐ会えるよって言いながら来たの』
心細い中、二人で励まし合って、あんなに遠くの人間が住む街まで来たんだ。
こんなに小さな子供が。
目頭が熱くなる。あの時、二人を見つけられて本当に良かった。
ウーさんとスーさんは堪えきれずに涙を流した。
『お父さんとお母さんを助けてくれてありがとう』
『ローとチーが頑張ったから、助けられたんだよ』
そう伝えて二人を抱きしめた。
森を抜けると、平原が続いていた。
ウーさんとスーさんの案内で進み、村の前に立つ。
人間に襲われたと言っていたが、建物の被害は少なそうだ。
「僕たちはここまでだ。人間に襲われたばかりなのに人間が入れば、パニックになりかねない」
そうか、これでお別れなんだ。
『また会える?』
ローが俯いて漏らす。しゃがんで目線を合わせた。
『会えるよ。バイバイじゃなくて、またね、だね』
ローは涙でぐちゃぐちゃになった顔で『またね』と言ってくれたんだと思う。嗚咽交じりだったけれど伝わった。
チーはライリーさんのズボンを掴んだ。ライリーさんが抱き上げる。
『あのね……』
チーがもごもごしているから、ライリーさんは「どうした?」と優しく続きを促した。
『ライリーはクロエが好きなの?』
チーの発言に、ライリーさんは顔を赤くして咽せた。
ライリーさんはコソッとクロエさんに視線を送るけれど、クロエさんはウーさんとスーさんと話している。聞こえていないみたいで、ライリーさんはホッとしていた。
チーはライリーさんのことが好きだと言っていたから、気になっていたみたいだ。
チーにジッと見つめられて、ライリーさんは困ったように頭を掻いた。
「まだ会ったばかりだからわからないけれど、綺麗だしかっこいいし、背中を預けて戦える人だとは思ってる」
ライリーさんは耳まで染め、恥ずかしさを誤魔化すように笑った。
チーが降りると言うから、ライリーさんはチーの足をそっと地面につける。チーはクロエさんに向かって走った。クロエさんの足にしがみつく。
驚いたクロエさんが、下に目を向けた。その場にしゃがみ込む。
『あのね』
「待って! チー、言わないで!」
ライリーさんが先程の話を言われるのかと思って止めるけれど、クロエさんに「うるさい」と一蹴されてシュンとなった。
「どうした?」
クロエさんはチーには優しく話しかける。
『わたしね、ライリーが好き』
思っていたことと違い、ライリーさんは目を見開いた後に顔を緩めた。クロエさんは相槌を打つ。
『クロエも好き』
「私もチーが好きだよ」
『だからライリーを泣かしちゃダメだよ』
チーはそれだけ言うと、ウーさんに手を伸ばして抱えられた。
「……私はライリーを泣かせたことなんてないが?」
クロエさんは眉を寄せる。ライリーさんに鋭い視線を送った。ライリーさんはすかさず逸らす。
「さっきチーに言うなと言ったな。私にいじめられてるとでも言ったのか?」
「言ってない! 絶対に言ってない!」
締め上げそうな勢いのクロエさんに、ライリーさんは手のひらを顔の横で見せ、首を目一杯振った。
「綺麗でかっこよく、背中を預けて戦える人だと言っていたな」
ジーンさんが全てをバラした。
ライリーさんは両手で顔を覆って、しゃがみ込んでしまった。髪が短いから、耳が真っ赤になっているのがよくわかる。
「ライリー、お別れなんだから、立って笑顔を見せたらどうだ?」
ジーンさんが原因なのに、何事もなかったかのようにライリーさんに向ける。ライリーさんはスッと立ち上がって、ローたちに笑顔を向けた。
『みんな、またね』
『ライリー、クロエと結婚できなかったら、わたしと結婚してね』
チーの言葉に全員が目を丸くした。
我に返ったウーさんとスーさんが、会釈をする。私たちも頭を下げた。
両親に抱えられながら手を振り続けるローとチーに、手を振り返す。
ローたちが町の中に入って行き、手を下ろした。
「チーが俺のこと好きって、そういう好きだったの?」
「初恋だったみたいですよ」
チーが言ったのだから、内緒にしていたことを教える。
「それでなぜ私がライリーと結婚?」
「ライリーがクロエを褒めたからじゃない?」
頭を捻るクロエさんに、ジーンさんがウンウンと頷いた。
ここにローとチーの可愛らしい声がないのが寂しい。
俯いてしまうと、大きな手があやすようにポンポンと叩く。顔を上げるとジーンさんだった。
「また会えるさ」
「……そうですね」
「最初の目的地だった、魔族の国との境目にあるソルフォに向かおう」
「ここも人がいなくなるんだよな」
クロエさんが目的地を示すと、ライリーさんが眉を顰めた。
ソルフォでも、いなくなった人を助けなきゃ。拳を握って身を引き締める。
「ソルフォまでは僕が全員を運ぶ。それ以降は自分の足で歩くように」
「何でだ? ジーンの魔法で飛んだ方が早いのに」
「僕が疲れる。魔力が枯渇すれば、アメリアのように倒れるかもしれない。倒れなくても、戦闘で役に立たなくなる」
ジーンさんは自分がどれくらいで、魔力がなくなるかわかるんだ。私はチサレバで初めて魔力切れを起こした。早い段階で自分の限界を知ることができたのは、良かったのかもしれない。
身体が再度浮かんだ。
ソルフォはチサレバより南にある。森は通らずに、平原を南下していく。たくさんの動物が駆け回っていた。
魔族の国というけれど、私たちの住む国とあまり変わらない。境目付近だから、そう感じるのだろうか?