21 魔王について
話していると、お腹が遠慮のない音量で鳴る。恥ずかしすぎて顔を覆った。
「お腹が減ったんだね」
ジーンさんが口の端を広げた。笑顔を見られるのは嬉しいけれど、理由のせいで羞恥が勝る。
『アメリアのお腹は元気!』
ローとチーにはお腹へ耳を当てられた。スーさんとウーさんが『やめなさい』と慌ててローとチーを抱えて離れる。申し訳なさそうにされて、いたたまれない。
「消化にいいものを買ってこよう。みんなにも食べられそうなものを持ってくる」
「荷物が多くなるだろ。俺も行くよ」
クロエさんとライリーさんが、食事を買いに行くために部屋を出た。
「アメリア」
ジーンさんに呼ばれて、そちらに目を向ける。
「どうしましたか?」
「アメリアが眠っている間に、スーさんとウーさんに魔王について聞いたんだ」
真剣な話題に、姿勢を正す。
ジーンさんがスーさんとウーさんに魔王について、私にも聞かせてほしいと頼んだ。
『魔王様は本当にお優しい方です』
『魔族の国中を気にかけてくれています。人間の国との境目近くにある私たちが住む村にも、何度も訪れては村人と一緒になって飲み明かすような気さくな方でもあります』
魔王討伐が私たちの旅の目的だった。彼らに会って、魔族が悪ではないと知った。魔王も倒さなければならない相手ではないのかもしれない。
「チサレバは本来、通るだけの街だった。人がいなくなると聞き、調べたおかげで、人間の仕業であることがわかった」
そうだった。人がいなくなる町は、ここから歩いて向かう、魔族の国との境目にあるソルフォだ。
「ソルフォも、人間が絡んでいるのでしょうか?」
「それはわからないけれど、魔族や魔王を悪として、倒すのはどうかと思う。それを王都に連絡した。国としては勇者と聖女に任せるそうだ」
「そうですか」
ローたち家族に目を向ける。親に抱っこされてはしゃぐ子供という姿は、人間と変わらない。
古代語が通じるのだから、私は戦うよりも対話をしたい。
できれば五年前に成されなかった、平和条約を結べればと思う。
『あの、五年前に騎士団が魔王の城に到着したはずなのですが、その騎士団のことはご存知ですか?』
お父さんのことが、少しでもわかればいいのだけれど。
ウーさんとスーさんは顔を見合わせて、首を振った。
『私たちはわかりません。ですが、五年くらい前から、魔王様がどこの町にも顔を出さなくなりました。今まで毎日のように、どこかの町に出かけていたのに』
『新しい魔王様を決めないことから、ご存命ではあるとは思うのですが』
五年前に騎士団と何かがあったんだ。でも、平和条約を結ぶために魔王の城へ向かったお父さんから、何かを仕掛けるとは思えない。
ウーさんとスーさんの話を聞く限り、魔王もそうだと思う。
『魔王は人間に厳しいとかはありましたか?』
私が問いかけると、二人はそこでも首を振る。
『ありません。魔族の国で迷ってしまった人間を、送り届けるような方です』
『側近のアジェラ様は人間嫌いでしたけれど……』
魔王の側近のアジェラ。騎士団に何かをしたのは、この魔族なのかもしれない。そうすると、魔王が五年前から姿を見せないのが説明できない。
「騎士団と魔王は、どうしてどちらも姿が見えないのでしょうか?」
「僕にもわからない。わからないから自分の目で見て、判断をする。僕たちはローたちと出会えたことで、魔族の国に入る前に、彼らも僕たちと変わらないと知った」
「はい、言葉の壁があったから、誤解が生じたのだと思います。姿形は違っても、人間も魔族も同じヒトだと思うので、私は戦うのではなく、平和条約が結びたいです」
魔王討伐を任命された時は、戦うことのできない私にできることなんてないと思っていた。
でも、一筋の光が見えた。私は誰も傷ついてほしくない。人間にも、魔族にも。戦う以外の方法があるなら、そちらを選びたい。
「開けてくれないか?」
扉の外から、クロエさんの声がした。
思ったより長い時間、話し込んでいたようだ。ローとチーが両親の腕から抜け出して、扉に向かって走っていく。
クロエさんとライリーさんは、両手にたくさんの食べ物を抱えていた。テーブルに並べようにも、二人部屋だから、テーブルも二人用だ。
ローとチーをテーブルのあるイスに座らせて、大人は手に持って食べる。
三日近く食べていない私には、スープを買ってきてくれた。温かくて美味しい。この部屋にいると、ネロセビの花の匂いはしない。やっぱり食べ物の匂いの方が、食欲は増して美味しく感じられる。
食べ切ると、お腹もちょうどよく膨れた。
片付け終わると、クロエさんがローとチーに本のプレゼントする。チーが王国語を勉強したいと言っていたから、本がちょうどいいと思って買ってくれたようだ。
「この本はアメリアが面白いと言っていた」
クロエさんが買ってきたのは天上物語だった。昔からある本で、子供たちには人気が高い。弟に読み聞かせをしていて、私も好きになった。
『クロエありがとう』
『自分で読めるように、お勉強するね』
二人は受け取って大はしゃぎだ。
「俺も子供の頃に読んだよ。その本に出てくる流星の騎士ががっこよくて、俺も騎士を目指そうとしたな」
ライリーさんが懐かしむように目を細める。クロエさんがふっと漏らして笑った。
「ライリーも子供らしいな」
「子供だったんだって! でもルスアトロ・マリメーラ王国は、王子様が二人だろ。お姫様がいないから、騎士になるのはやめた」
「お姫様を守りたかったのか?」
「天上物語はお姫様を守る話だから」
ローとチーがライリーさんに本を差し出した。
『ライリー、読んで!』
「ああ、いいよ」
ライリーさんは受け取って、パラパラと本をめくった。子供の頃を思い出しているのか、頬が緩んでいる。
『ロー、チー。ご迷惑になるから、別の部屋に行きましょう。もう外は真っ暗よ』
スーさんに諭されるが、二人はイヤイヤと首を振って駄々をこねる。
『だってもうすぐお別れなんでしょ?』
『まだ遊びたい!』
そうか。お別れなんだ。
次は魔族の国との境目の、ソルフォに向かう。ローたちは自分たちの村に戻るはずだ。
「今日は一緒に寝たらダメですか?」
ライリーさんが聞くと、スーさんとウーさんは『ご迷惑でなければお願いします』と頭を下げた。
「本を読んで一緒に寝ような」
ライリーさんがローとチーを抱える。隣の部屋がライリーさんとジーンさんの部屋のようだ。スーさんとウーさんもその隣の部屋に戻る。
「アメリア、何かあったらすぐに呼んでね」
「はい、ありがとうございます。今日は眠ってくださいね」
「ああ、ありがとう」
ジーンさんは柔和な笑顔を浮かべて、部屋を出て行った。
「今日はおとなしく出ていったな」
クロエさんの漏らした声に、私は目を瞬かせる。
「毎日、アメリアから離れたくない、と部屋から追い出すのが大変だった」
「そうだったんですね。心配をかけてしまいました」
「心配はするさ。みんな、アメリアが起きるのを待っていた。子供たちは一日中アメリアのベッドから降りなかったみたいだし」
起きてすぐに二人のドアップがあったことを思い出した。ずっと一緒にいてくれたんだ。心の中が暖かくなる。
「ジーンさんはきっと、身分の高い方なんですよね」
クロエさんは何も言わない。ジーンさんに口止めされているから。
「私、ジーンさんのことを、もっと知りたいです」
「……何者かどうかを?」
私は首を振る。
「それはもちろん知りたいですけれど、ジーンさんは知られたくないんですよね? それなら聞きません。今日はお兄さんがいることを知れました。好きな食べ物や趣味とか、そんなことが知りたいです」
「アメリアは彼が好きのか?」
どうなんだろう? ジーンさんの言動には驚かされることはある。でも、オークションでは誰よりも、みんなを助けようとしていたように思えた。頼りにもなった。私が起きた時には、部屋まで飛んできてくれて泣いていた。
「……惹かれていると思います。だから知りたいんだと思います。クロエさんの話せるジーンさんのことを教えてくれませんか?」
クロエさんは腕を組んで唸った。たっぷりの時間を使った後に謝られる。
「悪い、考えたんだが、私に話せることはない。本当に顔見知り程度なんだ。私の兄なら、色々知っていると思うんだが」
クロエさんのお兄さんは、ジーンさんと付き合いが長いと言っていたことを思い出した。
「知りたいなら本人に聞いたらどうだ? アメリアに聞かれれば、喜んで答えるだろう」
改まってジーンさんに「あなたのことを教えてください」と言うのは照れくさい。
それでも、拳を握って頷いた。
「頑張ってみます」
「応援している。そろそろ電気を消そうか。まだ本調子ではないだろう」
夕方に目が覚めたから、眠たくはなかったけれど頷いた。
クロエさんは騎士団の人たちと一緒に事後処理を行っていて、疲れているだろうから。
「おやすみアメリア」
「クロエさん、おやすみなさい」
ライトが消える。横になると、布団を口元まで引き上げて瞼を下ろした。