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18 オークション

 従業員専用の扉の前に、ホテルマンが二人立っていた。服の上からでもがっしりしていて、筋肉が発達していることがわかる。


 ジーンさんが魔法を制御されているブレスレットを見せながら、招待状を手渡した。

 扉が開かれ、まっすぐ進む。突き当たりにあるエレベーターに乗った。


「ボディチェックとかされなくてよかったです」


 ローとチーが隠れていることがバレなくて、胸に手を当ててホッと息を吐く。


「ブレスレットを付ける代わりに、しないことを約束させたから」


 ジーンさんの魔法は、取引材料になるほど強力なのか。でも、ローとチーの安全のためにブレスレットを付けてくれたジーンさんは、温かくて優しい人だ。


 下っていたエレベーターが止まる。

 重厚な扉の前に、また強そうな男の人が二人立っていた。こちらを一瞥して、両開きの扉を引く。


 正面に大きな舞台があり、今はどんちょうが降りていて中は見えない。

 舞台と入り口の間に客席があり、小さなコンサートホールのような作りだった。煌びやかな男女で、客席はまばらに埋まっている。


 下町の避難所よりは少し狭い。昨日ライリーさんにヒビを入れられた結界よりは、固く作れるはずだ。

 ジーンさんは戸惑う素振りも見せずに、堂々と通路を前方に向けて歩く。舞台の最前列の真ん中に腰を下ろした。

 屈んでジーンさんに耳打ちする。


「ここに座るんですか?」

「ああ、ここが僕たちが指定された席だから」


 ジーンさんの隣に腰を下ろした。イスが柔らかすぎて身体が沈む。私とは反対側に、クロエさんとライリーさんも腰をかけた。

「アメリアの隣が空いているでしょ? そこに女性たちを座らせるから、もしも怪我をしていたら治してあげてほしい」

「任せてください」


 緊張や不安から、どうしても身体に力が入ってしまう。足の上で震えている手を、ジーンさんの手に覆われた。


「僕が絶対にみんなを助けるから、アメリアは守ることに集中して」


 ジーンさんは自分のことを隠しているし、こんなに目立つ席に座れて、女性たちの分の席も確保している。

 わからないことだらけなのに、ジーンさんの言葉で心が軽くなるのは、彼が本当にみんなを助けたいと思っているからだろう。


 ジーンさんの言う通り、私は私に出来ることに専念しよう。絶対に女性たちも、ローとチーの両親も守る!

 やることがはっきりとすれば、驚くほど冷静になれた。

 




 五時ちょうどになると、どんちょうがゆっくりと上がっていく。真ん中に檻があり、その中に私と同じ歳くらいの女性が座っていた。鉄の首輪をはめられ、目元は隈で黒ずんでいて、肌や髪に艶がない。


「皆さま本日はお忙しい中、ご来場いただきありがとうございます」


 傍に立つ派手な服の司会者が前口上を続けているが、頭に入ってこなかった。

 目が涙でぼやける。ただホテルに泊まっただけなのに、捕らえて檻なんかに閉じ込めて。これから値段をつけて買われる。


 ジーンさんは人間を買いたくないと言っていた。そう思ってここにいるのはジーンさんだけなんだ。そのジーンさんが全員を落札するのだから、酷い以外の言葉が出てこない。


「それでは、一千万から」

「一千五百万」

「二千万」


 司会者が声を上げると、すぐに至る所から値段が叫ばれる。

 ジーンさんはまだ何も言わない。横目でうかがうと、何かを押し殺すように、口元が固く引き結ばれていた。


「七千万。それ以上はいらっしゃいませんか?」


 司会者が客席を見渡すと、ジーンさんが手を上げた。


「三億」


 ジーンさんは苦虫を噛み潰したような表情で、金額を告げる。

 会場が静まり返った。司会者までもが、動揺で口を開いたまま固まっている。


 ジーンさんは腕を組んで俯き、動かない。舞台の上にいる司会者からは、フードで完全に表情は隠れている。

 口元を歪め、辛い気持ちを隠しているんだ。助けるためとはいえ、人を買ったのだから。


「……三億ですが、他にいませんか?」


 誰も声をあげない。


「三億に決まりました!」


 大袈裟なほどの明るい声に、気分が悪くなってきた。人に値段がついて喜ぶなんて、考えられない。


「身なりを整えた後にお連れいたしますね」

「必要ない。彼女はこちらで診る。それに、その似合わない首輪は外してもらおうか」

「これは逃げられないようにはめていますが?」

「必要ない」


 司会者のかけた声に、ジーンさんは氷のように冷たい声で返した。


「ライリー、丁重にお連れしろ」


 女性の檻が開き、首輪が外される。女性は震えて動くことが出来ない。ライリーさんが舞台に上がり、女性をそっと横抱きにした。ライリーさんの表情に影が落ちている。舞台から降りると、私の隣に女性をゆっくりと座らせた。


「アメリア、頼んだ」


 ボソリと呟き、ライリーさんは元の場所へ座る。

 任せてください! と心の中で叫んだ。

 床に手をついて、私と女性が入るだけの小さな結界を張る。


「なるほど。結界の中なら逃げられませんね」


 司会者が声を上げて笑う。

 その言葉で女性が恐怖のあまりに泣き出した。

 逃げ出さないためではなく、保護をするための結界なのに、オークションという場所ではそう取られてしまうのか。悔しくて悲しくて、下唇を噛んだ。


 でも、本当に辛いのは私ではなく、目の前にいる女性だ。

 今すぐに逃がしてあげたいけれど、他の人を助けるためにも、まだここにいてもらわなければいけない。


「怖い思いをさせてごめんなさい。でも、結界の中にいてください」


 首に擦れたような傷ができていた。先ほど外した首輪が原因だろう。

 手をかざすと、白い光が女性を包んだ。女性の身体に光が吸い込まれると、傷は跡形もなく消えた。

 女性は涙で腫れた目を見開く。驚きで涙は止まっていた。


「傷は治しました。疲れていますよね? 一時的ですが、体力を回復させます」


 眠れていないようだから、体力上昇の強化魔法もかけた。


「……あなた、悪いやつじゃないの?」


 女性の戸惑いで揺れる瞳を、私は見つめる。絶対に助けます、と込めて。

 私が治癒をしている間に、二つ目の檻が出てきた。

 女性は横たわっている。髪で顔が隠れていて表情が見えない。衰弱しているのだろうか? 彼女が気がかりで仕方がなかった。


「それでは、一千万から」


 声を弾ませる司会者とは裏腹に、会場からは値段を提示する声が上がらない。


「全く動かないけれど、生きているのか?」


 後方から聞こえ、会場がざわつく。女性は微動だにしない。


「もちろん生きていますよ」


 司会者は檻の中に腕を突っ込み、女性の髪を掴んで顔を上げさせる。

 思わず立ち上がりかけ、私とジーンさんを隔てる結界に手を当てられた。ジーンさんが「耐えてくれ」と漏らすが、もう一方の手が震えるほど固く握られている。


「二千万」

「三千万」


 値段が上がり、それ以上上がらなくなったところで、ジーンさんが再び「三億」と提示した。

 檻から出されて首輪の外された女性は、ライリーさんに抱えられて舞台を降りる。結界を解き、女性が椅子に降ろされると張り直した。


 やはり首輪のせいで、首に傷ができていた。治癒魔法をかけて傷を治す。この女性は動かないけれど、顔色はいい。手首に触れる。脈も正常だ。だけど瞳は光を失っているかのように、どこを見ているのかわからない。

 精神的に追い詰められ、心を閉ざしてしまったのかもしれない。


 また女性が入れられた檻が出てきた。いなくなったのは二人だと思っていたから、息が止まるほど驚いた。まだオークションは続くの? 


 私は傷を治すことしかできなくて、やるせない気持ちで涙がこぼれそうになるのを、唇を噛み締めて耐える。

 その後もう一人女性がオークションにかけられ、四人の女性を結界内に保護した。


「さぁ、次で最後になります! 本日の目玉商品、二体の魔族になります」


 青い肌に二本のツノ。虹色の鱗はなく、肌と同じ色の小さな結晶が体についていた。間違いなくローとチーの両親だ。

 両親はこちらを、というより、ジーンさんを凝視している。檻を掴んで涙を流した。


『ローとチーは村に返して!』

『人間に捕まってしまった……』


 子供たちが両親の匂いがわかるように、両親もローとチーの匂いで、ジーンさんと一緒にいることがわかったんだ。


「何だ急に泣き出して」


 司会者が両親に蔑むような冷たい目を向ける。古代語だから、司会者には通じていないんだ。


『ほごしている』


 ジーンさんが苦手な古代語を両親に向けた。

 安心したのかわからないけれど、それを聞き取った両親は泣き崩れた。


「なんだかよくわかりませんが、オークションを続けますね。この虹色に輝く鱗を持つ魔族です」


 ローとチーよりも大きい、人間の手のひらほどの鱗を司会者は見えやすいように数枚掲げた。

 ……無理やり剥がしたの? 両親の肌にあるのは結晶ではなくて、かさぶた?


 チーが鱗は剥がれるとすごく痛いと言っていた。全身の鱗を剥がしたってこと?

 非道な行いにも、鱗を見て目の色を変えて歓声を上げる客席の人間にも、堪え難い怒りが込み上げる。


『お父さん、お母さん』


 ジーンさんのローブから、ローとチーが飛び出した。


「待て!」


 ジーンさんが捕まえようと手を伸ばすが、すり抜けて舞台に上がってしまった。檻越しに泣きながら両親と触れ合う。


「もう二体商品が増えましたね」


 司会者がローとチーを捕まえようとするから、私は結界から抜けて舞台によじ登る。間に合わない!


『逃げて!』


 叫ぶと同時に司会者の手に何かがぶつかった。司会者は呻いて手を引っ込めて庇う。舞台上に転がっていたのはハイヒールだ。


 客席を振り返ると、靴を片方しか履いていないクロエさんが立っていた。隙を作ってくれた。私はローとチーを背に隠すようにしゃがんで、床に手をついた。ローたち家族を囲う結界を張る。


 両親に手をかざして治癒魔法をかけた。人間よりも少しの力で傷が治せる。魔族の方が、自己回復能力が高いのかもしれない。


「どういうつもりですか?」


 司会者が舞台上から、ジーンさんへ敵意に満ちた目を向けた。


「先に僕の連れに手を出そうとしたのは君だ」

「連れ? この小さい魔族が?」

「そうだ。その子たちにも彼女にも、いっさい触れるな!」


 ジーンさんが感情を荒げて叫んだ。

 息苦しいような圧迫感に、身体が震える。

 ジーンさんのプレッシャーに、司会者がたじろいだ。


「何をしている! 自分で舞台に上がったのだから、商品だろう。売れ!」


 客席から立ち上がって叫ぶ男性に、司会者が「オーナー」と漏らした。目を凝らす。列車で席を間違えて、私たちの席の扉を開いた人だ。あの人がオーナー?


「商品なんかじゃない」


 ジーンさんが地を這うような低い声で呟いた。


「貴方の所有物というだけで箔がつく。そうでしょう? ユー」

「黙れ!」


 ジーンさんがオーナーの声を遮るように、立ち上がって叫んだ。

 後方の扉が勢いよく開く。全員が振り返った。騎士の隊服を纏った人たちが、出入り口を塞ぐように一列に並ぶ。ケデミェの騎士団が間に合ったんだ。


「全員捕えろ!」


 会場中がざわめいた。

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