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15 打ち解ける

 部屋は静寂に包まれる。

 散々不安にさせてしまったから、まずは子供たちの緊張を解かなければ。


『ジーンさんとクロエさんが、お父さんとお母さんを助ける準備をしに行ったよ。ローとチーはこのお部屋で待っていようね』


 チーがライリーさんを見上げる。


『ライリーも一緒?』

『そうだよ。ライリーさんも一緒だよ』


 チーは表情が緩んだように見えた。


「なんて言ってるんだ?」

「ライリーさんが一緒で嬉しいみたいです」


 ライリーさんはチーの頭を撫でる。


『二人はお腹減っていない? 好きな食べ物は?』


 顔を見合わせて、二人ともお腹を押さえた。

 どれ程遠いかわからないけれど、二人だけでここまで辿り着いたんだ。まともな食事ができたとも思えない。


『冷たいのが好き。熱いのは食べられない』


 火を使わないで食べられるものがいいのかな? それとも冷ませば食べられる? 食材を眺めていると、ローがりんごに触れる。


『コレ、ぼくもチーも好き』


 りんごの皮を剥いて、食べやすい大きさにカットする。二人とも勢いよく食べるから、相当お腹が減っていたようだ。もう一つ剥いてカットすると、すぐに完食した。

 二人とも顔と手が果汁でベタベタになっている。


『一緒にお風呂に入ろうか?』

『お風呂?』

『温かいお湯に体をつけて、綺麗にするんだよ』


 二人は泣きそうな顔をして、ライリーさんの後ろに隠れてしまった。


「アメリア、二人が怯えている。何を言ったんだ?」

「汚れちゃったから、お風呂に入ろうって誘いました」

「風呂が嫌いなのか?」


 人間はお風呂が当たり前だけれど、魔族は違うのかもしれない。怖がらせてしまったことをまずは謝る。


『ごめんね。ローとチーが、いつもどうやって体を綺麗にしているか教えて』


 二人は顔を見せてくれた。でも、ライリーさんの後ろから出てこない。


『冷たい水で濡らした布で拭いてる』


 もしかしたら、お湯もダメなのかな? だからお風呂を怖がったのかもしれない。


『教えてくれてありがとう』


 私が二枚のタオルを濡らしに洗面所へ行くと、みんながついてきた。一人にしないって、お部屋の中でもなんだ。

 ライリーさんにタオルを一枚渡す。

 ベッドに戻って座り、チーを抱っこした。


『チーはライリーさんがいい? 女の子だから、私が拭こうか?』

『アメリアにする』


 ライリーさんにローがよじ登ったのを微笑ましく見て、チーの手のひらを拭った。


『アメリアは上手ね』

『よかった。強くない?』

『大丈夫。でも、鱗は優しくして。剥がれると、すごく痛いの』


 返事をしようとすると、ローが唸っていた。


『ライリーは下手。弱すぎて、汚れが取れないよ』

「ライリーさん、もっと強くしても大丈夫です。私はこれくらいの力で拭いています」


 ライリーさんの手のひらをとって、タオルでこする。私は弟たちで慣れているけれど、ライリーさんは子供だからとタオルで撫でているだけに見えた。


「結構強いな」

「でも、鱗は剥がれると痛いらしので、優しくして欲しいとのことです」

「鱗に触る前に聞けてよかった」


 ライリーさんは胸を押さえて、息を吐き出した。


『服を脱がせてもいい?』

『うん、大丈夫だよ』


 ワンピースのような服を脱がせ、ローとチーの顔と体を拭う。キャッキャと上がる笑い声に、私まで口元が緩んだ。今まで二人っきりで、不安に押しつぶされそうになっていたと思うから。少しでも、気持ちが楽になってくれると嬉しい。


 全身が綺麗になると、二人は服を着直した。

 四人で話しながら待っていると、コンコンと扉がノックされた。私とライリーさんは顔を見合わせて、息を飲む。


 ノックは二回だった。ジーンさんたちが戻ってくる時は、五回ノックをすると言っていた。別の人だ。

 手に汗がじわりと滲む。


「俺が見てくる。アメリアは結界を張って、絶対に出てこないで」

「わかりました」


 ローとチーを掛け布団で隠し、三人が入るように狭い結界を張った。それを確認して、ライリーさんが剣を掴んでドアに近付く。


『アメリア?』


 ローとチーが布団から顔だけを出した。二人が目に不安を携えて、私を見上げる。

 私は声をかけてから、布団をかけなければいけなかった。二人はさっきまで笑っていたのに、私が怖がらせてしまった。


『ごめんね。知らない人が来たから、ローとチーは少し隠れてね』


 二人を抱きよせる。ローとチーは自分たちで掛け布団を手繰り寄せて隠れた。

 息をひそめてじっとしていると、ライリーさんが部屋に戻ってくる。表情は険しい。


「さっきの清掃のおばさんたちだった」

「どうかされたんですか?」


 ライリーさんが握りしめていた紙を見せてくれた。


「また一人、女性がいなくなったって」


 急いで書いたような文字が書かれている。

 息が止まりそうになった。思わず二人を抱く腕に力が入る。

 扉を開けないとジーンさんと約束したため、扉越しに話し、隙間から紙を差し込まれたのだと、ライリーさんが教えてくれた。


「クロエに伝えたかったみたいだ。出かけていると言ったら、この紙をくれた」


 チーがライリーさんに手を伸ばすけれど、結界に阻まれる。解くと、ライリーさんが抱えた。


『ライリー、痛いの?』


 チーがライリーさんの頭を撫でた。

 チーの言葉を訳せば、ライリーさんは表情を柔らかくする。


「痛かったけど、チーが撫でてくれたから、痛くなくなった」


 そのままチーに伝えれば、誇らしげに笑ってライリーさんの頭を撫で続ける。

 ローが足の上にちょこんと座り、私を見上げた。


『アメリアはどうして、ぼくたちと同じ言葉が喋れるの? 人間は襲ってくるし、何言ってるかわからないから怖い。でも、アメリアのおかげで、怖くない人間もいるって知った』

『私は学校でお勉強をしたから、古代語が話せるんだよ』

『古代語? 共通語じゃなくて?』


 古代語は昔の言語だと思っていたけれど、魔族には一般的な言葉みたいだ。

 ローが言うように、わからないから怖いんだ。私たちが仲良くなれたのだから、言葉が通じれば争いも減らせるんじゃないのかな?


『わたしも人間の言葉をお勉強したい。ライリーとお話ししたいの』


 チーがライリーさんに抱っこされたまま、手を上げて聞かせてくれる。


『チーはライリーさんが好きなんだね』

『だってライリーはカッコよくて優しいんだもん。わたし、ライリーのお嫁さんになる! アメリア、ライリーには内緒よ』


 懐いたというつもりで好きと言ったけれど、チーの初恋なのかな? 微笑ましくて笑っていたら、ライリーさんが頬を膨らませる。


「みんな楽しそうなのに、俺だけわからない」


 ライリーさんは疎外感を感じてしまったようだ。


「チーがライリーさんとお話しをしたいから、王国語を勉強したいみたいですよ」


 好きだと言うところだけは、約束をしたから黙っておく。


「チーと話せるの、楽しみにしているよ」


 破顔するライリーさん。チーもご満悦だ。

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