14 地下を隠す理由
ローに手を引かれて視線を下げる。床に膝をつこうとしたら、クロエさんにベッドへ座るように促された。
私がローを膝に乗せる。四歳の弟と同じくらいの大きさなのに、だいぶ軽い。隣にクロエさんが腰を掛けた。
もう一方のベッドでライリーさんがチーを抱いて、ジーンさんがその隣に座る。六人で向かい合った。
『アメリアあのね、下の方でお父さんとお母さんの匂いがする』
『この建物にいるの?』
『うん、お花の匂いが邪魔だけど、大好きな匂いだから間違いないよ』
なんでホテルに?
「この下は客室とロビーだな。ロビーに魔族がいたら目立つから、二階にいるのか?」
クロエさんは目に力を込める。
『すぐ下にいるの?』
ローが首を振り、チーまで『違う』と主張する。
『通ってきた場所よりずっと下だよ』
「地下があるということか……」
ジーンさんが眉間を狭め、硬い表情を見せる。
階段はロビーから上にしか行けなかった。階段がないなら、エレベーターでも地下に行けないだろうし、どうやって降りればいいんだろう。
「地下を隠す理由は?」
ライリーさんの問いに、ジーンさんが答える。
「やましいことがあるのだろう。捕まえた女性や魔族を監禁しているとか、な」
「なんで監禁なんか……」
私が不安に思ったからだろうか、ローが手を伸ばして頭を撫でてくれた。優しさで、目の奥が熱くなる。自分だって怖いはずなのに。
絶対にこの子達の両親を見つけると誓う。小さな身体を抱きしめた。
『ローとチーが他に匂ったものや、聞こえたことを教えて』
ジーンさんのローブの中にいたから、見たものはないだろう。
「かう、しょーたいじょ、めだま、おー……?」
ローは馴染みのない王国語を必死に思い出して、一生懸命に伝えてくれる。
【かう】は買う? それとも飼う? 【しょーたいじょ】は招待状かな? そして【めだま】は目玉だよね? その後の【おー】はなんだろう?
頭を悩ませていると、ジーンさんが勢いよく立ち上がった。顔は真っ青になっており、まるで体中の血が抜け落ちてしまったかのようだった。目は虚ろで、焦点が定まっていない。
「ジーン、どうした?」
ライリーさんがジーンさんの袖を引くと、ジーンさんは我に返って力なく腰を落とす。膝に肘をつき、両手で顔を覆った。
ジーンさんがこんなに取り乱すなんて……。ローの言葉を頭の中で反芻するけれど、私にはわからない。
しばらくして、落ち着きを取り戻したジーンさんが顔を上げる。やはり顔色が悪い。
「……オークションだ」
「オークション?」
ライリーさんがおうむ返しすれば、ジーンさんが頷いた。
「買う、招待状、目玉。女性も魔族も捕らえたからには、理由がある。捕えるだけでは意味がない。……売っているんだ。隠された地下には、招待状がないと入れない。今回の目玉商品は魔族なんだろう。……人身売買など、あってはならないことだ」
しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。部屋には、ローとチーの小さく不安げな息遣いだけが聞こえていた。
無理矢理捕まえて売る? 理解が追いつかない。
『アメリア?』
言葉のわからないローの瞳が、不安で揺れる。説明なんてできなくて『絶対に助けるから』とキツく抱きしめた。
「僕がなんとしてでも招待状を手に入れてくるから、待っていてくれ。女性は度々いなくなるんだよな? こういう隠れなければならないものなら、一見客に招待状なんて送らない。オークションに入り込んで、全員を捕まえることができれば、以前売られた女性たちも見つかるかもしれない」
「私が騎士団に協力を要請します」
「ああ、だが、この街はダメだ。人がいなくなったにも関わらず、捜索をしている様子もない。考えたくはないが、騎士団は見て見ぬ振りをしているのか、グルなのか……。できれば王都の騎士団を呼びたいが、ここからでは遠すぎる」
「ケデミェはいかがでしょう? 列車ジャックの時の対応も迅速でした」
「……そうだな、そこに頼もう。だが、君を一人にさせるわけにはいかない。先に招待状を手に入れる。その後、騎士団に連絡を取ろう」
「わかりました」
ジーンさんがローブを羽織り、深くフードを被った。その顔は、暗い影の中に沈んで見えなかった。
二人のやりとりに、私は目を瞬かせることしかできない。
招待状を手に入れるって、ジーンさんは何をするんだろう。
「ライリー、アメリアと子供たちを頼む。四人部屋だから大丈夫だと思うが、絶対にアメリアを一人にしないで欲しい。子供たちは、存在すら気付かれてはいけない」
ジーンさんがライリーさんの両肩を掴む。ライリーさんは奥歯を噛み締めたように、顔に力を込めた。
「わかった。俺に任せてくれ」
「戻ってくる時に、ノックを五回する。それ以外は絶対に扉を開けるな」
大きく頷くと、ジーンさんとクロエさんが部屋を出ていった。