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13 ローとチー

 四人で固まって、足早にホテルを後にした。花の香りが充満する街を抜けて、少し進むと森に入る。

 生い茂る木々が、枝を絡め合って広がっていた。あまり陽が当たらないからか、少し肌寒い。


「なんで若い女性なんでしょうか?」


 他にも宿泊客がいる中で、若い女性だけがいなくなるということは、攫う相手を選んでいるということだ。


「理由はあるだろうな」


 ライリーさんが唸りながら思考を巡らせている。


「男性よりは攫いやすいだろうし、子供は一人にならないからじゃないのか?」


 クロエさんの意見に、私は首を捻る。


「それなら、ご年配の女性でもいいはずです」

「それもそうだな」


 三人で頭を悩ませていると、ジーンさんが口を開く。


「僕はスケベなんだと思うな。若い女性限定なんて、それくらいしか思い浮かばないでしょ」


 ジーンさんの言葉に思考が停止した。しばらく沈黙が続き、ライリーさんがジーンさんに訊ねる。


「魔族って、人間の女性が好きなのか?」

「さあ? 僕は魔族に会ったことがないからわからないな。だから探して聞いてみよう」


 辺りを警戒しながら進み、先頭を行くライリーさんが左手を横に伸ばす。私たちは足を止めた。


「どうしたんですか?」

「何か聞こえる」


 口元で人差し指を立て、ライリーさんは集中するために目を閉じた。私も耳を澄ませる。

 風の抜ける音以外に、掠れた声が聞こえた。


『怖い、人間怖い。……お父さんとお母さんを連れてっいた。怖い』

「怖がっています」


 みんなが私に注目する。


「聞き取れたのか?」


 ライリーさんに聞かれて頷いた。


「はい、古代語で『お父さんとお母さんが連れて行かれた』と言っています」

「古代語がわかるのか?」

「アメリアは王立魔法学院を卒業した、才色兼備な女性だからね」


 私が答えるより早く、ジーンさんが得意気に話す。卒業した学校まで調べていたんだ、と目を丸くした。

 王立魔法学院で古代語は必須授業だった。でも、学校以外で聞いたのは初めてだ。


「それはそうと、父母が連れて行かれたということは、子供か?」


 クロエさんが場所を探る。

 どうして子供がこんなところにいるんだろう。それに王国語じゃなくて、古代語なのも気になる。


「人間が怖いって言っています」

「人間が怖い? 魔族じゃなくて? ……もしかして、魔族の子供か?」


 ライリーさんが道のない場所を進みはじめた。その後についていく。

 彼がしゃがんで草をかき分けると、青い肌に二本の小さな角が生えた、魔族の子供が二人、互いを庇うように抱きしめ合っていた。肌には虹色に輝く鱗がところどころついている。恐怖に顔を歪め、目には涙を溜めていた。


「アメリア、話を聞けるか?」

「やってみます」


 ジーンさんの言葉に私は頷いた。

 まずは怖くないということを、知ってもらおう。

 目線を合わせるように膝をつき、口角を上げる。


『こんにちは。私はアメリアだよ。お名前を教えて』


 古代語で話したからか、魔族の子供は大きな目を瞬かせて、顔を見合わせた。

 口を開いては閉じ、迷う素振りを見せている。表情で考えていることがなんとなくわかるのは、人間の子供と変わらない。


『怖がらなくていいよ。何もしないよ』


 両手を顔の横で広げて、危害を加えるつもりはないとアピールする。

 魔族の子供は、私の隣でしゃがむライリーさんへおそるおそる視線を移した。ライリーさんというより、腰に差している剣だろうか。


「すみません、ライリーさんとクロエさんは少しだけ離れてもらえますか? 武器が怖いのかもしれません」

「わかった。怖がらせてごめんな」


 言葉は通じないかもしれないけれど、ライリーさんは子供たちに謝って立ち上がる。私たちの数歩後ろで、クロエさんと並んだ。


『……捕まえない?』


 声を聴かせてくれた。私は何度も頷く。


『ぼくはロー。こっちは双子の妹でチー』


 名前は聞けた。ホッと胸を撫で下ろす。少しだけれど、心を開いてくれたのかな?

 ジーンさんがライリーさんとクロエさんに、私たちの会話を通訳している。


「ジーンさんも古代語がわかるんですか?」

「僕は聞き取れるけれど、アメリアのように発音が良くない。幼い子供のような話し方に聞こえるらしいから、会話はアメリアに任せたい」


 ジーンさんが少し顔を赤らめ、視線を外した。ジーンさんが恥ずかしがっている姿に目を丸くする。


「ほら、話を続けて」


 促されて、慌ててローとチーに向き直る。


『ローとチーは、どうしてここにいるの? お父さんとお母さんは?』


 連れて行かれたって、どういうことだろう。

 ローは森の奥を指差した。


『この森のずっと先にあるのが、ぼくたちが住んでいる村。人間が襲ってきたんだ。ぼくたちを隠して、お父さんとお母さんが捕まった』


 人間に襲われた? 魔族が人を攫っているんじゃなかったの?


『お父さんとお母さんを追いかけてきたの?』


 ローは首を振る。


『村を襲った人間の匂いを辿ってきた。この先にある街と同じ匂いがした。お父さんとお母さんを助けたいけれど、匂いが濃くなると、怖くなって動けなかった』


 チサレバはネロセビの花の匂いしかしないほど、その香りが充満している。残り香を辿れるほど鼻が効く二人は、村が襲われた時のトラウマから、足が竦んでしまったのだろう。


『二人で来たの? 他の村の人は?』

『みんなは避難場所にいる』

『大人は戦ったりしないの?』

『人間は魔族を凶暴だって思っているみたいだけれど、ぼくたちは戦ったりしないよ。ぼくたちからしたら、人間の方が怖い』


 カタカタと震えるチーを、ローが安心させるようにキツく抱きしめる。


「あの、魔族は他にいないみたいです。この二人が若い女性を攫うとも思えません」

「そうだな。それに、チサレバの人間が魔族を捕らえたようだし」


 ライリーさんが眉の間を狭める。


「若い女性も、チサレバの人間じゃないのか? 魔族がわざわざホテルに一人でいる若い女性を選ぶだろうか? 一人で街を出た人間を捕まえる方が楽だろう」


 クロエさんの言うことはもっともだと思う。人間が魔族と人間を攫っているの? 

 胸の辺りが気持ち悪くて、胸元の服が皺を刻むほどキツく掴む。不快感が澱みのように沈澱していくようだ。


「どうしましょう。空も暗くなってきましたし、この子たちをこのままにもできません」


 魔族がいるという噂があるんだ。ここにいては、両親のように捕らえられてしまうかもしれない。どうすればいいか意見を求める。


「避難場所まで二人で帰れるなら、帰るのが一番いいだろうな。僕たちが親を探して、連れていけばいい。二人で帰れないのであれば、苦手な花の匂いが満ちた街に連れていくしかない」


 ローとチーに向き直る。


『私たちがお父さんとお母さんを探すよ。二人で避難場所まで帰れる? できなければ、一緒に街に行こう』


 ローとチーは小さな声で相談を始める。首を振ったり頷いたりして、二人が納得いくまで待った。


『アメリア、街に連れて行って。お父さんとお母さんに会いたい』


 ローがチーの手をギュッと握った。


『わかったよ。ちょっと待ってね』


 振り返って「一緒に街へ連れていきます」と声をかける。

 ジーンさんがローブの袖から腕を抜き、ポンチョのように服の中へしまう。


「僕のローブで隠していこう。二人を抱える」

『お兄さんに抱っこしてもらってね』


 ローとチーの手を引いて、ジーンさんの前に連れていく。二人は私から手を離さない。

 ジーンさんは小さく息を吐いてしゃがみ込んだ。


『ぼくはジーン。なかよくしてね』


 ジーンさんは会話は任せると言ったのに、自分で二人に声をかけた。

 発音は確かに子供のようだったけれど、優しい人なんだと心が灯る。


『背の高いお兄さんがライリーさんで、綺麗なお姉さんがクロエさんだよ』


 ライリーさんとクロエさんの名前も伝える。二人は頷いて、こわごわとジーンさんに近付いた。

 ローは恐る恐る手を伸ばし、ジーンさんの服の裾を掴んだ。チーはローの背中に隠れるように身を寄せている。ジーンさんは優しく微笑み、ゆっくりと二人を抱き上げた。


 私はローブを整えて、二人を隠す。

 ジーンさんはいつもより太っているように見えるけれど、ローとチーは完全に隠れていた。


「アメリアはライリーの隣にいて。若い女性が危ないのだから、男がそばにいた方が安全だと思うから。僕は両手が塞がっていて、何かあってもすぐには対処できない」


 ジーンさんに言われて頷いた。ライリーさんのそばに立つ。


「貴方のことは、私がお守りいたします」


 クロエさんがジーンさんの傍に控えた。

 私とライリーさんが前を歩き、ジーンさんとクロエさんがその後をついてくる。来た道を戻って森を抜けた。


 チサレバに入ると、花の匂いしかしない。ローとチーは大丈夫だろうか?

 私はいい匂いだと思うけれど、隣を歩くライリーさんは苦手と言っていただけに、顔を顰めている。


 早足で道を進み、ホテルに入った。

 エレベーター待ちをしている人がいたから、階段で三階まで向かう。

 長い廊下を抜けて部屋に入れば、ホッと落ち着けた。


 ジーンさんはローとチーをそっと下ろすと、ローブを脱ぐ。

 二人はキョロキョロと辺りを見渡した。

 ライリーさんがサイドチェストに乗る花瓶を、窓を開けてバルコニーに置いた。


「これで少しは匂いが減ればいいんだけれど」


 匂いを怖がるローとチーに気を配っての行動に、心の中が温かくなった。ローに庇われていたチーが、ライリーさんに近付き、小さな手でズボンをギュッと握る。


『ライリーありがとう』


 チーが初めて喋った。


「俺の名前、覚えてくれたの? 嬉しいよ」


 ライリーさんは膝をついて、チーの頭を撫でる。


「ありがとう、だって」


 ジーンさんにチーの言っていることを聞かされ、ライリーさんは顔いっぱいに喜色を浮かべた。

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