12 第二の都市
駅は足止めをされていた人たちで、溢れ返っていた。王都の駅より小さいけれど、人で埋もれて見失わないようにしないと。
「掴む?」
ジーンさんが肘を曲げて、見やすいように袖口を指した。
「ありがとうございます」
昨日と同じように、掴ませてもらう。はぐれることなく、列車に乗れた。
個室席に腰を下ろすと、列車はゆっくりと動き出した。
「終点の【チサレバ】には夕方に着く。今日はそこに泊まり、明日は歩いてソルフォに向かう」
隣のクロエさんが、固い表情を見せた。
ソルフォって、人がいなくなる町だよね。不安から首を竦め、肩に力が入る。
「いなくなった人が、見つかるといいですね」
「そうだな。魔族の国との境目付近にある町ってことは、魔族が原因なのか?」
ライリーさんの問いに、クロエさんは首を振った。
「分からない。そうかもしれないし、違うかもしれない。それを調べて、いなくなった人を探すのが目的だ」
張り詰めた空気の中、ジーンさんは窓を指先で叩く。
「アメリア、滝が綺麗だよ」
穏やかすぎる声に促され、外へ目を向けた。
列車は大きな川に架けられた橋の上を走っている。白い水煙を巻き上げる滝は、迫力があった。美しさに、目を奪われる。
「すごいですね、初めて見ました」
思わず声を上げた。
「みんな力が入りすぎなんじゃないの? そんなんだと、町に着く前に疲れちゃうよ。町に着くまではリラックスしよ」
景色を見ていたら、強張っていた身体から、余計な力が抜けていた。クロエさんもライリーさんも、表情が柔らかくなる。
「貴方に諭されるとは」
笑い合っていると、扉が勢いよく開いた。無意識にテーブルへ両手をつき、私は結界を張る。
クロエさんとライリーさんは、剣の柄を掴んでいた。
全員が扉に目を向けると、顔の赤いおじさんが立っていて、しゃっくりをした。仕立てのいいスーツが、せり出したお腹に引っ張られている。
「あなた、席はここではありませんよ」
「おう、そうか」
身なりの整った奥様に言われ、おじさんは扉を閉める。
席を間違えただけのようで、ホッと胸を撫で下ろした。
結界を解く。昨日の列車ジャックのことがあり、扉が突然開いて、過敏になってしまった。
「酒臭かった」
ライリーさんは眉間に皺を刻み、手で鼻を覆う。
「間違えたのに、謝罪もないのか」
クロエさんは腕組みをして、鼻息を荒げた。
「景色でも見て、気分を変えよう」
コブのような山々が、延々と連なっている。車窓から見える景色は全てが新鮮で、飽きることなく眺め続けた。
列車はゆるやかに止まり、プラットホームへ横付けした。扉が開かれると、甘く濃厚な香りが、辺り一面に漂っている。
「いい匂いですね」
「これはネロセビという花の香りだな。チサレバは王都に次ぐ第二の都市。花に満ち溢れた、綺麗な街だ」
クロエさんがプランターに植えられた花を指した。オレンジやピンク、白など、鮮やかな色が並んでいる。大きな花弁を幾重にも重ねた花だった。
駅を出ると、大きな花時計が存在を主張していた。人々は魅了されたように、花時計をうっとりと眺める。
道は花壇で仕切られていて、一方向にしか進めないようだ。
「俺はこの街が苦手だ。花の匂いがキツすぎる。他の匂いが全くしなくて、違和感しかない」
ライリーさんは袖口で鼻を隠す。確かに匂いが強いけれど、お花は綺麗だし、甘い香りで私は好き。
「まずは宿に向かうか」
先頭を歩くクロエさんに続く。
進むに連れて、ライリーさんが違和感しかないと言っていた意味がわかった。屋台が並ぶ道を通っているのに、食べ物の匂いがしない。見ていると美味しそうなのに、お花の匂いばかりで、いつもより食欲が湧かなかった。
「ねぇ、アメリア、ちょっと来て」
ジーンさんに手招きされたのは、ヘアアクセサリーを売っているお店。
ジーンさんが私の髪に、白いお花が並ぶバレッタを近付ける。
「うん、これにしよう」
ジーンさんは頷いて、代金を支払った。
「はい、プレゼント」
「えっ、あっ、ありがとうございます!」
手のひらに乗せられて、慌ててお礼を言った。
似合うと思ってくれたのかな? バレッタをジッと見つめる。
「二人が待っているから、急ごうか」
クロエさんとライリーさんが並んで、こちらを見ていた。二人に駆け寄る。
「何かもらったのか?」
「はい、バレッタをプレゼントしていただきました」
「可愛いな。アメリアに似合いそうだ」
今つけているバレッタはポケットにしまい、ジーンさんに貰ったものに付け替えた。
「やっぱり似合うね」
ジーンさんに褒められて、くすぐったいような気持ちになる。私は頬を染めて、はにかんだ。
ホテルのロビーにもネロセビの花が飾られていた。絨毯も花柄で、お花の形をしたシャンデリアがふらさがっている。
中庭に面する壁はガラス張りになっており、カラフルなネロセビが一面に敷き詰められている景色を見渡せた。どこもかしこもお花だらけ。
受付に行くと、二人部屋の空きがなく、一人部屋を四部屋か四人部屋を一部屋になると言われた。一人部屋は階もバラバラになるようで、四人部屋に決める。
エレベーターが上層階で止まっているから、階段で上がることにした。お部屋は三階だからすぐだ。
二階から三階に上がっている時に、ひそめたような声が聞こえた。
「また若い女の子が、いなくなったらしいわよ」
「怖いわねー」
若い女の子がいなくなった?
立ち止まって、全員と顔を見合わせる。
ライリーさんが階段を駆け上がって「すみません」と声をかけた。絨毯で足音が掻き消され、話していた二人が小さな悲鳴をあげる。
追いつくと、清掃員のおばさんが目をまん丸にして互いの手を握っていた。
階段を使う客がいると思っていなかったようで、バツが悪そうに視線を泳がせている。
「若い女の子がいなくなったって、どういうことですか?」
「それに、またということは、何度かあるということですよね?」
ライリーさんとクロエさんの問いに、おばさんたちは顔を見合わせて頷く。
「お姉さん、騎士なんでしょ? このホテルではたまに一人で泊まる若い女の子が行方不明になるのよ」
「街の外にある森で魔族を見たって人もいるし、魔族が連れて行ってるんじゃないかって噂があるのよ」
「探して欲しいけれど、お姉さんも若い女の子だから……。一人にならないようにね」
おばさんたちは、そそくさと奥の方へ歩いていった。
クロエさんが隊服を着ているから、教えてくれたのだろうけれど、人がいなくなったのに、ホテルは知らんぷりしてるってこと?
「とりあえず部屋に行こうか」
ジーンさんに促され、長い廊下を歩いて部屋に入った。
ダブルのベッドが二つある。その間にあるサイドチェストに小さな花瓶があり、ネロセビが生けられていた。
「四人部屋にしてよかったな。若い女性がいなくなるなら、クロエもアメリアも絶対に一人になるなよ」
「わかりました」
ライリーさんの言葉に頷く。
恐怖で身体が震えた。
「僕たちがいるから大丈夫だよ」
ジーンさんに肩をポンと叩かれた。それだけで不安が払拭され、頬を緩めて頷く。
「なぁ、ちょっと聞いてほしい」
「ダメだ!」
顎に手を当てて考え込んでいたクロエさんを、ライリーさんがキツイ口調で止めた。穏やかなライリーさんからは想像もできない声に、私はビクリと身体を跳ねさせる。
「まだ何も言っていない」
「自分を囮にするとか言うつもりだろ」
「そうだ。それが一番手っ取り早い」
「危ないからダメだ」
クロエさんとライリーさんが睨み合う。
私もクロエさんに、そんなことをしてほしくない。
「ダメです! 絶対にさせません」
「僕も反対だ。君は優秀な騎士だが、何があるかわからない」
三対一になり、クロエさんはたじろぐ。
「いなくなった女性たちを見つけるには、それしかないのではないか?」
「いや、全員で森に行こう。魔族がいるみたいだから」
ライリーさんの意見に賛同する。クロエさんを囮になんてできないけれど、いなくなった人たちの手がかりは見つけたい。