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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり

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1.ポーレンヌ城下町(上)

 翌朝、誰よりも早く起きた最美は身支度を整えると、二通の手紙を懐にしまい込んで大空へ飛び立った。早起きは得意ではないのだが、王黎からの命令ならば苦手な朝も苦ではない。

 今日は曇り空で、雨が降り出しそうな灰色の乱層雲ではないが、お天道様は容易には姿を見せなさそうだ。雲の上へ出て追い風を受けたかったが手紙がしけってはいけないので、最美は仕方なく雲の真下を、ゼルヴァイス城を目指して羽ばたいた。

 一方、紀更たちは一日かけて港町ウダを守る祈聖石を巡ることにした。王黎が歩きながら紀更に講義を行い、その紀更を護衛するようにエリックとルーカスが常に傍につく。同じようにユルゲンも。これまでと違うのは、そのメンバーに紅雷が追加されたことだ。


「紀更様、祈聖石って? どうして騎士さんたちは祈聖石を見ちゃいけないんです? あたしはいいんですか?」

「え、っと……それはね」


 水の村レイトに着いた頃の自分のように無知な紅雷から問われた紀更は、つたない知識を頼りに歩きながら必死に説明した。

 理解してもらえるようにわかりやすく人に解説することは難しい。しかし相手ではなくまず自分がしっかりと理解していないと人への説明とはできないものなので、紅雷の疑問に答えることはいい修行になる。しどろもどろながらにも紅雷へ語る紀更を師匠の王黎はあたたかい目で見守り、紀更が誤った説明をした時はそれを正した。


 祈聖石の付近まで来ると、王黎は操言の力を使って自分たちの姿を見えなくする。エリックたち操言士団の所属でない者に、祈聖石の擬態を知られないようにするためだ。そして王黎と紀更、紅雷だけで祈聖石の擬態を解き、祈聖石に祈りを込めてまた擬態させる。それを繰り返しながら、紀更は祈聖石の役目やこれまで自分が見てきたもの、学んできたことを紅雷に伝えた。果たしてどれくらいが彼女に正しく理解してもらえたかは謎だったが、紅雷は紀更とおしゃべりができるだけで満足なようだった。

 そうして昼の内に祈聖石巡りを終え、夜をむかえる。

 宿に併設された食堂の席で、紀更は王黎から共同営舎について教えてもらった。


「共同営舎を使うのは、主に平和民団所属の市民なんだ。特にユルゲンくんのような傭兵が多いね。仕事でどこかの都市部に行って寝泊まりする必要がある場合、国からお給料をもらっている騎士や操言士なら、各都市部にある騎士団や操言士団の施設を使うことができる。でも雇用主と直接契約をして報酬を得ている傭兵には、そういった専用の施設はない。宿に自費で泊まることがほとんどだ」

「そうなんですか?」


 現役の傭兵であるユルゲンに紀更が確認すると、ユルゲンも説明してくれた。


「契約内容によっては宿代を必要経費として支払ってくれる依頼主もいるが、それは稀だな。傭兵が得る報酬のほとんどは契約履行、つまり、依頼されたことを確実に実行した報奨としてのみ払われる」

「ただ、宿は正直割高なんだよね。個室だし、手紙の郵送とか食堂とかのサービスも提供してくれているからね。そこで共同営舎なんだ。共同営舎の運営は各都市部そのものが行っていて、利用者は利用登録期間に応じて使用料を払う。この使用料は、基本的に宿に泊まるよりも安く設定されている。共同営舎は宿みたいに個室じゃなくて、簡素な作りの大部屋で雑魚寝だからね。食堂はないし寝るためだけの場所だけど雨風は確実にしのげるし、一応安全に夜を過ごせるから、仕事のために長期間滞在する傭兵たちが重宝するんだ」

「紅雷は傭兵、ということでしょうか」


 隣でもりもりと食事をする紅雷に紀更は問いかけた。紅雷はパチクリと瞬きをしてからぶんぶんと首を横に振る。


「違いますよ! えっと……実家にいた時は畑仕事とか手伝ってたんですけど、実家を飛び出してからは都市部の雑用をして日銭を稼いでまして。食べるのはそんなに困らなかったんですけど、行き当たりばったりでちょっと苦しくなりまして」

「それで、ポーレンヌ城下町の共同営舎に登録したんだね。ポーレンヌなら、小さな仕事でよければいくらでもあるだろうし」

「そうですそうです。都市部の雑用より怪魔退治の方が報酬がよかったので、最近はなるべくそういう仕事をしてます。最初は怖かったですけど、今はそれほど怪魔が怖くないですよ! サバイバル生活って人を成長させますねえ。だから紀更様の行くところどこでも付いていけます!」


 王黎に頷きながら、紅雷は一番大きな肉の塊を美味しそうに咀嚼して飲み込んだ。


「紅雷は怪魔退治ができるの?」

「はい! ほらあたし、ミズイヌ型なら水中に潜れますから。港町ウダの漁師さんたちの依頼で一緒に沖に出て、スミエルを追い払うくらいはできたんです。あっ、でも、一人であんな大きなスミエルを斃せたのは紀更様からそーげんの力を受け取ったからですよ!」

「怪魔を必要以上に恐れないなら、戦闘要員として数えることはできそうだね。紀更、紅雷はなかなかいい言従士だと思うよ」


 王黎がそう言うと、紅雷は得意げににんまりと笑った。


「えっへん! あたし、紀更様のお役に立ちますよ!」

「それにしても、女性一人でよくそんな生活をしていられますね」


 ルーカスは呆れたような感心したような表情で呟いた。

 紀更は王都に生まれ育った都会っ子。少し嫌味な表現をすれば世間知らずな箱入り娘とも言える。王都に比べて質素な地方の暮らしや、生きるか死ぬかの瀬戸際に立っているような生活とは無縁に近いまま育ってきた。

 しかし、実はエリックやルーカスもそんな紀更と同じ育ちであり、「女性が一人で共同営舎に寝泊まりしつつその日暮らしをする」ということは、二人の騎士にとっては考えがたいことだった。


「雨風と怪魔に怯えないで夜を過ごせる共同営舎で何も困りませんよ? 喉が渇けば川に行けばいいですし、お腹が減ったら自分で何か調達すればいいわけですし」

「野性的ですね」

「ああ、あたしがメヒュラっていうのもあるかもしれないですね。ミズイヌ型になれば、人型以上に自然の中にとけ込めますから」


 ルーカスはまだ信じられない、という表情をしていたが、紅雷はふにゃふにゃと笑うだけだった。

 王都育ちのお嬢さん、お坊ちゃんからしてみれば信じられないような野性味あふれる生活でも、それが当たり前の者にとってはなんの苦労も違和感もない生活なのだろう。


「あ! あの、紀更様!」


 紅雷は紀更の手を取ってぐいっと顔を近付けた。紅雷は紀更と話す時だけはしっかりと、紀更の目を見つめる。紀更以外と話す際は、話しているようで「会話」にはあまりなっていない。紅雷の目には紀更しか見えていないようだ。


「聞いてのとおり、あたし、あんまりお金はないんです! 流れでつい宿に泊まってしまっているんですけど、その、宿代は……少し待ってくれませんか。数日もらえれば、なんとか稼いできますから!」

「えっ、えっと」


 紀更は一行の経理担当でもある王黎の方へ顔を向けた。王黎はにこにこしながら紅雷に声をかける。


「大丈夫だよ、紅雷。宿代はなんと、王都の操言士団持ちだからね~」

「えっ! そうなんですか!?」

「うん。その代わり、紅雷は紀更の言従士としてしっかり紀更の言うことを聞いて、紀更の旅の手助けをするんだよ」

「さすが紀更様! ありがとうございます!」

「いえ、あの、払うのは私じゃなくて王都の操言士団だからね」


 見習い操言士である紀更の祈聖石巡礼の旅にかかる費用のほとんどは、王都の操言士団の懐から出ている。


(操言士団にとっては安くない出費だな)


 王黎がどう操言士団と交渉したのか、エリックは詳細を知らない。だが王黎に言いくるめられたであろう操言士団を哀れに思いつつも、自分の思うままに要求を呑ませる王黎の手腕には妙に感心してしまうのだった。




 朝日が昇り、壱の鐘が鳴る。

 港町ウダの宿を出た紀更たちは、徒歩でポーレンヌに向かった。これまで移動に使ってきた馬は、ゼルヴァイスの公共厩につないだままのためだ。できればポーレンヌで新たに馬を手に入れたいところである。


「紅雷は馬に乗れるの?」

「一応乗ることはできますけど、なーんか相性が悪いんですよねえ」

「相性が悪い?」

「うーん……なんか、馬に嫌がられて逃げられるんです」


 歩きながら紀更に問われて、紅雷は首を左右にかしげた。紀更はそもそも乗馬に詳しくないので、紅雷の意味するところがわからなかった。


「アルソーの村からは歩いてきたの?」

「そうです。馬に乗ろうとチャレンジしたこともあったんですけど」

「紅雷さんの馬の扱いが粗いのでは? 馬は繊細な生き物ですから」


 ルーカスが二人の話に参加する。すると王黎が楽しげに笑った。


「馬を手に入れてからの話だけど、最美がいない間、紀更はユルゲンくんと相乗りしてもらおうか」

「えっ」

「で、紅雷はルーカスくんと相乗りかな。せっかく調達した馬を、荒く扱って逃がされたくないしね」

「えっ」


 操言士と言従士で、同じ表情になる。理由はそれぞれ別だが、相乗り相手、または相乗り自体が本意でないといった表情だ。


(な、なんでユルゲンさんと……王黎師匠かエリックさんでいいじゃないですか……なんて、一人で乗れない身で文句は言えない。でもユルゲンさんとは……今は気まずい、と思う……いや、そう考えてるのは私だけかしら)

(あたし、一人でも一応乗れるんだけどなあ……ああでも、確かにあたしが乗ったんじゃ馬が嫌がって逃げるかもしれないし……いや、それならいっそミズイヌ型になれば……我ながら名案!)


 紅雷が納得いかないという表情から徐々に得心していく一方で、紀更は始海の塔での最後の夜のことを思い出していた。

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