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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第04話 古の操言士と水の犬

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7.遭逢(下)

 太陽が完全に水平線の下に潜る。西の空は赤々と染まり、風に流されて尾を引く雲を鮮やかに彩っている。その一方で東の空はすっかり夜色に染まりきっている。船が港町ウダに接近したのはそんな時刻だった。


「この船、どうやって止めればいいんですかね」

「それもだが、我々が降りたあとこの船はどうすればいのだ」


 ルーカスとエリックのそんな会話に、王黎が能天気な口調で参加する。


「勝手に塔に戻るんじゃないですかね~。気にしなくて大丈夫ですよ、きっと」


 船はゆっくりと港町ウダの埠頭に近付き、突堤(とってい)のひとつに停泊しようとしていた。

 張りのゆるくなったマストが風を受けているわけでも誰かが漕いでいるわけでもないのに、絶妙な速度で停泊位置まで動く船は、つくづく始海の塔の不思議な力を感じずにはいられない。

 結局、エリックたちの懸念は杞憂で終わり、船は無事に宵の港町ウダに自動で停泊した。


「おいおい。なんだぁ、どこの船だ、これ」

「今日到着予定の船なんてあったかぁ」


 謎の船の出現に、埠頭がにわかに活気づく。

 紀更たちはそれぞれの荷物を手に持ち、いつの間にか下ろされていた木片の上を伝って船を降りた。


「ああ~陸地だ~!」


 王黎が大きく伸びをする。その隣で、おそらく同じように地に降り立てた喜びを噛み締めているらしい最美が、妙に感慨深そうな表情をしていた。


「兄ちゃんたち、あんたらがこの船を動かしてたんかい?」

「ええ、まあ。あ、船は諸事情があってたぶんすぐに出港しますから気にしないでください」

「はあ? 着いてすぐに出港だあ? なんだいなんだい。ほかにもお仲間が乗ってるんか?」


 ゼルヴァイスの港を行き来していた船乗りたちと似たような雰囲気の、いかつい顔をした漁師や商人が、紀更たち一行の先頭に立つ王黎に詰め寄る。

 その視線をのらりくらりと交わしながら王黎は内陸へ――港町ウダの中心部へ歩みを進めた。


「うわっ……本当だ」


 一行の殿にいたルーカスは背後を振り返り、船がひとりでに沖へ動き出したのを見て驚きの声を上げた。


「王黎師匠の言うとおりになりましたね」

「ははっ。最後までほんと、不思議で便利な塔の力ですね」


 始海の塔が見せる超常現象にすっかり慣れきった紀更はくすくすと笑う。その隣でルーカスも力のない笑いを浮かべた。

 あまりにも早い出港にウダの住民がまだやいのやいの騒いでいたが、王黎は気にせず町の宿に向かい、宿泊できるかどうか交渉を始めた。

 これまでの六人に新たに紅雷を加えて七人という集団になったが、宿には十分な空きがあるようで、女性三名が一室、騎士二人が一室、王黎とユルゲンで一室と、お馴染みの部屋割りで宿泊できそうだった。


「あれ、紅雷さんはウダかポーレンヌに住んでいるところがあるのでは?」


 客室に向かう前に、ルーカスがふと気付いて紅雷に声をかける。すると紅雷は少し困ったように笑い、頭をかいた。


「一応……ポーレンヌ城下町に住まいというか、住み家というか」

「えっ、まさか野宿とかじゃないですよね!?」


 紅雷が穴倉で夜を過ごしている場面を想像した紀更が、慌てて確認をとる。


「違いますよぉ。大丈夫です、共同営舎に登録してるんです」

「共同営舎?」


 紀更は聞き慣れない単語の意味がわからず、首をかしげた。そこへ王黎の声が少し大きめに届く。


「紀更、あとで説明してあげる。まずは荷物を置いて、夕飯に行こう」

「あ、はいっ」


 紀更は船の中から持ってきた新品同様の革の鞄を持ち直して、最美、紅雷とともに客室に向かった。




 港町ウダは、王都ベラックスディーオから南国道を南下してたどり着くポーレンヌ城の、すぐ西にある小さめの都市部だ。その名のとおり海側一帯は港になっており、毎日船が出入りして、漁業だけでなく交易も盛んである。交易相手はもっぱらゼルヴァイスで、ゼルヴァイスの職人たちが作った製品はまずこの港町ウダに船で運ばれる。そしてウダから隣のポーレンヌや王都へ、あるいはさらに南にあるメリフォース城へ運搬されるのだ。

 港町ウダに宿泊する者は意外と少なく、夜は住民ぐらいしかいない。隣のポーレンヌの地へは半日とかからずたどり着くため、港を利用して商いをする商人などはポーレンヌ城下町を拠点としており、昼間のウダでの仕事を終えるとポーレンヌに戻るのが一般的だ。


 港町ウダの北にはレイト南街道が伸びており、そこを北上すれば水の村レイトにたどり着ける。レイトで収穫された農作物を買い取って生活しているため、港町ウダ自体で農業はほとんど行っていない。その代わり、サキトス湾で収穫された品をレイトに売りに出しているので、レイトとウダでは農産物と水産物の物々交換を行っているようなものだった。

 宿の一階に併設された食堂で夕飯をすませた七人は、宿の一階、受付の隣にある談話室に場所を移した。宿泊客は少ないようで、紀更たち以外の客の姿はない。


「さて、全員疲れていると思いますけど、ちょっとだけ頑張って話を聞いてくださいね」

「今後の進路のことだな」


 王黎が切り出し、エリックが続いた。


「それもありますが、まずは僕たちの無事を、ゼルヴァイス城のジャスパーさんにお知らせしたいんです」

「そうですね。それに、ヒルダや船乗りさんたちも心配ですし」


 嵐を超えて無事に始海の塔へたどり着けた紀更たちだったが、ニジドリになった最美が捜索に出向いても、ヒルダたちを乗せたジャンク船の安否はわからなかった。こちらはあちらの状況がわからないし、あちらもこちらの現状を知る由もない。


「手紙を書いて、最美に配達してもらおうと思います」

「配達って、ゼルヴァイスまでは結構距離がありますけど大丈夫なんですか」


 王黎の提案を聞いて、ルーカスは心配そうに最美の方を見やった。

 港町ウダから西のゼルヴァイス城まで、陸路を馬で飛ばしても四日か五日はかかる。その距離を女性一人に行かせるというのは心配だった。


「最美、ニジドリ型で飛べば二日はかからないよね?」

「休みなく飛んで、うまく気流に乗ることができれば一日で行けますわ」

「一日!?」


 最美の返答に、紀更は驚きの声を上げた。


「メヒュラがとる動物型は、普通の動物よりも能力が高いんだよ。紅雷だって、普通の犬にはできないほど水中で動けるだろう?」

「紀更様、あたし、しっかりと水かきがありますよ!」


 船の中と同じように、紀更の隣に座ってぺったりと紀更にくっついていた紅雷は、しゅぽん、という音とともにミズイヌ型へと姿を変えた。毛皮に覆われた右の前脚を紀更の膝に乗せ、指先を開いて見せる。紀更がその足に視線を落とすと、確かに毛皮の下の指と指の間に立派な水かきがはっきりと見て取れた。普通の犬ならば、そんな立派な水かきはないだろう。


「紅雷、ありがとう。人型に戻ってね」


 紀更は紅雷の頭をひとなでした。紅雷は再び人型に戻り、嬉しそうに紀更の腕に頬ずりをする。誰よりもテンションが高くなりがちだが、ある程度構ってやれば、紅雷は紀更の隣で落ち着いていてくれた。


「最美ならジャスパーさんに手紙を届けて、なおかつ人型で操言支部に行くこともできます。ヒルダたちが無事かどうか、確認してもらいましょう」

「なるほど」


 エリックは顎に手を当てて納得した。

 最美に配達を頼めば、ただ手紙を送るよりも早く、そしてより詳細にゼルヴァイスと情報交換ができるというわけだ。


「ジャスパーさんには無事に始海の塔へ行けたこと、現在港町ウダにいること、そしてこのまま旅を続ける旨を伝えます。エリックさん、それでよろしいですか」

「ああ、城主にはそれで十分だろう」

「それから紀更」

「はい」

「キミも書いた方がいいんじゃないかな」

「っ……そうだ、カタリーナさんに」

――何かをきっと……カタリーナさんに持って帰ってきます。


 ゼルヴァイスの港を出発する際に、紀更はカタリーナにそう約束した。フォスニア王子の従者であるという、操言士和真。彼に関する情報を始海の塔で得て、カタリーナに教えると。


「紀更から直接教えてあげないと、彼女、納得しなさそうだからね。手紙、書いてあげてね?」

「はい!」


 紀更は大きな声で返事をした。出発前にした約束を果たせることが嬉しくて、船旅の疲れが吹き飛ぶようだ。何をどう書こうか、早くも頭の中に文面が浮かび始める。


「ゼルヴァイス城への連絡は最美に任せるとして、王都の操言士団にも手紙を出しておきましょう。紀更の言従士が見つかったことや、始海の塔という場所に行ったこととそこでの出来事を報告した方がいいですからね」


「そうだな。我々騎士団としても、始海の塔で見聞きしたことは黙ってはおけない。だが王黎殿、塔を目指したことはすでにゼルヴァイスから王都へ連絡がいっているのでは?」


 エリックは腕を組み、険しい表情になった。

 王黎は少しためらったが、やんわりとエリックを否定した。


「それはないと思います。僕の予想ですが、ジャスパーさんも弥生ちゃんも……あ、ゼルヴァイス操言支部の支部長さんなんですけど、二人とも、たぶん王都には何も連絡をしていないはずです」

「それは……つまり紀更殿の始海の塔への旅路について王都の許可は出ていない、ということか」

「そうです」

「それ、非常にまずいのでは?」


 状況を把握したルーカスの表情がぎこちなく固まり、エリックは険しい表情のまま目を閉じた。ゼルヴァイス城の城主が船の用意などを買って出てくれたので、すっかり安心しきっていた。まさか「特別な操言士」の一行が始海の塔へ赴いたことを王都が認知していないとは。

 紀更ははっきりと意識はしていないだろうが、「特別な操言士」は王都の操言士団の監視下にあるのが大前提のはずだ。一時とはいえ、王都の操言士団の認知しないエリアへ「特別な操言士」を連れ出してしまったという事実に、エリックは深いため息をついた。


「操言士団への報告は任せる。だが騎士団への報告はわたしが行う」

「ええ、どうぞお願いします」


 エリックが少し語気を強めると、王黎は微笑を浮かべた。


「ここから王都は近いので、一日あれば、騎士団と操言士団の本部にそれぞれ届けられるはずです。すぐにでもここの配達屋に出してしまいましょう。それからこの先の旅程についてですが、明日は港町ウダの祈聖石巡りをして、もう一泊ここに泊まりたいと思います。明後日の朝にポーレンヌへ移動し、ポーレンヌ城下町で祈聖石巡りをしつつ、王都からの返信を待ちます」

「王都から返信があるのでしょうか」


 王黎の意図が読めない紀更が、不思議そうに尋ねる。一方、ずっと黙っていたユルゲンの方眉がぴくりと動いた。


「始海の塔で見聞きしたことを王都に伝えれば、何かしら騒ぎになることは明確だからね」

「フォスニアの王様が殺された、って話か」

「うん、そのとおり」


 ユルゲンの的確な着眼点に、王黎は頷いた。


「オリジーアは他国と関わりを持っていないから、平時の今は他国の王の生死を気にするような状況じゃない。でも一国の王が()()()()と聞けば、さすがに他国を知らんふりのオリジーアも何か考えるだろうからね」


 オリジーアという国を主語にして話す王黎自身も、オリジーアの国民の一人である。しかし王黎の口ぶりは、どこか他人事だった。


「そうでなくても始海の塔なんていう非常に不可思議な場所へ行ったとなれば、間違いなく呼び出されると思うよ、操言士団本部にね」

「呼び出されるって……王黎師匠、それって」


 紀更の表情が曇る。言葉は続けなかったが、旅を終えて王都に戻らなければならないという未来が近いことをひしひしと感じた。


「本当はもうしばらく好き勝手したいところだけど、さすがに始海の塔について黙っていることはできないからね。塔のことで操言士団がどう動くか、まあ、ポーレンヌで反応を待とう。いいね、紀更」


 王黎はそう締めくくると、あらかじめ宿の主人から借りておいた紙とペンを取り出し、エリックと紀更に渡した。

 操言士団に呼び出される、という王黎の言葉が紀更は気になったが、カタリーナとの約束を果たすことも大事なので、頭の中で文章を考えながら手紙を書き始める。そして王黎も同じくジャスパーと、王都の操言士団に向けて手紙を書いた。

 その間、ルーカスとユルゲンは軽く体を動かしに、そろって宿の外へ出た。言従士の二人はそれぞれの主人が手紙を書き終わるのを、おとなしく待つことにする。


「最美、今日はしっかり寝てね。明日、太陽が昇り次第、ゼルヴァイス城までよろしく」

「畏まりました」


 紀更が書いた手紙と王黎が書いた手紙を受け取った最美は、深々と王黎に頭を下げた。

 王黎から操言士団への手紙と、エリックから騎士団への手紙は、宿の主人に預けて朝一で配達屋に渡してもらうことにする。

 こうして波乱万丈に満ちた船旅は終わり、ようやく各々は眠りにつくのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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