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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第04話 古の操言士と水の犬

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3.怪魔の謎(下)

 それから陽が沈むまで、王黎による紀更への指導は続いた。

 休憩の際に最美が塔の中から持ってきてくれるサンドイッチや果実水で体力を回復して、紀更はほぼ一日中、操言の力を使い続けた。連続で、素早く、何度も、何度も。そして巧くできないと、すぐに王黎からの叱責が飛んだ。これまでで一番のスパルタ指導の時間だった。

 そんな師弟の横ではエリックとルーカス、そしてユルゲンが剣を振るい、せっかくなので一対一で実戦形式の訓練めいたものも行っていた。

 見習い騎士の頃から剣術の型を学んだ騎士と、たたき上げで戦闘経験をこなしてきた傭兵とでは、戦い方の根本が異なる。それが互いに刺激になるようで、紀更たち同様、男たちもいい修練の時間になった。


 怪魔が出るかもしれない、と誰もが思ったのだが、塔の不思議な力の影響なのかそれともこのあたりは怪魔が出現しない地域なのか、一匹の怪魔も出現することなく時間は過ぎていく。そうしてあたりが暗くなったところで一同は塔に戻った。昨夜と同じように不思議な力のはたらく浴室で汗を流し、塔の用意したラフな部屋着に着替え、今朝と同じように一階の絨毯の上の丸テーブルで夕食をとる。その間、クォンもラルーカも一度も姿を見せなかった。


「ラルーカさんは船の準備と言っていましたけど、始海の塔が船を準備するんでしょうか」


 夕食後の一休みの時間に、紀更は首をかしげた。


「この塔にできないことはなさそうだからねえ。たぶん、そうなんじゃない?」


 王黎は温かい茶を味わいながら、のんびりと答える。


「おい王黎、お前の操言の力であの風呂場を再現できないか。ありゃいたく便利だ」


 ユルゲンがそう尋ねると、王黎は右手をぶんぶんと横に振った。


「ムリムリ、無理だね。うん無理、カタツムリ。ゼルヴァイスにいる職人操言士が百人集まったって、あんなのできないよ。そもそも空間がおかしいでしょ。どう考えたって人間に真似できることじゃないね、ムリムリ」


 塔の壁にある扉。普通に考えればその扉の向こうは外の草地のはずなのに、ソファの空間やその先に浴場の空間が広がっている。

 いや、それだけではない。そもそも、空をも貫くほどの塔の高さといい、支えのない二重螺旋階段といい、始海の塔の中は人の頭が理解できる物理法則を明らかに超えている。さすが、神様を超えた神様によって造られた塔と言うべきか。確かにあの風呂場はとても便利だが、再現を望まれたところで人間にはとても無理な芸当だ。


「まあ、そうだよな」


 ユルゲンはさして期待していたわけでもないようで、あからさまにがっかりした表情にはならず、むしろ納得したように息を吐いた。


「クォンさんとラルーカさん、あれから一度も見かけませんね」

「そうだな」


 ルーカスが塔の中をきょろきょろと見渡し、エリックも同じように視線を周囲にめぐらす。だが塔の中に紀更たち六人以外の姿は見当たらない。


「今夜も部屋は自由に使っていいんだろうな」

「いいんじゃない? 来客用の部屋はいっぱいあるって言ってたし、たぶんこの塔に空間の際限はないだろうしね」

「んじゃ、俺は先に休ませてもらう」


 ユルゲンはそう言って立ち上がると、今朝下りてきた方の階段を上っていった。


「最美も疲れただろう。ゆっくり寝ていいよ」

「ありがとうございます、我が君。そうさせていただきますわ」


 王黎にうながされて最美も席を立つ。最美はユルゲンが上った階段ではなく、今朝紀更が下りてきた方の階段へ向かった。


「紀更も休んだら? 今日は頭も身体もたくさん使ったしね」

「そうですね、へとへとです」

「うんうん、おやすみ」


 頭はともかく、身体をたくさん使わせたのはどこのスパルタ師匠だろうか。

 紀更は少しばかり王黎に反抗したかったがその気力はないので、よたよたと歩いて最美を追うようにして階段を上った。


「それにしても」


 丸テーブルに残された王黎は、独り言のように呟く。


「知りたいことを教えてもらえたというより、いろいろと疑問が増えましたね」

「そうだな」


 王黎は明るく笑ってみせるが、相槌を打ったエリックは笑わない。難しい表情で、王黎に視線を送った。


「紀更殿を()()()()この塔を訪れ、情報を得る……それはあなたの狙いだろう?」

「隠しても意味がないから言いますけど、まあ、半分くらいはそうですね」


 エリックの咎めるような言い方を、王黎は軽く受け流した。


「ゼルヴァイス騎士団さんは厳しいからなあ。何か言われましたか」


 王黎のおちょくるような言い方に乗せられてぼろを出さないように、エリックもルーカスも口を閉ざした。


「言っておきますけど、嵐も紀更が海に落ちたことも、僕の望みではないですよ? 予想もしていませんでしたし、僕がそうなるように仕向けたわけでもありません」

「故意だったならこうしてのんきに夕食などとっていない。即刻あなたの身柄を拘束している」

「うん、いいですねえ。そうしてください。特別な操言士――紀更は、きっととても重要な存在です。オリジーアにとって、あるいはこの世界にとって、絶対に守らないといけないですからね」

「王黎殿、ここ二週間、自分たちの見てきたあなたは優秀な操言士です。紀更殿を指導する姿は師匠そのものです。そこに偽りなどないはず……。何かあるのなら、正直に話してください。でないと騎士団は――」


 ルーカスが濁したその先の言葉を、王黎はあっさりと言った。


「――僕を疑い続けますか? 〝裏切りの操言士〟かもしれない、と」


 三人の間に重い沈黙が流れる。お互いの距離を測るような、思惑を推察するような、あるいは相手の誘導をかわす方法を考えるような、そんな駆け引きの空気だ。


「嫌ですねえ。王都を離れても、王都の中で感じる様々な計略の匂いがするのは」

「自分で蒔いた種だろう。王黎殿、あなたはいったい、何を企んでいる? ()()()()()()()()疑われるほど、あなたの動きは妙に思われているようだ」

「そう訊かれて素直に答えるほど、僕はお人好しじゃないですよ。わかっているでしょ、エリックさん」


 王黎はくすくすと楽しそうに笑った。


「僕は意外と見たまんまですよ? 操言士に関わることをすべて知りたいし暴きたい。何もかも、全部を理解しておきたい。そのために必要なことは、たとえ遠回りになってもやり遂げる。今までもそうしてきたし、これからもそうです。自分の中のその欲望に忠実なだけですよ。まあ、王都にいる一部の方からすれば僕の行動は理解不能で、いろいろ勘繰ってしまうんでしょうね。あまつさえ、騎士団に僕の監視を依頼ですか。まあ、エリックさんたちが良い方々なので、僕は気にしてませんけど」

「王黎殿、あなたは自分の目的のために紀更殿を利用するのか」

「それは少し悪意を含みすぎですよ、エリックさん。紀更が……〝特別な操言士〟である彼女が、何か鍵となっている。だから気になる、というのは否定しません。ですが彼女の純真な人格を傷つけたいわけではありません。彼女が背負わされた〝特別〟。その正体を知りたいんです。その思いは紀更自身と一緒ですよ。だから、僕が紀更の敵に回ることはありません。そこだけは信用していただいていいですよ。ま、難しいですかね」


 無言のエリックとルーカスに向かって、王黎は肩をすくめた。


「紀更が成長して見つめるその先に、僕の欲しいものがあるんです。きっと」


 マイペースでひょうひょうとした表の姿の裏で、何かを物憂げに考える王黎。そのグレーの瞳は、螺旋を描く塔の階段を静かに見上げていた。



     ◆◇◆◇◆



 塔の内壁に寄り添う二重螺旋階段のひとつを上る。柱による支えがないのに階段が崩壊する気配はなく、ふたつの階段が交差するはずの部分もなぜか片方が自然と少しだけ内側に寄って、問題なく階段は交わっている。つくづく不思議な建物だと思う。

 黒い手すりの階段をしばらく上ると、小さな踊り場に到達した。踊り場の横、塔の壁には扉がある。今朝そこから出てきたことをはっきりと憶えていたわけではないが、なぜだかそこが自分用の客室だと確信が持てて、紀更は扉を開けた。


 広いとは言えない小ぢんまりした客室の天井には、幾何学模様を描く細い木の梁。家具は寝台と、木製の鏡付きドレッサーだけ。まぎれもなく、今朝目が覚めた部屋だった。寝台のシーツは新品のものに交換されたようで、皺ひとつなく整えられている。そして木製のドレッサーには、寝間着と思しき白い長袖のワンピースが用意されていた。

 紀更はありがたくそのワンピースに着替え、ゆるく結んでいたおさげをほどく。寝台に腰掛けて上半身を横たわらせれば、皺ひとつなかったシーツが沈んでひずみができた。


(眠れる気がしない……いろんな話、聞いたからかなあ)


 身体は疲れているのだが、眠気らしい眠気はまだ感じない。休む気配のない頭の中で、今朝のクォンとラルーカとの会話が思い起こされる。

 生物が作る肉の器、つまり「身体」には「魂」が入っている。その魂を作ったのは闇の神様ヤオディミスで、身体に入れたのは光の神様カオディリヒスで、それはすべての生物に当てはまる理だという。そして人間という生物だけは魂がとても大きく、魂を身体にとどめておく役割を持った「心」が生まれた。だから人間は牛や魚と違って社会を作り、国を作る。


 そして怪魔は、その生物の理から外れた存在で、「身体」は持っていないが「魂」は持っていると考えられる。操言の力がその「魂」に干渉できるので、怪魔を退治するためには操言士が必要になるのだと。

 さらに、フォスニアを建国した初代女王ザンドラは初代操言士の娘で、ザンドラ自身も操言士だった。しかしザンドラは、光の神様カオディリヒスから力を授かって操言士になった初代操言士と違って、闇の神様ヤオディミスから力を授かり、操言士になったという。


(そして、ザンドラ女王の子孫のクォンさんとラルーカさん……)


 魂と心だけの存在である二人は、この塔の中に閉じ込められている。二人が生きていたのは、二百年以上前のことだ。


(二百年もずっと、この塔の中にいるなんて)


 会話ができるから、二人には自我意識というものが残っているのだろう。つまり二人は、意識を保ったまま二百年という長い時間を過ごしてきたわけだ。

 それはどんな気持ちだろう。どんな心地だろう。死んだあとに魂と心だけの存在になり、その状態で二百年という時間を過ごす。それこそ、怪魔と同じように生物の理を外れてしまっているのではないだろうか。


(苦しくなったり虚無感に襲われたりしないのかしら)


 二人でいるから、そんな感情を抱かずにいられただろうか。


(でも、どうして二人は閉じ込められているの)


 今朝は情報過多のため浮かんでこなかった疑問が、ふいに浮かんでくる。

 なぜあの二人は、死後にこの塔へ閉じ込められたのだろう。なぜ数多くいる人間の中で、クォンとラルーカだけがそうなったのだろう。閉じ込められた、ということは、二人は自ら望んでこの塔にいるわけではないのだろうか。なぜ二百年という長い時間を、二人は魂のまま過ごさなければならなかったのだろう。それはいつまで続くのだろう。


「誰かに……神様よりもすごい神様に、そうさせられた?」


 声に出せば、よりいっそう疑問ははっきりしてくる。


「ほかにも……そうだ、フォスニアの殺された王様……エンリケ王は、塔の存在を知っていたの?」


 自分の身にもしものことがあれば、周りを顧みず、迷わず塔を目指せ――。息子である優大にそう言いつけていたというフォスニア王は、間違いなくこの塔の存在を知っていたのだろう。

 ザンドラの血筋の者なら、この塔の存在を知っているのだろうか。それなら、クォンとラルーカも、生前からこの塔の存在を知っていたのだろうか。


「でもどうしてエンリケ王は、優大王子に塔へ行けなんて……それに、もしものことがあればなんて、まるで……」


 自分の身に何かが起きる。たとえば、殺されるとか。それを予感、あるいは予見していたようだ。予想できていたからこそ、万が一の場合に備えて、この塔の存在を息子に伝えていたと考えられる。


「優大王子はこの塔に来て何があったの? どうしてこの塔に来なきゃいけなかったの……クォンさんとラルーカさんと、何を話したの」


 自分の父が殺された直後に始海の塔を目指した優大と、その従者である操言士和真。ここへ来た二人は、なぜ「特別な操言士」にも、ここへ来てほしかったのだろう。なんのために?

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