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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第04話 古の操言士と水の犬

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2.問答(下)

 要領を得ない紀更の質問だったが、ラルーカは紀更の求めている答えが想像できたようで淡々と答えた。


「フォスニアの王子は、彼を和真と呼んでいました」

「和真さん……」

「それとその操言士は、言従士を従えているようには見受けられませんでした」


 ラルーカのその答えに、紀更は安心した。

 カタリーナはもしかしたら言従士かもしれない。そしてカタリーナの操言士はジャスパーに手紙を託した人物、和真という名のその操言士かもしれない。それらは憶測にすぎないが、和真に言従士がいないのなら、カタリーナが和真の言従士であるという可能性はゼロではない。


「よかった……ありがとうございます、ラルーカさん」


 何か情報を持って帰るという、カタリーナとの約束。それを反故にせずにすみそうだ。

 紀更が胸をなでおろして小さな微笑を浮かべていると、ふいにラルーカが言った。


「操言士ザンドラの夫は、ザンドラの言従士だったと伝わっています」

「えっ!?」

「操言士と言従士は、二人にしかわからない絆を持っています。異性同士なら夫婦になることは珍しいことではありません」

「そ、え、そうなんですかっ」


 紀更はラルーカにではなく、王黎を見上げて尋ねた。


「操言士と言従士が同性の場合もあるし、異性であっても夫婦にならない場合もあるから一概には言えないけど、確かに珍しいことじゃないよ。あまりにも年齢が離れている場合だと、保護者と子供って感じの操言士と言従士もいるね。兄弟みたいな関係、友人みたいな関係……千差万別、いろんな形があるよ」


 紀更は沈黙した。

 異性同士の操言士と言従士。その条件に当てはまる組み合わせで紀更が知っているのは、王黎と最美だけだ。確かに二人の間には、第三者にはわからない絆があるように思う。交わす言葉が少なくても二人は意思疎通ができているようだし、王黎は最美を、最美は王黎を、それぞれ深く信頼しているように見える。だがその関係が夫婦にもなると言われると、こそばゆい感覚を覚えた。


「初代操言士にも言従士がいたんですかね? さしずめ、初代言従士というか」


 ルーカスが気になったことを口にすると、ラルーカは目を伏せた。


「初代操言士のことはわかりません。初代言従士と呼べる人物がいたのかどうか、私たちが答えられることはありません」

「じゃから、初代操言士のことについてはおみゃーさんたち、オリジーアの方が詳しいのが筋じゃろぅて。のう、そこの操言士よ」


 クォンが苦笑しながら、フードで隠した顔を王黎の方に向ける。

 すると王黎も苦笑した。


「そうですね。普通の国民が知る機会がないだけで、実はオリジーア王家や王家に近しい人たちなら初代操言士のことを詳しく知っているかもしれません」


「王黎師匠はご存じないのですか」


 紀更が問うと、王黎は曖昧に笑った。


「少なくとも、操言院で詳しく習いはしなかったなあ。『初代操言士は光の神様カオディリヒスから初代王とともに力を授かった一人』……それぐらいだね。言従士がいたかどうかも知らないよ」

「あの……」


 王黎の返答でふと疑問が湧いて出た紀更は、クォンとラルーカに尋ねた。


「クォンさんとラルーカさんは、言従士がいたのでしょうか」

「いません」

「ほぉ、ほぉ。儂にはいたとも。そう、いたとも……。気の強い男でなあ……まあ、言い争いが絶えんかったわ」


 ラルーカは手短に乾いた声で返事をしたが、クォンの声のトーンは明らかに上がり、朗らかさが滲み出ていた。きっと言従士と過ごした日々は、大事な思い出なのだろう。


「質問は以上ですか」

「あ、いえ! あの、まだ」


 ラルーカに話を打ち切られないように、紀更は声を上げた。


「すみません、まだ……。フォスニアには怪魔と呼ばれる存在はいますか」

「います。怪魔カルーテ、スミエル、クフヴェなどと呼んでいます」

「同じ……オリジーアも同じです。あの、怪魔はなぜ人を襲うのでしょう。怪魔は普通の生物とは違う……なぜなのでしょう。何が違うのでしょうか」


 紀更はラルーカに問いかけつつ、ふとあることに気が付いた。


「魂……肉の器……そういうものが関係しているのでしょうか」


 フォスニアは魂と身体、そして心という機能について、オリジーアにはない知識を持っているようだった。怪魔という存在について、それらの知識で何か解き明かしていることがあるのではないだろうか。


「怪魔は大陸中に出現する、普通の獣とは違う存在のことじゃな? 老いることも病むこともなければ、子を成すことも成長することもない。どこからともなく湧いて出て、昼を嫌って夜を好む性質がある。そして、強大な怪魔ほど物理攻撃では斃せず、怪魔を殲滅するのに操言の力、つまり操言士が必要となる……じゃろ?」

「完璧ですね。まるで塔の外で実際に怪魔と遭遇したことがあるようだ」


 ひけらかすように怪魔の特徴を述べるクォンに、王黎は満足げに頷いた。


「怪魔がこの大陸に現れたのは百年以上前で、時期的には私たちが死んだあとです。私もクォンも、怪魔を実際に見たことはありません」


 ラルーカの返事を聞いて紀更は肩を落とした。

 死後、ずっとこの塔に閉じ込められているというクォンとラルーカ。怪魔を見たことのない彼らでは、怪魔について知っていることはないだろう。


「でもお二人は、なんらかの手段によって怪魔について知ることができるようですね。怪魔の特徴だけでなく、種類ごとの呼び名も知っているようだ。この塔から出られないのに、どうやってお知りになったんですか」


 諦めかけた紀更の隣で、王黎は矛盾を見逃さなかった。紀更と同様に、怪魔について何か少しでも情報を得たい気持ちから、二人を追及する。


(そうだわ……自分が死んだあとに生まれた怪魔について、二人とも基本的なことはわかっているみたいだわ)


 目を見開いた紀更は、落胆しかけた気持ちを浮上させて二人の回答を待った。


「この始海の塔は、遥か昔、光の神様カオディリヒスと闇の神様ヤオディミスがこの世界を創る前から存在しています。それがどういうことか、わかりますか」


 ラルーカは質問に質問で返した。

 怪魔から塔へと話題をそらされてしまい、紀更は首をかしげる。

 そんなラルーカに答えたのは、ユルゲンだった。


「この塔を建てた奴は、二神よりも優れた存在ってことか」

「え……えっ?」


 紀更は驚き、そしてゆっくりと考えた。

 この世界を創ったのはカオディリヒスとヤオディミスという二神。しかし始海の塔は、この世界が創られる前から存在している。


「この塔は、カオディリヒスとヤオディミスが造ったものじゃない?」

「そうです。二神が創る世界に、創世以前から塔を造ることのできる者。それは二神を超越した存在です」

「神様よりもすごい神様、ということでしょうか」


 稚拙な表現しかできない自分の語彙力を、紀更は情けなく思った。だがそうとしか表現できなかった。そして同時に、神様よりもすごい神様なら、あの浴室や柱のない二重螺旋階段の建築も、突然現れたドレッサーや食事などの摩訶不思議な仕掛けも、いとも簡単に可能にしてしまう気がした。


「神様が一番すごい存在だと思っていました」

「神様の中にも序列があるのかもしれません。あるいは」


 ラルーカは別の言葉を告げようとしたが、おもむろに自分の喉元に指先を当てて沈黙した。


「ラルーカさん?」

「なんでもありません」

「つまり、お二人は塔の外に出られずともどうやらその二神を超越した存在……まあ、塔の主とでも言いましょうか、その存在からある程度、塔の外の情報を共有されている。だから怪魔についても知っている……そういうことでしょうかね」

「うむ、そういうことじゃな」


 王黎がまとめると、クォンは肯定した。


「厄介な存在じゃな、怪魔というのは。その怪魔から都市部や主要な道を守るために操言士たちが作り出した祈聖石は、陽の光を十分に浴びた石に操言士が祈りを込めた守りの要。ほぉ、ほぉ。ほんに人々の生活は、操言士なくしては成り立たんのぅ」

「あの、フォスニアにも祈聖石があるんですか」


 紀更が尋ねると、ラルーカは頷いた。


「私たちはこの塔から故郷を見るだけです。実物にふれたことはありませんが、怪魔から都市部を守る祈聖石というその特殊な道具はフォスニアにも存在しています。そして見ているだけですが、多少、怪魔について知り得たこともあります」

「そ、それはなんですかっ!?」


 紀更はテーブルに乗り出しそうな勢いで尋ねた。怪魔について答えらしい答えが得られそうな気がして、思わず興奮する。


「すべてではありません。それに、確実に断言できることでもありません」

「構いません! 教えてください、なんでも……小さなことでもいいので!」


 気がはやる紀更の隣で、王黎も真剣な表情になる。ラルーカの答えを一言も聞き逃すまいと、聴覚を研ぎ澄ませているようだ。

 ラルーカは深呼吸をしてから口を開いた。

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