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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第03話 海の操言士と不思議な塔

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7.海上戦(中)

 魚にしては大きすぎる巨大な口の中には、サメを思わせるような鋭く数の多い牙が並んでいる。その牙は人々の頭を噛み千切ろうと、上空から襲い掛かってきた。


【ふたつの加護を付与、四人の剣の同胞たちに。愚鈍の悪を切断し、無音の(たま)を殲滅】


 ヒルダは自分の口から発する言葉と、そこに結び付くイメージに集中する。

 海の中から飛び出して緑の光の壁にふれたスミエルの身体は飛び出してきた勢いを失い、まるで鳥の羽がふわりふわりと地面に落ちてくるように、動きがのろくなった。


「はっ!」


 非常にゆっくりとした一定の速度で船内めがけて落ちてくるスミエルの身体を、騎士たちが長剣で易々と両断する。その剣はヒルダの付与した操言の加護に包まれて淡く光っていた。スミエルの身体は、その光にふれた切断面から塵と化して、次々に霧散していく。


【ひとつの誘惑を散布、陣の外に巣食う悪魚たちに。愚かに向かい来て、(くつろ)かに消滅】

「一気に来るぞ! 一匹も逃すな!」


 リーダー格の騎士が叫んだ。

 海中から飛び上がってこちらに襲い掛かるスミエルの数が途端に増える。それは果断なく水しぶきを舞い上げて現れ、しかしヒルダの操言の力でのろくなり、騎士たちによって片っ端加から斃された。


【三つの陣の維持、それはまだ終わりを知らず、保たれり】


 怪魔スミエルは一匹、また一匹と飛んできては斬られて消えていく。

 船を覆う緑の光が消えそうになるたび、あるいは騎士の長剣がスミエルの身体を両断できなくなるたび、ヒルダはそれらの穴を瞬時に見つけて言葉を紡いだ。操言の力による加護を、たった一人で絶やさずに維持したのだ。


(すごい……)


 陸上に出現するカルーテの群れよりも、怪魔スミエルの数は多かった。どうやらカルーテが少数で回数多く出現するタイプである一方、スミエルは多数が一度に出現するタイプのようだ。

 スミエルの攻撃手段はカルーテと同じく己の牙だけで、クフヴェやキヴィネのように遠隔攻撃をしてこないので、こうして待ち構えて迎撃する戦法でほぼ方が付く。しかし、紀更の目を引いたのは怪魔スミエルではなく、ヒルダの落ち着きぶりだった。

 怪魔の動きをにぶくする効果を最初に施し、それから騎士たちの長剣に、怪魔に太刀打ちできる加護を与える。さらに、おそらく操言の力で、船の周囲にいる怪魔をわざと引き寄せた。戦闘時間は長くなるが、一度の戦闘で周囲の怪魔を全滅させる狙いがあるのだろう。一度に多数出現するスミエルの特性を、あえて利用しているのかもしれない。


(戦術……どうやって勝つか、そのためにどうするかが、はっきりしている)


 素早く効果を広めるために、臆することなく戦闘の中心に立つこと。戦闘が続く中で、周囲に施した自分の操言の加護が途切れていないか目配せする細やかさ。そのすべてが、怪魔スミエルとの戦闘のためにある。


「明らかに戦闘慣れしているよね」


 紀更が無言で感心している横で、王黎はヒルダを褒めた。

 しばらく戦闘は続いたが、やがて襲い掛かってくるスミエルの姿はなくなり、やぐらにいた見張りも両腕を頭上にかかげて丸を作った。

 騎士たちは長剣を鞘に納めつつ、念のためにと舷側板から身を乗り出して、海の中にスミエルの影が見えないか目を凝らす。そして怪魔の気配がないことを確認すると、騎士たちは互いをねぎらい、船内へ下りていった。


「紀更、船酔いは平気?」

「え、あ……はい」


 王黎に問われて、紀更は頭の中がぐわんぐわんと揺れる感覚を忘れていたことに気が付いた。船酔いがなくなったわけではないのだが、操言士ヒルダが見せた対怪魔戦の鮮やかさに圧倒されて、思わず条件反射で頷いてしまう。


「紀更ちゃん、けがとかしてない? 船内にいてもいいんだよ?」


 戦闘を終えて紀更に近寄ったヒルダは身をかがめ、紀更を心配そうにのぞき込んだ。女子会の夜はだいぶ酔っていたヒルダだったが、紀更と仲良くしたいと言ったことは憶えているらしく、親しくちゃん付けで呼ぶ。


「ヒルダ、は……すごいね」


 さん付けで呼びそうになって、紀更は一度呼吸を整えた。ぎこちなく名前で呼べば、ヒルダは気恥ずかしそうに頬を少し赤くする。


「そうでもないよ。スミエルとは毎日戦っているから」

「毎日!?」

「うん。操言士としての私の仕事は、海に出る船に乗って、水辺に出る怪魔スミエルから船と乗組員を守ることなんだ」


 ヒルダの眉はへにゃりと垂れていたが、誇らしげなその笑顔はとても眩しかった。


「自分でその仕事を選んだの?」


 紀更はヒルダを見上げた。ヒルダは甲板に膝を突き、紀更と同じ目線までしゃがむ。


「あたしね、王都の操言院に行くまで、毎日海を見てた。船乗りの父が無事に戻ってくるか、いつも心配だった。父が亡くなってからも、自分と同じように、海に出た家族のことを心配してる友達や街の人たちを、毎日たくさん見てた。陸に残っているあたしたちが心配するのは海が危険だからなのもあるけど、海にも怪魔が出るからなの」


 紀更はヒルダの語りを静かに聞いた。


「それで、操言院で学んでる間にずっと考えてた。操言士として、あたしができることってなんだろうって。ゼルヴァイスに戻って、あたしが操言士としてすべきこと……したいことって、何かなって。それで考えた結果、船や船に乗る人を怪魔から守る操言士になろう、って思ったんだ。操言士の母と同じようにね」

「怖くは……なかったの」


 強さで言えば、スミエルはカルーテと同じくらいだろう。数はとても多いが、クフヴェやキヴィネほど図体が大きくもないし、攻撃力も高くない。

 それでも、怪魔は怪魔だ。人々の命を簡単に奪うことのできる「敵」だ。しかも、スミエルと戦う場所は船の上。戦いの最中に海へ投げ出されてしまったり、船が波をかぶって沈んでしまったりすることもあるかもしれない。事実、ヒルダの母は塔を目指したヒルダの父と共に船に乗っていたが、怪魔と戦い続けて殉職したという。


「うーん……怖かったよ。母も怪魔と戦い続けて海の上で死んでしまったし、今だって怪魔と戦うのは怖い。でもね、怪魔がいなくても海は怖いところ。嵐に遭って、帰ってこられなかった船だってある。だけど怪魔なら、嵐と違って操言士のあたしが立ち向かうことができるし、怖いなら怖いなりにしっかり怪魔を観察して、絶対負けないようにしようって思って。そのためにはどうしたらいいか考えて、毎日工夫して言葉を編み出して操言の力を使うのが、楽しくもあるんだ」

(工夫して、言葉を編み出す……)

「あたしなんかまだまだだけどね! 守護部の先輩操言士はもっと早くスミエルを斃せるし、スミエル以外の怪魔とも戦えるし。あたしは、スミエル以外の怪魔とはまだそれほど戦っていないから、もっともっと精進しなくちゃ」


 ヒルダは少ししょげた表情になった。

 戦闘時のヒルダはキリッとした顔付きだったが非戦闘時はむしろその反対で、やや頼りない印象がある。女子会の夜の、少量のアルコールで酔った姿からは自分と同じ、まだ誰かに世話を焼かれ、守られる側のように紀更は感じていた。


(違う……ヒルダはちゃんとした、一人前の操言士だ)

「紀更ちゃん、船酔いがつらいなら横になってみてね。その方が楽って人もいるから。無理はしたらだめだよ」


 ヒルダはそうアドバイスをすると、船内に下りていった。

 紀更は、先ほどまでヒルダが立って怪魔と戦っていた甲板の床板をぼんやりと見つめた。


(ちゃんと考えて、操言院で過ごしていたんだ)


 紀更が操言院にいたこの一年間。「特別な待遇なんて頼んだわけじゃない」と、鬱屈した気持ちを溜めながら紀更が過ごしていたその時間を、同い年のヒルダは操言士になって何をしたいか考えて過ごしていた。そして、自分なりの答えを出して修了試験に合格し、故郷に戻って人々のために働いている。

 操言の力で自分がすべきこと、できること、したいこと。それを実現するためにどんな言葉が必要か、日々考えながら生きている。皐月のような職人操言士ではないが、自分とゼルヴァイスという場所をつなぎ合わせたうえで、自分の役割を見つけ出したのだ。


「すごいなあ」


 紀更は思わず声に出していた。


(同い年で、あんなにもしっかりとした操言士になっている子がいるのね)


 もしも「普通」の操言士と同じように、生まれつき操言の力を持つことができていたのなら。《光の儀式》で操言の力ありと判別され、幼い頃から見習い操言士としての道を歩き出していたのなら。自分はヒルダと同じように、成人するまでに答えを出せていただろうか。


「同い年って、いい刺激になるよね」


 考え込んで沈黙している紀更に、王黎が頭上から話しかけた。


「自分と同じ長さの時間を過ごしているはずなのにさ、こんなにも前に進んでいるのか、って思うよね」

「逆もあるな。お前、俺と同い年なのにまだそんな幼稚なことしてんのか、って」

「あははっ、確かに! それもあるね」


 ユルゲンが反例を追加すると、王黎は口を大きく開けて笑った。


「紀更、良い例も悪い例も、みんな手本になる。同い年じゃなくても、自分以外の操言士から学べることはたくさんあるよ。紀更も頑張って僕みたいに、たくさんの顔見知りとか人脈を作っていこうね」

「王黎師匠みたいに、は無理です……まず、いま、船酔いで……動けません」

「あははっ!」


 王黎は弟子の弱音を笑い飛ばした。

 王黎だって初めて船に乗った時は酔ったんじゃないかと、紀更は口答えしてみたかった。しかし今は本当に気持ちが悪いので、笑われても何も返せなかった。


「紀更、大丈夫か。吐くか」


 そんな紀更の背中を、しゃがみ込んだユルゲンは上下にゆっくりとなでてやる。


「すみません、ユルゲンさん。ご迷惑を……」

「迷惑じゃないから安心しろ。船に乗るのは初めてだろ? それなら仕方がない」


 ユルゲンがそうして紀更の面倒見てくれそうなので、王黎はその場を去っていった。

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