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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第03話 海の操言士と不思議な塔

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7.海上戦(上)

 この大陸で、船が人の移動手段として使用されることはそれほど多くない。それはオリジーアだけでなく、ほかの国々も同様だ。なぜなら、基本的に大陸内は陸路で移動でき、船でないと行けない都市部というものはないからだ。

 大陸の北部一帯から南に向かって逆三角形のような形の領土を持つオリジーアと、大陸の東に広がるセカンディアとは、ディーハ山脈という大きな山々で隔てられているものの、南北に伸びるディーハ山脈の北と南の麓が、それぞれ平地の国境となっている。ディーハ山脈の北の麓にあるオルフェ城塞は、両国の間に起きた戦争の戦場に何度もなっているくらいだ。

 そしてディーハ山脈の反対、西側にあるイスコ山地を越えると、大陸の西にはサーディアがあり、サーディアを超えて南に進めばフォスニアの領土になる。


 大陸内は陸路で行き来ができるものの、国同士の関わりは基本的にない。オリジーアとセカンディアは何度か戦争をしたが、最後の戦争を機に戦いという関わりを持つこともやめた。サーディアやフォスニアにいたっては、オリジーアとは平和的な関係どころか、戦いという関わりさえ持ったことはない。

 政治的にも経済的にも、他国と関わるために船が必要とされる道理はなく、オリジーアで船と言えば、漁業や国内の交易に使われる場合がほとんどである。

 ゼルヴァイス城下町や港町ウダのほか、大陸北東にある豊穣の村エイルーやモンタ漁村など、海に面している都市部ではもれなく漁業が盛んだ。そしてゼルヴァイスと港町ウダのように、国内の都市部間で交易するためにも船は使われる。

 そのため、ゼルヴァイス城下町はオリジーアの都市部の中で最も船乗りの数が多く、ジャスパーが用意した騎士たちもヒルダも、みな船には慣れていた。


「うっ……おぇっ……うぅ~」 


 慣れていないのは、船旅の主役である紀更たちの方だった。

 まず沖に出てすぐ、最美が王黎にそっと何かを耳打ちした。誰にも聞こえないほどの小さな声だったので、最美がなんと言ったかはわからない。だが王黎が頷くと最美は人目もはばからずニジドリの姿になって上空へ飛び立ち、上昇気流をつかまえて船の上空を滑空した。船の周囲を偵察するために空へ行ったのかと紀更は思ったが、すぐに自分の身体の異変を感じて、それが「逃げ」であることに気が付いた。


「っ……う~おぇっ」


 最美が空へ飛び立ってすぐ、次は紀更の番だった。

 それほど激しい波が立っているわけではないが、木造のジャンク船は常に揺れる。上下に、時折、左右に。同じ幅や大きさで揺れてくれればいいのに、どうしてなかなか緩急つけた揺れは、すぐさま紀更の三半規管に大混乱を与えた。

 激しい吐き気を覚えた紀更は、すぐに船尾の舷側板(げんそくばん)に駆け寄り、海面に向かって盛大にもよおした。そして空へ逃げた最美の行動を羨ましく思った。己の力で飛び続けるのはきっと楽なことではないだろうが、この揺れの中にいるよりましなのだろう。


「紀更、大丈夫か。吐いて楽になるならいいが、海に落ちないように気を付けろよ?」

「は、ぃ……」


 吐き疲れて座り込む紀更に近寄り、ユルゲンが心配そうに紀更を見下ろした。紀更の反応がにぶくとても大丈夫そうには見えなかったので、ユルゲンは自分も腰を下ろし、紀更の隣に片膝を曲げて座り込むと空を見上げた。

 紀更が吐き始めた次に船酔いに襲われたのは、ルーカスだった。紀更よりは軽く、嘔吐にまではいたらなかったが甲板にいるのはつらいようで、エリックの許可を得て船内の客室にさがり、非常に狭い簡易ベッドに横になっている。

 一方、ほとんど酔っていないのが王黎とエリック、そしてユルゲンだった。


「王黎も経験があるようだな。それともにぶいのか」


 いつものように生真面目な顔で護衛対象の紀更を視界に入れて沈黙しているエリックと、笑顔で船員に話しかけている王黎をユルゲンは順番に見やった。

 エリックは船に乗ったことがあると言っていたので、船酔いは克服済みなのだろう。王黎も船酔いなど一切していないようで、陸上と同じ軽快な足取りで甲板や船内を歩いている。そして作業の妨げにならない程度に、船員やほかの騎士たちに話しかけていた。


「へえ! お孫さん、例の〝塔〟が見えるんですか」

「おうよ。ついこの間も見えたって言ってなあ。父親には見えないもんだから、からかうんじゃねぇと怒鳴られてふてくされておったわ」

「おじいちゃんは見えるんですか?」

「わしにも見えんなあ。ただ娘は……ああ、孫の母親なんだが、娘は見えることがあったなあ……あれはほんと不思議じゃ。見える奴と見えん奴がおる」

「そんな場所を目指す僕らは変ですかね」


 経験豊富な漁師で、今は航海士としての役目を担っている老人に向かって王黎は自嘲した。しかし老人は王黎を笑わなかった。


「見える奴には見える。それはもう、はっきりとな。それなら、そこには確かに何かが、塔だかなんだか知らんが、あるんじゃろ」

「娘さんとお孫さんを信じているんですね」

「信じてやらんと、イーサンがかわいそうでな。見えん父親から、ウソツキ呼ばわりされちまう」

「イーサン……」


 その名には聞き覚えがある。海の向こうに塔を見たことがないか、紀更が港の子供たちに尋ねた時に、見たことがある人物として名前を挙げられていた子だ。


「お孫さんの見えているものが本物かどうか、確かめに行くんですね」

「まあ、そういうことじゃな」


 塔を目指す船路。その旅に同行することに、明確なメリットはない。そもそも、過去に誰もたどり着いたことのない場所という時点で、成功するかどうかわからない挑戦である。おまけに、たどり着けたとしてそこは異国の地。どんな危険があるか予想ができない。

 ジャスパーとエミールは、騎士団と操言士団に同行してくれるよう依頼を出した。城主からの依頼なので、騎士と操言士が同行してくれるのは納得がいく。しかしこの老人のように、騎士でも操言士でもなく、一介の船乗りにすぎない平和民団の市民を同行させるには、報酬で募るしかない。ジャスパーがどれほどの報酬を彼らに約束したのかはわからないが、同行を覚悟するには報酬以外にも理由や動機が、本人の中に必要になるはずだ。


「わしは見えたことはねぇけどよ、ゼルヴァイスの男どもにとって、あれは一種のロマンなんだ。見えないけど確かにある。行けそうなのに行けない。何人もの船乗りが、船乗りの意地と誇りをかけてそこを目指した。全員失敗したけどな。それが悔しくて、でも諦めきれない……いつか行ってみたい。見えるんだ、そこにあるんだと証明したい。それも自分が最初に……。そういう複雑なロマンの対象なんだ、その塔ってのは」

「もしたどり着けたら、お孫さんに自慢ができますね」

「そうじゃな。イーサンはまだ小せぇけど、わしはもう老いぼれだ。たとえ失敗しても恥ずかしかねぇし、死んでも悔いはねぇ。騎士も操言士も同行するってせっかくの機会だ。孫のためにも、老いぼれの人生最後の賭けに出たのさ」


 きっと、ほかの船乗りも似たり寄ったりだろう。

 見えたり見えなかったりする、海の向こうにそびえる謎の塔。

 本当に存在しているのか、それはどれくらいの大きさなのか、何のためにあるのか。

 海と共に生きているゼルヴァイスの人々にとって、海の向こうに見えるその不可思議な存在は、暴き出してやりたいという冒険心や征服欲をかき立ててきたのだろう。

 王黎は老人に礼を言うと、別の船乗りに話しかけて雑談を楽しんだ。

 船酔いの一切ない彼の身軽さに、紀更はぐわんぐわんと揺れ動いて不快感しか生まない頭で感服した。

 しかし、さらに時間が経つと紀更はもっとすごいものを見ることになった。


「怪魔だ! ヒルダを呼べ!」


 船首に設置されたやぐらにいた見張りの船員が、船体中央に振り向いて叫んだ。騎士が長剣を手に構え、互いに距離をとって甲板の左右に散開する。船内にいた操言士ヒルダが甲板に飛び出て、操言ローブをひるがえしながら船首に駆け寄った。


「紀更、船酔いでそれどころじゃないかもしれないけど、ひとまず船の中央に移動しよう。それから、せっかくだからヒルダをよく見ておくといいよ」


 王黎にそう言われると、船酔いで動けない紀更はユルゲンの支えを得てどうにか船の中央に移動した。これから戦闘が始まる船の中で、甲板の中央が最も安全なのだ。

 座り込んだまま船酔いと戦う紀更の隣に立って、王黎は少し厳しい目をする。


「同い年の操言士、それも、ヒルダはタイプⅢのブローチを持っているからね」


 操言院の修了試験に合格した証である操言ブローチ。そこに刻まれる刻印のうち、Ⅲが示すのは攻撃を得意とする操言士であるということだ。


【三つの陣を展開、右舷左舷、そして前方に。我が陣を荒らす悪を、愚鈍の制裁で成敗】


 言葉を重ねて操言の力を使うヒルダの深く渋い緑色の髪が、彼女の発する操言の力の波動によってふわりと揺れる。

 すると、操言の力によって出現した淡い緑の光が、キラキラと輝く粒子をゆっくりと放ちながら、まるで壁のように船の左右と前方に広がった。


「来るぞ! スミエルだ!」


 やぐらの上の船員が叫ぶ。彼は見張りの役目をまっとうするため、戦闘が始まっても退避することはなくそこにいた。


――ザッ……。


 一瞬、波音が消える。

 そして次の瞬間、不自然なほど大きな水音が跳ねる音がして右方向の海の中から、続いて左方向の海の中から、牛や豚くらいの大きさの、全身からトゲが生えた青黒い魚のような怪魔スミエルが飛び出してきた。

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