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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第03話 海の操言士と不思議な塔

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5.塔とお嬢様(下)

「まったく、待ちくたびれましたわ! 私ね、ある人を探してるんです。その方は特別な操言士への手紙を私の父に託しました。それで、今日、偶然ですけど! 特別な操言士、ああ、そこの方ですね! そこの特別な操言士が、その手紙を読む場面に出くわしたんですの。そしたら特別な操言士は塔を目指すと言うじゃありませんか。つまり塔に行けばその方のことがわかるかもしれません! だから私も塔に行きたいの!」

「偶然ではない。盗み聞きだろう」


 演説でもしているような熱量のカタリーナに、エリックは冷たく言った。

 カタリーナはフォスニア、という国名こそ出さなかったものの、先ほど紀更が「詳しくは話せない」と濁した塔を目指すきっかけを、あっさりとヒルダに暴露してしまう。さいわい、カタリーナは手紙の内容までは口にしなかったし、ヒルダもその手紙について特に気にした様子はなかった。しかし、いつカタリーナがさらなる詳細を口走ってしまうか、エリックは気が気ではない。

 そんなエリックの非難めいた物言いにめげず、カタリーナは続ける。


「あなた方、どうせ父の用意する船に乗って塔を目指すのでしょう? だったらその船に私が乗っても問題ないじゃない!」

「うーん……そうだねえ」


 王黎は間延びした声を出した。

 こういう猪突猛進気質の女性に、論理的に反論しても通じないことは自明だ。情に訴えかけるように説得すればもしかしたら諦めさせることができるかもしれないが、それができるほど彼女についてはさほど知らない。


「まあ、ジャスパーさんがいいと言えばいいかもねえ」


 カタリーナの要望に応える義理は、紀更たちにはない。カタリーナの言うとおり、ジャスパーが用意してくれる船を当てにしている以上、その船に誰が乗っていいのかはジャスパーが決めることだ。カタリーナへの対応について、王黎はジャスパーに丸投げすることにした。


「カタリーナお嬢様、お父上にそうお伝えください」

「わかったわ! なによあなた、意外と話がわかるじゃない!」


 カタリーナは王黎を見直した、とばかりに満足げに笑った。父のジャスパーが一行への同行許可を出してくれると、微塵も疑っていないような笑顔だった。


「そうだわ! ヒルダとそこの特別な操言士さんと……そうね、背の高いあなたも」


 カタリーナがヒルダ、紀更、最美を順番に指差した。

 指名された三人は不思議そうにカタリーナを見やる。


「ぜひ女性同士で話したいわ! 殿方は出て行ってくださらない?」

「いや、いきなりそう言われましても」


 ルーカスは困惑の表情でエリックに視線を送った。エリックは極力カタリーナとは言葉を交わしたくないらしく、腕を組んでだんまりを決め込む。

 仕方ないので王黎がカタリーナをなだめた。


「カタリーナお嬢様、女子会はもう少しお待ちいただけませんかね。ヒルダはまだ今日の仕事が終わっていないし、紀更も今日の修行があるんです。そうですね、ここにいる全員で夕食を一緒にどうです? もちろん、男女で席は分けて、女性は女性だけでお話してくださって構いません」

「夜まで待てと? でも仕事が終わっていないなら仕方ないわね。いいわ、肆の鐘が鳴る頃に中層のフレチェスト交差点で待っているから、早く来てちょうだいよ」

「りょーかいです」


 これ以上カタリーナが騒がないように、王黎はとびきりの作り笑いを浮かべて話を切り上げた。

 そうしてヒルダの家にカタリーナを残し、六人は先に外に出る。太陽は西に傾いていたが、日没を知らせる肆の鐘が鳴るまでまだ少し時間はあった。


「さて、下層の祈聖石巡りがまだあるね。紀更、足は平気?」

「はい」

「よし。じゃあ、カタリーナお嬢様との約束もあるし頑張ろう」


 王黎は紀更を連れて歩き出す。

 エリックとルーカスはその二人を視界に入れながら、カタリーナのように尾行する者や不審人物がいないか、周囲を警戒しつつ付いていく。ユルゲンと最美は特に言葉を交わすことなく、黙ってパーティの一番うしろを歩いた。



     ◆◇◆◇◆



「蟹のはさみ揚げと、牛ヒレのカラフル野菜炒めをちょうだい」


 カタリーナが頼んだメニューを聞いて、恐ろしく高い値段がしそうな気がした紀更は顔色を青くした。

 陽が沈んで夕食の時間になり、フレチェスト交差点で合流した一行は、カタリーナのお気に入りだという店に連れていかれた。鬼女将食堂よりも広く、若い客の多い食事処だ。店内は一階と二階に分かれており、一階の調理場で準備された食事が、店員によって二階へ運ばれていく。店内を照らす明灯器はどれも実用性のほかにデザイン性も考えられているようで、日光を蓄えたガラス球は人や空間ではなく壁を照らす間接照明として使われていた。

 カタリーナは店の一階と二階のフロアに分かれたがったが、繁盛している店内の一階にしか空席はなかった。カタリーナはぶつぶつと文句を言いながらも、きっちり男四人、女四人に分かれてなるべく離れた一階のテーブルを囲んだ。よっぽど女子だけの集まりで食事がしたかったようだ。


「自己紹介から始めなくちゃいけないわね。私はカタリーナ。父はゼルヴァイス城城主のジャスパー・ファンバーレよ」


 乾杯もそこそこに、カタリーナが真っ先に口を開いた。尾行用の茶色いドレスは着替えてきたらしく、ピンクのマキシワンピースに白いショールを肩にかけている。

 そんなカタリーナに目線でうながされたヒルダが、それに続いた。


「ヒルダです。先日十七歳になって、成人しました」

「えっ、わ、私もです。同い年なんですね!」


 ヒルダが同い年だと知り、紀更は嬉しそうに目を細める。この旅を始めてから、同い年の操言士に会うのは初めてだった。

 操言院にいた頃は、こんな風に安らかな気持ちで周囲の見習いたちと打ち解けられなかったので、同い年の操言士とこうして夕食を共にすることが、なんだかくすぐったくも嬉しく思った。


「私は紀更で、生まれも育ちも王都です。一人前の操言士になるために王黎師匠と祈聖石巡礼の旅に出て、ここへ来ました。よ、よろしくお願いします」


 紀更ははにかみながら、果実水の入ったグラスをかかげた。ヒルダとカタリーナがそのグラスに自らのグラスをふれさせて、カキーンという心地よい音を響かせる。そこへ店員が次々と料理を運んできた。


「それで? あとはあなたなんですけれど」


 カタリーナは黙している最美に視線を向けた。最美は優雅なフォークさばきで肉を一口サイズに切り始めていたが、その手を止めて静かに名乗る。


「最美と申します。操言士王黎の言従士です」

「言従士……っ!」

「やっぱり!」


 最美の自己紹介に、ヒルダとカタリーナが目の色を変えた。


「すごいですね! あたし、言従士の方とお話するの、初めてです!」


 ヒルダが興奮気味に最美を見つめる。

 一方で、カタリーナは得意げな表情になった。


「そうだと思ったのよ! 私のカンが当たったわ! ねえ最美さん、あなたに訊きたいの。初めて自分の操言士を見た時、どんな風に感じたの? 二人は知り合いだったの? 言従士と操言士は、何か取引とか契約をするの? お前は違う、言従士じゃないなんて、操言士から言われてしまうことはないの?」


 口を開けば次から次へと訊きたいことが出てくるようで、カタリーナは間髪を容れず、最美を質問攻めにする。その勢いに圧倒されつつも、紀更は感嘆した。


「すごい……カタリーナさんって、操言士について詳しいんですか」

「詳しくないわ。私、操言の力はないし、家族に操言士もいないもの」

「操言士ではなく、言従士についてお知りになりたいのですね」


 最美はゆっくりとほほ笑んだ。


「そ……そうなのよ! 私、言従士に興味があるの!」


 カタリーナの鼻息が荒くなる。

 女子会という言葉で女子だけを集めた真の狙いは、最美だったようだ。


「カタリーナさんは、わたくしが言従士だと気付かれていたのですね」

「ええ! 確信があったわけじゃないけど、空気と言うのかしら。最美さんがまとう雰囲気でわかったわ。だってあなたの意識は、紀更の師匠の操言士だけにずっと向いていたもの! ねえ、教えて。言従士はどうやって自分の操言士を見つけるの? 操言士を見つけた言従士はどうしたらいいの? 最美さんはどうやって操言士と一緒にいるの?」


 次々と最美に質問するカタリーナの姿は、王都を出発した日の自分を紀更に思い起こさせた。ここまでの勢いはなかったが、あの日の紀更も、最美に同じようなことを訊いた。そして最美は、あの時と変わらない力強さで淀みなく答えた。


「ふいに胸が痛んで、わかるのです。自分が言従士であること、仕えるべき操言士がどこかにいること。そして出会った瞬間にこの人だ、と自分の魂が強く叫ぶのです」

「魂が?」

「操言士と言従士は魂でつながっているそうです。ですがそのつながりを意識できるのは、もっぱら言従士の方だと言われています」

「言従士は自分の操言士がわかるのに、操言士は自分の言従士がわからないんですか?」


 食事を進めながら、ヒルダも興味深そうに尋ねた。


「いえ、操言士も自分の言従士がわかりますわ。ただお互いを意識する早さ、あるいは強さ……そういうものは、言従士の方が敏感な場合が多いようです」

「ねえ、最美さんはほかの言従士を見たことがある? その人たちはどうやって出会ったの?」


 カタリーナの質問は止まらない。

 こんなにも積極的に興味を持たれている最美を見たことのない紀更は、最美が嫌がるのではないかと心配した。だがそこは最美が大人で、答えたくない質問には触れず、語れることだけをうまく取捨選択して話してくれた。

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