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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第03話 海の操言士と不思議な塔

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5.塔とお嬢様(上)

 エリックが駆けた先は、大量の木箱が並べられている区画だった。規則正しく並べられた木箱の列は、人が一人通れそうな隙間が空いている。ルーカスはその細道のような隙間のうしろへ、回り込みに行ったようだ。


「なっ……なによっ!」


 木箱に隠れるように立っていたのは、布で顔を覆った茶色いドレスの女性だった。突如目の前に迫ったエリックに驚いて後退ろうとしたようだったが、背後に回ったルーカスによって挟み撃ちにされる。逃げ場を失い、彼女は明らかに動揺した。

 エリックは騎士らしく女性にふれることはせず、視線と空気だけで威圧して、女性に動くなとプレッシャーをかけた。


「失礼、我々に何か用があるようですが、なかなかお声をかけてくださらないものですから」

「よ、用なんてないわっ……どいてちょうだい!」


 女性は強気に吐き捨てる。しかしエリックが微動だにせずじっと見下ろしてくるので、不安になったようで声が上擦った。


「ど、どいてちょうだいよっ」

「ゼルヴァイス城からずっと、我々のあとを付いてきましたよね?」

「なっ」

「あまりにも下手な尾行なので、放っておこうかと思ったんですよ、一応」

「へ、下手で悪かったわね!」


 女性の背後に回り込んだルーカスも、ゆっくり女性との距離を詰めながら声をかける。

 前後を騎士に挟まれては、これ以上動きようがない。逃げる隙も与えてもらえなさそうだと判断した女性は観念すると、エリックの先導に合わせておとなしく紀更たちの前に出てきた。

 エリックとルーカスはそれほど危険性を感じないながらもしっかりと女性の両脇に立って、怪しい動きをしないか彼女の言動ひとつひとつに神経を尖らした。


「さすがですねえ、エリックさんたち。まあ確かに、わかりやすい尾行でしたけど」


 エリックとルーカスが女性を囲む様を見ていた王黎は感心した。尾行されていることに気付いていなかった紀更は、ぱちぱちと瞬きをする。


「王黎師匠も尾行に気付いていたんですか」

「ん? うん、気付くよねえ、ユルゲンくん?」

「ああ。格好からしていかにも、って感じだしな。下手すぎて危険は皆無だと思ったが」

「あなたたち、失礼ね!」


 女性は顔を覆っていた布を取り、乱れた髪を手櫛で整えながら男どもを順番に睨みつけた。


「バレちゃ仕方ないわ。あなたたち、船で塔に行くんですって? 私も一緒に行くわ!」


 女性の突飛な宣言に、紀更たちは二の句が継げず、しばし沈黙した。


「えーと」

「拒否できないわよ! 私を誰だと思って?」


 困惑する紀更に、女性は勝ち誇った笑みを浮かべる。しかしその表情は王黎の一言でぶち壊れた。


「カタリーナお嬢様、かな? 噂に違わず、お転婆されているようですね」

「なっ……! なによあなた! どうして私のことを知っているのよ!」

「王黎殿、知り合いか」


 エリックに問われると、王黎はにこにこと笑った。


「直接お話ししたことはないですし、間近でお会いするのは初めてです。でもここではちょっとした有名人ですよ。城主ジャスパー・ファンバーレの娘さんですから」

「む、娘さんですかっ!?」


 紀更は気持ちのいいほど驚いた表情をして、カタリーナという女性を見やった。

 少し汚れている茶色いドレスは一般市民にとけ込むための変装なのだろうが、なめらかな肌と艶やかな赤毛は、よく見れば手入れされていることがわかる。気位の高いところは自分が高貴な身分であると自負しているようで、父のジャスパーよりはまだ、王族に連なる血筋の人間のように見えた。


「昔からお転婆だと聞いたことがあるんですけど、最近は下手な尾行が趣味なんですか。 下手すぎてバレバレですよ」


 王黎がくすくす笑いながらからかうと、カタリーナは眉をつり上げた。


「下手って連呼しないでよ! 別に趣味じゃないわ! あなたたちと一緒に塔に行きたいのよ! あなたたちに協力する恩人の娘の頼みを拒否できないでしょう」

「ゼルヴァイス城での話を盗み聞きしていたな?」


 エリックはため息をついた。

 城主ジャスパーはゼルヴァイス城に住んでいる。当然、その娘のカタリーナも住んでいるだろうが、普通は客人の話の盗み聞きなどしないものだ。しかし尾行までするこの性格と行動力を持つお転婆なら、「普通」という常識は通用しないのだろう。


「城主の協力には感謝するが、あなたを我々に同行させる理由も義理もない。断る」

「冷たい騎士ね! そんなこと言っていいのかしら~。あなたたち、いまヒルダって操言士に用があるんじゃなくて?」


 カタリーナは揺さぶりをかけているつもりなのか、にやにやとした視線を紀更や王黎に向けた。


「私ならすぐにヒルダに会わせてあげら――」

「――カタリーナお嬢様? 何してるんです?」


 その時、カタリーナの余裕を遮り、ふと少女の声が割って入った。

 カタリーナに声をかけた少女は、エリックとルーカスの背後を通りかかったところで、不思議そうな表情でその場にいる全員を見つめる。その短く深い緑色の髪は、雲の隙間から差し込む日光を反射していた。


「あ、お取込み中みたいですね。失礼いたしまし――」

「――なんでいま来るのよ、ヒルダ!」


 カタリーナは背後を振り返ると悔しそうに眉間に皺を寄せて、深い緑色の髪の少女、ヒルダの名を叫んだ。


「ヒルダ?」


 次から次へと人が現れて混乱しかけていた紀更は、その名前に反応して本来の目的を思い出す。


「あなたが操言士のヒルダさんですか!?」

「え? あ、はい……操言士団守護部のヒルダです。あなた方はカタリーナお嬢様のお知り合いでしょうか」

「僕らはカタリーナお嬢様に尾行されていた者です」


 状況が呑み込めないヒルダの問いに、王黎はにっこり笑って答えた。


「尾行? お嬢様、またですか! 今度は何をしてるんですか!」

「おや、初めてじゃないのかな」

「尾行は今日が初めてよ!」

「いつもは何をしてるんですかね」


 王黎に馬鹿にされていると気付き、カタリーナは言い返す。その隣でルーカスは困ったように息を吐いた。


「もういい。ヒルダ殿、我々はあなたに用がある。しかしこちらのお嬢様は我々に用があるらしい。幸運なことに、あなたとお嬢様は懇意にしているようだ。申し訳ないが、どこかで落ち着いて話をさせてもらえないだろうか」


 このままでは埒が明かないと判断したエリックが、紳士的に提案する。

 カッカッしているカタリーナとどこか苛立っている様子のエリックを見比べて、ヒルダは困り顔になった。

 すると王黎がヒルダの前に立ち、胸元の操言ブローチを引っ張って見せた。


「ごめんね、きちんと名乗るね。僕は操言士団守護部の王黎。そこにいるのは弟子の紀更で、見習い操言士。僕らは祈聖石巡礼の旅で王都から来たんだ。カタリーナお嬢様とはいま初めてお会いしたところなんだけど、用があって捜していたのはキミなんだ。もしよければお話しさせてくれないかな」

「はい。あたしは構いませんけど……いいんですよね、カタリーナお嬢様?」


 王黎からも丁寧に頼まれて、ヒルダは頷く。しかしカタリーナのことも気になるようで、彼女にもしっかりと確認をとった。


「いいわよ。あなたと話をしないと、私の話も聞いてもらえそうにないし」

「じゃあ皆さん、うちへいらしてください。狭いですけど、誰もいませんから」

「申し訳ない」


 受け入れてくれたヒルダに向かって、エリックは小さく頭を下げた。その様を見たカタリーナが、「私にもその控えめな態度をしなさいよ!」と文句を垂れるが、エリックは華麗に無視をする。

 そうして紀更たち六人とカタリーナ、ヒルダは、下層の北部にあるというヒルダの自宅を目指して歩き出した。




 港を背にして、下層を北へ向かって進む。

 ジャヴィット交差点を過ぎてもなお進み、またひとつ大きな交差点に出る。そこまでは商業地区が続いたが、その交差点から北側は住宅街となっていた。人通りがかなり少なくなり、午後ののどかな空気がたゆたっている。


「本当に狭いですけど、どうぞ」


 二階建ての集合住宅。外階段でその二階に上ったヒルダがドアを開けて、全員を誘う。角部屋の室内は、窓から差し込むささやかな陽光に照らされていた。


「あの……お茶とかお出しした方がいいですよね」

「いや、いいよ。この人数で押しかけてる時点で申し訳ないしね。どうぞお構いなく」


 王黎が断ると、ヒルダはあからさまにほっとした表情になった。室内を見るに一人暮らしのようだし、一度に七人をもてなすだけの用意などないに等しいだろう。

 カタリーナだけは我が物顔で、食卓テーブルにふたつだけセットされている椅子のひとつを占領していたが、紀更たち六人はなるべく邪魔にならないように、それぞれ部屋の壁を背にして立った。


「あまり長居しても悪いから、話を始めていいかな」

「はい、どうぞ」


 ヒルダに確認をとってから王黎は話し始めた。


「さっき少し言ったとおり、僕らは祈聖石巡礼の旅の途中。でもちょっとわけがあってね。ゼルヴァイスから見えるという、海の向こうの〝塔〟に行きたいんだ」

「っ……塔に、ですか」

「見える人と見えない人がいるようだけど、キミは見えるんだよね、その塔が」


 ヒルダは返事をすることなく、俯いて考え込んだ。


「港にいた男の子が言っていました。ヒルダさんと、イーサンって子も見えるって」


 紀更はヒルダの様子をうかがった。

 見えたり見えなかったりするという、不思議な塔。見える人と見えない人がいるのはなぜなのか。その塔は本当にあるのか。船で目指せば果たしてたどり着けるのか。

 何か塔について知っていることがあるのなら、詳しく教えてほしかった。


「その塔は、操言士にしか見えないのでしょうか」


 紀更が尋ねると、ヒルダは静かに首を横に振った。


「操言士以外の人でも、見える人には見えます。いつもじゃないですけど」

「キミはその塔について何か知ってる?」


 王黎がなるべく穏やかな声で尋ねるが、ヒルダは黙っている。


「その沈黙は何か知ってそうだな、って思うんだけど……違うかな」

「あの、あたし……ずっと混乱していて」

「混乱?」

「えっと……順番に話しますね」


 ヒルダは自分の手の指をやたらとさわりながら話し始めた。

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