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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第03話 海の操言士と不思議な塔

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4.手紙(中)

「オレには見えないからわからんが、どうもな、そのうさんくさい客人が来てこの手紙を託してからは、以前よりも見える奴が増えたらしい。でもってここ最近は、毎日見えるんだとよ。雨が降ろうが嵐になろうが、雨粒と薄暗い雲の向こうにはっきりとな」

「ジャスパーさんは見えないのに、どうしてそんなに詳しいんです?」

「そりゃお前、オレは城主だぜ? どんな小さなことも、オレの耳には入るのよ」


 ジャスパーは大きく口を開けてがははと笑う。その笑い方は王族の縁者というよりも、城下町の漁師を彷彿とさせた。


「見えたり見えなかったりは人によるが、こんなにも長期間、毎日必ず塔が見えているって話は珍しいんだわ」

「それが、この手紙がイタズラではないとする根拠のひとつですか」

「手紙に書かれた古の操言士が誰のことなのか、自称フォスニアの王子様が塔にどう関係しているのか、オレにはさっぱりだ。でも〝塔〟は、特別な操言士を待っている」


 ジャスパーはそう確信しているようで、訴えかけるように王黎を見つめた。そして、その隣の紀更にも視線を移す。


「紀更」


 王黎は紀更の手から手紙を取り上げ、その文面に目を通す。そしてもう一度呼びかけた。


「紀更、キミはどう思う? この手紙の主、フォスニアの王子様は、どうやらキミに塔へ行ってほしいそうだ。その塔には古の操言士がいて、キミに何かを教えてくれるらしい。紀更はどうしたい? 行きたいと思う? 誰もたどり着いたことのない、異国の地の不思議で怪しい塔に」


 応接室内の空気が張りつめる。その場にいる全員の視線が紀更に注がれた。

 紀更は、ジャスパーと自分たちを隔てているテーブルの上をなんとなしに見つめた。出された茶はすっかり冷めている。

 フォスニアの王子も塔の存在も、いま初めて聞いたことだ。紀更には、それらが自分とどう関係しているのか、まったく見当がつかない。

 だが、考えてみる。

 そもそも、なぜ自分は後天的に操言の力を宿したのか。《光の儀式》で操言の力はないと、確かに判別されたはずなのに。それがどうして一年前、突如宿ったのか。なりたいと望んだわけでもないのに、なぜ〝特別な操言士〟になってしまったのか。


(理由なんてない……どこかでそう思い込んで、思考が停止していたけど)


 なりたくてなったわけじゃない。虚無感を伴ったその諦めは、王都を出てから経験したこと、出会った人々、得た知識――それらのおかげで、とけて消えた。今は見習いだが、一人前の操言士になりたいと思う。どんな操言士になりたいのか、具体的な姿はまだ描けないが、操言士として生きていきたいと思う。いつしかそんな「意志」が生まれていた。

 それならば、自分自身についてももっと知るべきだろう。なぜ後天的に操言の力を宿したのか。どうして自分だけなのか。そして操言士という存在について。操言士が必要とされる、この世界について。

 紀更は振り向き、エリックを見上げた。王都の騎士団の命令で、護衛をしてくれているエリックとルーカス。きっとこの二人は反対するだろう。とても困らせてしまうかもしれない。でも――。


――自分の意志で進み、選び取ることをやめないかぎり自分のうしろに道はできる。大丈夫だ。


 紀更は、ちらりとユルゲンも見やった。

 何度も何度も、ふいに痛んだ胸。ひとりじゃないのに、独りはいやだと思う。その気持ちをおかしいとは言わないでくれた。励ましてくれた。紀更は紀更の道を進んでいいのだと、自分の意志で選択して進んでいくことが大切なのだと教えてくれた。


(私は……)


 紀更は姿勢を正した。ジャスパーに目を向け、一呼吸おいてから決意を口にする。


「私は、なぜ自分に操言の力があるのか、その理由を知りたいです。最初は、なりたくて見習い操言士になったわけじゃないと拗ねていました。でも今は、一人前の操言士になりたいと、そう思っています。そのために、自分のことを知りたいし、操言士のことも知りたい。この国のこと、世界のこと……ひとつでも多くのことを学びたいと思っています」


 紀更は手紙を手に持つ王黎を見つめた。いつもへらへらと笑って細められている目はぱっちりと開いており、グレーの瞳に真剣さが浮かんでいる。掴みどころのない人ではあるが、こういう場合は意外とわかりやすい。こちらが本気かどうか、見定める裁定者のような気持ちでいるのだろう。

 少し前の紀更なら、自分に自信がなくて、王黎のその瞳が自分を咎めているような気がしてしまっただろう。何か間違ったことを言ってしまわないか、正しいことを言えるか、不必要に気負ってしまって、大切なことに気付けないままだっただろう。


「手紙の送り主のことは知りません。フォスニアのことも何もわかりません。イタズラかもしれない。危険かもしれない。それでも、その〝塔〟に私の知りたいことの答えがあるのなら、私はそこに行きたい……。それが私の意志です」


「一人前の操言士になりたい」という軸が心の中にある今なら、咎められているなどとへんに怯えることなく、しっかりと自分の思いを言葉にできる。

 自分にどんな考えや感情があるのか、そこには間違いもなければ正解もない。大切なのは、偽りのない言葉で本心を語り、己の意志で歩む方角を定め、見つめ、己の足で進もうとすること。王黎の強い瞳が求めているのは、そうした自立心なのだ。


「ジャスパーさん」


 紀更の気持ちを聞いた王黎は手紙を紀更に返した。それからジャスパーの方を向き、目尻の下がった表情で猫なで声を出した。


「船、貸してくださ~い。ゼルヴァイスにある船なら、サキトス湾を超えてラッツ半島に行くことは可能ですよね? それと、船旅に必要な人手もお借りしたいです」

「ふっ……くっくっ」


 かわいこぶっておねだりする王黎に、ジャスパーはくつくつと笑った。張りつめていた応接室内の空気が、ふわっと空気が抜けたように軽くなる。


「はっ! よぉ言うわな。仮にも城主に向かって!」

「だってその塔、海のずっと向こうでしょう? しかもサーディアの領土内にあるなら、絶対に危ないじゃないですか。騎士と操言士、少しでいいですから貸してくださ~い。あ、優秀な船乗りもお願いしまーす」

「王黎殿、それは」


 あまりにも堂々と、そして図々しく甘える王黎の態度に、エリックは呆れを通り越して焦りを覚えた。ルーカスも同じく、こめかみに冷や汗が流れてくるような気がする。

 確かにジャスパーは王都の王族よりかは庶民の気質に近しいものを持っているが、それでも城主は城主だ。このゼルヴァイス城と近隣周辺の統治をオリジーア王から任されている身分であり、一事が万事、ジャスパー個人の意思で好き勝手できるわけではない。それに、王黎の頼みを快く引き受けてやる義理はジャスパーにないはずだ。

 だが二人の騎士の不安をよそに、ジャスパーは悪企みを思いついて楽しくてたまらないというような表情でニヤりと笑った。


「いいぜ。お前さんのことは信用しとるし、オレもその塔と手紙が気になるからな」

「やったー。さすがジャスパーさん、話がはや~い」

「ぶっちゃけるとな、その使者の話、オレは信じてんだ。フォスニアの王子様の狙いはわからんが、今までにない事態で面白そうじゃねぇか」


 にやにやと笑うジャスパーに、王黎は大きく頷く。


「好奇心は猫を殺す、とは言いますけど、面白いものは面白いですもんねえ」

「お前さんたちがその塔に行けるように、ゼルヴァイス城の城主として手を貸してやる。けど今日中は無理だ。面白そうだとは思うが、過去に誰もたどり着いたことのないその塔への船路が危険なことに違いはない。用意できる万全の準備をせにゃならん。船を出すなら天気も気にしねぇとならなんしな。エミール!」


 手紙を持ってきた青年エミールを、ジャスパーは呼びつけた。


「話は聞こえてたろ。船の手配と各所への依頼発注、その他諸々よろしくな」

「最優先ですか」

「ああ、うまくやってくれ。なんかうるさく言う奴がいたら城主命令だと言え」

「わかりました」


 エミールは軽く頭を下げると、静かに廊下へ出ていった。


「エミールくん、ほんとジャスパーさんに似てませんね」


 その背中を見送った王黎はぽつりと呟いた。


「あれは母親似だな。オレと違って冷静で堅実な、良い城主になるだろうよ。娘の方がオレに似て、無駄に好奇心旺盛で困るぜ」


 何かを思い出したようで、ジャスパーは深いため息をついた。

 王黎とジャスパーの会話から、エミールという青年が彼の息子なのだと気が付き、紀更も心の中であまり似てないな、と思った。


「準備ができたら使いを寄越す。それまで、港で子供たちの話でも聞いてみろ。塔が見えるのは子供が多いらしいからな。それと紀更」

「は、はい……っ」


 ジャスパーに名前を呼ばれて、紀更は顔をしゃんと上げた。王黎に向けていた真剣な眼差しはやわらぎ、あどけない瞳でジャスパーを見つめる。


「この街の操言士には会ったか」

「えっと、弥生支部長とヒューさん、皐月さんに」

「そうか。まだまだだな。知りたい、学びたいと思うならとにかく人と話せ。自分から話しかけろ。操言士のことを知りたいなら、操言士以外の人間ともたくさん話せ。ひとつの場所から見るんじゃなくて、複数の視点を持つことを意識しろ。そうやって貪欲に求めていれば、自然とお前の周りに集まるはずだ。いろんなモンがな」

「はい」


 ジャスパーはきっと、多くの人と会話を重ね、多くの人の視点で物事を考えてこの地を治めてきたのだろう。そういう自らの経験があるからこそ語れることだ。特別な操言士の――いや、見習い操言士の今後の成長を期待している。そんな思いが、やさしく笑う口元に浮かんでいるようだった。

 フォスニア王子からの手紙と、古の操言士がいる謎の「塔」を目指すという目的。

 祈聖石巡礼の旅からはいたくかけ離れたふたつを手に入れた紀更たちは、ジャスパーに別れを告げてゼルヴァイス城を後にした。

 その後ろ姿を、陰からじっくりと見張る一対の眼。六名が城を出るところを見届けると、その眼の主は走った。

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