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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第03話 海の操言士と不思議な塔

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4.手紙(上)

「一人の男でな。どうしてもゼルヴァイス城の城主に会いたいと言うんだ。しかも直接会うまで自分が誰なのかは明かせないとほざきやがる」

「怪しさプンプンですね」

「南の都市部から来た田舎者かと思ったんだ。遠い道のりを超えてわざわざゼルヴァイス城に来た記念の、ちょっとしたイタズラか何かだと思ってな。でまあ、面会してやったんだけどよ、なんとびっくり。フォスニアの人間だと名乗ったんだ」

「フォスニア!? 南西の国の人間がどうして」


 王黎は上擦った声で驚いたあとに、冷静になって呟いた。


(フォスニア……他国の人が、オリジーアのゼルヴァイスまでわざわざ来たの?)


 王黎とジャスパーの会話を黙って聞いていた紀更も、心底不思議に思った。

 互いに国交のない、大陸の四国。しかし国交がないだけであって、それぞれは陸続きであるから、他国へ侵入しようと思えば不可能ではない。大きな船ならば海路で他国の領土へ行くこともできる。当然、国境沿いには基本的に警備の騎士がいるので見つかってしまう可能性は十分にあるが。


「ジャスパーさん、その人、本当にフォスニアの方なんですか」

「さあな。確かめる術はねぇからな。まあでも、とりあえずそいつが本当にフォスニアの人間だとして何しに来たんだと思うだろ? その理由を聞いてまたびっくりよ。フォスニア王の息子、つまり王子様の命令で来たんだとよ」

「フォスニアの王子様?」

「え、あの……本当なんですか」


 出された茶をちょびちょびと飲んでいた紀更は、思わず動揺してジャスパーに尋ねてしまった。王黎も落ち着いてはいるようだがジャスパーの話が信じがたいようで、少しだけ呆れた顔になった。


「いろいろ飛躍してるお客さんですね」

「オレも疑いながら一応話は聞いたんだがよ。聞けば聞くほど不思議でな。まず、フォスニアのその王子様は、その時セカンディアにいたんだとよ。で、セカンディアにとどまっている王子様の代わりに自分が使者として来たってんだ。疑問符がいくつあっても足りないわな。セカンディアとフォスニアは、オリジーアが関知していない間に関わるようになっていたのか? なんでフォスニアの王子様がセカンディアにいるんだ? なんでその王子様は、たかがゼルヴァイス城の城主にすぎないオレのところに使者を寄越すんだ? わざわざ異国のオリジーアを訪れるなら、真っ先に会うべきはオリジーア王だろうよ」

「意味不明で混乱しそうですね。それで使者の用は何だったんです?」

「それがな、ある人物にあるモノを渡してくれって頼みだったんだ」


 その時、応接室の奥の扉が開き、使用人と青年が戻ってきた。青年はジャスパーに近付くと何かを手渡し、受け取ったジャスパーはおもむろに、それを紀更の目の前に差し出した。


「え?」


 紀更はジャスパーが差し出したそれを――一通の手紙をきょとんとした表情で見つめ、瞬きを繰り返した。


「わ、たし……私に、ですか?」

「ああ、そうだ。この手紙を、〝特別な操言士〟に必ず直接渡してくれと頼まれた」


 ジャスパーはまだ手紙を差し出している。その目線は真摯で、とてもふざけているようには見えない。

 それを受け取っていいのかどうか、紀更はしばし迷った。けれどもここで自分がもじもじしても話が進まなさそうなので、意を決してその手紙を手に取る。


「紀更、念のために訊くけど、フォスニアに知り合いとか親戚とかいる?」

「い、いませんっ。父も母も、ほかの国との関わりなんて絶対にありません!」


 疑われていると焦り、紀更は強めの声を王黎に向けていた。

 他国の人間から手紙を託される理由など、紀更にはない。ないはずだ。


「あの、これ……本当に私宛なんでしょうか」

「そいつははっきりと言っていたよ。〝特別な操言士〟、そう呼ばれている人物に渡してほしいとな」

「特別な……」

「ここ最近、オリジーアでそう呼ばれているのは一人しかいない。そうだろう?」


 ジャスパーのなだめるような視線を受けて、紀更は俯いた。

 自分自身は特別でもなんでもない、平々凡々の一介の市民だったはずだ。しかし一年ほど前から、良くも悪くもそう呼ばれ続けてきた。


――話は聞いてるよ、特別な操言士。ああ、正確にはまだ見習い操言士だったね。

――王都から〝特別な操言士〟が来ましたよ。

――ようこそゼルヴァイスへ、特別な操言士さん。


 特別な操言士。本来なら先天的に宿しているはずの操言の力を、後天的に宿した異例の存在。確かに、そのありがたくない呼称を与えられた人物は、自分以外に知らない。


「オリジーアの特別な操言士の存在について、なぜフォスニアが知っているのか。それもわからん。使者が来た時期的には、お前さんがそう呼ばれ始めてしばらく経った頃だから、もしかしたらフォスニアにもお前さんの存在が伝わったのかもしれん」

「国と国の交流はないのにですか」

「甘いぜ、紀更。正式な国交がないからこそ、密偵の送り合いは互いに当たり前のようにやってるんだ。国境線を超えるのは基本的にご法度だが、明確にそう約束したわけじゃない。オリジーアもほかの国も、他国の情報収集はバレないように日常的にしてるもんさ。まあ、一般市民には知る由もないことだがな。とにかく、使者の用事はその手紙を特別な操言士に渡してほしい……それだけだった」

「紀更、開けてみてくれない?」


 王黎が真面目な表情で紀更に頼む。

 紀更は一呼吸してから、手紙の封蝋を慎重に開いた。


「特別な操言士へ」


 なるべく平静に、紀更は手紙を読み上げた。


  特別な操言士へ。

  詳細は何も書けませんが、あなたにお願いがあります。

  これからあなたが知ることによって、この世界は大きく動きます。

  あなたは変化の渦の中心にいるのです。

  あなたの知りたいことは、古の操言士たちが教えてくれるでしょう。

  どうか彼らに会いに、塔へ行ってください。

  フォスニア王家 優大より。


優大(ゆうだい)より――」


 その場にいる全員が、紀更の声に耳をすましていた。

 しかし手紙の内容は抽象的で、本当に紀更に宛てた内容なのか疑わしい。壮大な夢を見ている子供がいたずらで書いた、と言われた方がまだ信憑性がありそうだった。


「紀更、その手紙の主……優大という、自称フォスニアの王子様に心当たりは? 聞き覚えとか」

「いえ、ありません。全然、まったく……」


 王黎が確認のために訊いてみるが、紀更は首を強く横に振った。

 生まれてからずっと王都で過ごし、王都の外へもほとんど出たことのない紀更は、豊富な人脈など持ってない。これまでに築いた、決して広いとは言えない交友関係の中に優大という名の人物はいなかった。


「悪ふざけだろ」


 ユルゲンがはっきりと言った。


「フォスニアの王子なんて騙られても真偽を確かめようがない。それを利用した悪ふざけじゃねぇの。手紙なんて自分で書いて、さも自分が遣わされたかのように振る舞えばいいだけだ」

「まあ、その可能性が一番高いよね」


 ユルゲンの指摘に王黎は頷く。しかしジャスパーは王黎ほど容易に頷きはしなかった。


「オレもほぼ同意見だ。だが気になることがいくつかあってな。まずひとつ、この手紙が書かれたのは去年の夏の終わりのことだ。その時期に、〝特別な操言士がやがてゼルヴァイス城を訪れる〟なんて予想できるものか? 予想できたとして、そんないつになるかわからない来訪を狙ってわざわざこんな悪ふざけをするか? 何のために? こうして成功したところで、そいつは何が満足なんだ? どうも腑に落ちん」

「確かに……紀更はまだ見習い操言士です。今回は僕の提案で旅に出ましたが、そもそも操言士が祈聖石巡礼の旅に出ることは、修了試験に合格するまで本来はあり得ません」

「だろ? へたしたら、紀更がこの地を訪れるのは何年も先か、あるいは一生ゼルヴァイスを訪れることはないかもしれないわけだ。そんな相手に手紙を託すイタズラ? それは面白いか?」


 ジャスパーは自分の膝の上に肘を突いて、顎をさする。その眼光がさらに鋭くなった。


「それとな、もうひとつ。これはいま手紙の内容がわかったから言えることだが、ここ最近〝塔〟がよく見えるのよ。毎日のようにな。まるで特別な操言士の来訪を待っていたかのようだぜ」

「塔が見える、ですか」


 ジャスパーの言わんとしていることがわからず、紀更は首をかしげた。だがはっと気が付いて手紙に視線を落とす。


――どうか彼らに会いに、塔へ行ってください。


 手紙には確かに「塔」と書かれていた。


「たとえば城壁の上とか港とか、漁に出た沖合とか、海のずっと向こうが見える場所からな、塔らしきものが見えるんだ。方角からして、おそらく海を隔てた先にあるサーディアの領土、ラッツ半島の先端に建っているんだが、それがでけぇ塔でな。天を貫くんじゃねぇか、ってほどの高さなんだ。まあオレは見たことねぇけどよ」

「どういうことです?」


 見えるのに見たことがないというジャスパーの不思議な言い回しに対して、王黎はさらなる説明を求めた。


「その塔はオレが生まれるよりも、それこそ、オレの婆さんがここに来るよりもっと前からあるらしい。けど昔からな、見える奴には見えるし、見えない奴には見えないんだ。見える奴も様々で、いつでも見える奴、時々見える奴、見えていたが見えなくなった奴やその逆……とまあ、実に不可思議なんだ」

「天気の影響では?」

「天気は関係ない。見える奴は雨の日でも見えるらしい。とにかく人によるんだ。さらにな、過去幾度となく、その塔を目指して海原に出た奴らがいたが、誰一人たどり着いたことはない」

「変な……不思議な話ですね」


 紀更は思わず、素直にそう述べてしまった。ジャスパーも同感なのか、腕を組んでうんうんと頷きながら続ける。

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