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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第02話 消えた操言士と闇夜の襲撃

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「三ヶ月前、ラフーアのある操言士が行方をくらましました。名前はローベル、二十七歳。ラフーアで生まれ育ち、王都の操言院で修了試験に合格したのちレイト操言支部に所属、二十三歳でラフーアに戻って以降はラフーアで操言士の務めを果たしていたそうです」

「ローベル……」


 紀更は首をかしげた。どこかで聞いた覚えのある名前だ。


「モーリスさんのお兄さんですか」

「そう、この街にいる音楽家モーリスの兄、ローベルだ」


 紀更は固唾を呑んで王黎の話の続きを待った。

――三ヶ月前、ローベルは音楽家である弟のモーリスに、王都で働くことになったと告げて行方をくらました。弟へ虚偽の説明をしていることから、意図的な失踪であることは確実だ。ラフーア操言支部の支部長とその右腕の操言士、それからハリーという操言士だけがこの事実を知っており、表向きは遠征任務中ということにして、三人は内密にローベルの行方を捜索していた。

 紀更が聞いた笛の音を根拠にすれば、昨夜の襲撃も水の村レイトに出現した怪魔も、ローベルが関与している。おまけに、ローベル一人ではなく最低もう一人、ラフーア音楽堂の上にいた三つ編みの男が関係している。こちらの男については、操言士かどうかも含めて詳細不明。本人の弁いわく、セカンディアの者ではないことからオリジーアの民か、隣国のサーディア、あるいはフォスニアの人物の可能性がある。

 ローベルがレイトとラフーアを襲った理由、動機についてだが、こちらも詳細不明。そのような暴挙に出るとは思えないほど、いたって普通の操言士であったとのこと――。


「普通……」


 紀更はぽつりと呟いた。


「レイト操言支部にいたのなら、レイトを守る祈聖石の擬態は知っていて当然だ。ラフーアの祈聖石についても然り。怪魔が都市部に入ってこられたのはほぼ間違いなく、ローベルが祈聖石の守りの効力をなくしたからだね。ほかの操言士たちの目を盗んでいつどうやって、それを実行したかはわからないけど」

「祈聖石をほかの場所に移動させた……という可能性もあるのでしょうか」


 紀更がその可能性を指摘すると、王黎は頷いた。


「確かに、祈聖石の効力が及ぶ範囲には限界がある。音楽堂の場合、近くにふたつの祈聖石があるけど、たとえばそのふたつをウージャハラ草原に持っていったら、街の北方は確実に、祈聖石の効力がない穴になる。音楽堂の背後はドレイク大森林で広大な森だし、襲撃時は夜だったからね。怪魔が近付いて暴れるくらいのことは、簡単にできてしまうと思うよ」

「ラフーアに生まれ育った操言士なら、祈聖石の場所はもちろん、どの時間帯にどの場所に人が集まるか、熟知していただろう。同じ操言士の目を盗んで祈聖石に何かするのは、そう難しくはなかったのかもしれない」

「そう思います」


 エリックの考えに王黎は同意した。


「ローベルの犯行の動機も、一緒にいた男の狙いもわかりません。でも水の村レイトと音の街ラフーアは、ローベル自身に縁のある都市部だ。何か私怨があるのかもしれない」

「王黎殿、自分たちが気になるのは旅をする紀更殿の安全です。紀更殿の旅の行き先とローベルの私怨の矛先が重ならなければ、危険はないと考えていいのでしょうか」


 ルーカスが片手を上げて確認をする。王黎はそうだね、と短く頷いた。


「見習い操言士である紀更が祈聖石巡礼の旅をすることとローベルは、本来無関係だと思います。レイトとラフーアについては、ローベルの犯行のタイミングと僕らの滞在がたまたま重なってしまったのかもしれません」

「まあ、そう考えるのが妥当だな」


 ユルゲンも頷く。

 紀更の行く先で、偶然にもローベルが悪事をはたらいただけ。たまたまタイミングが重なっただけ。ほかにつながりも関係性も見えない以上、その結論に同意だった。


(何か私怨があるから……)


 薄明かりの中に浮かぶローベルのはかない表情を思い出して、紀更は沈黙した。


(だから都市部の祈聖石を無効化して、怪魔を近付けさせた?)


 ローベルの動きに二度も遭遇したのは、確かに偶然だろう。だが、ただのその偶然が妙に気になってしまう。


(何か恨みがあるから、人や街が怪魔に襲われても構わない? そこまでさせる私怨って、いったい何?)


 操言士として、ローベルは許されないことを――してはいけないことをしている。それを、自分の旅とは関係ないからといって切り離してしまってもいいのだろうか。


「ということで、このまま祈聖石巡礼の旅は続行します。紀更、いいね?」

「…………」

「紀更?」

「あっ……はい」


 考え込んでいた紀更は、王黎に呼ばれて慌てて返事をした。


「次は、ここから西にあるゼルヴァイス城を目指したいと思います」


 王黎がそう言うと、ユルゲンが低い声で冷静に尋ねた。


「ゼルヴァイス城に行くってことはウージャハラ草原を通るってことだろ? そこはいま、怪魔の出現が多い。危険だと思うが、それでも行くんだな?」

「うん。移動は必ず日中、陽が沈む前に営所に着くようにして、夜間の進行は絶対にしない。ラフーアの騎士団が見回りを強化して怪魔退治もしているし、この六人全員がそろっていれば戦力的にも大丈夫だと思う。それに、怪魔多発の原因がローベルたちで、その目的が襲撃前の陽動なら、その小細工は昨夜でなくなったはずだよ」

「それもそうだな」


 王黎が意見を述べると、ユルゲンは同意した。


「まあ……そうですね」


 エリックは黙って少し考え込んでいたが、ルーカスは頷く。


「紀更殿」

「は、はいっ」


 エリックは王黎から視線を外して紀更を見つめた。エリックから声をかけられると予想していなかった紀更は驚き、声が上擦る。


「王黎殿の提案する行程は、紀更殿が我々から絶対に離れない、ということが前提だ。昨夜のような勝手な行動は控えていただきたい」

「はい……すみません」

「昨夜のことについては、我々もあなたから目を離してしまった落ち度がある。紀更殿だけを責めているのではない。全員の安全のためにも、一人一人の意識が大事なのだ。安心して旅ができるよう、互いに気を付けていこう」

「はい」


 真面目なエリックに諭されて、紀更はただ返事をするしかできない。

 彼が怒っているわけでも、必要以上に責めているわけでもないことは十分わかる。

 紀更は今一度、王黎やエリックたちから勝手に離れた昨夜の自分の行動を反省した。


「紀更、ゼルヴァイス城までの道中、せっかくだからキミにも怪魔との戦闘に参加してもらおう」

「え……ええっ!?」


 突然の提案に、紀更は瞬きを繰り返して驚いた。


「王黎師匠、あの、私……」

「王黎殿、わたしの話を聞いていなかったのか」


 エリックがため息交じりに問いかけた。


「聞いてましたよ。安心して旅ができるように、ということは、紀更だって対怪魔戦の経験を積まないといけません。それに、これはエリックさんとの約束ですよ?」


 王黎はニヤりといたずらっぽく笑った。

 エリックは、王黎が約束を反故にしないことには安心したが、紀更の対怪魔戦における戦力向上が果たして安全に行われるのかどうか、王黎の笑顔に不信感を抱いてしまい、怪訝な表情を浮かべた。


(私も、怪魔との戦いに参加……)


 王黎とエリックの間に流れる妙な空気を肌で感じながらも、紀更は思わず武者震いした。

 怪魔との戦闘に参加することは、正直怖い。しかし、王黎から教わることが増えるほどに、ただ知識として蓄えるだけではなく、実践してみたいという気持ちも強くなっていた。まだ自分にできないことを、できるようになりたいと思う。それがたとえ、恐怖を伴う怪魔との戦いだとしても。


「エリックさん、あの……私、操言士として怪魔と戦えるようになりたいです。怖い気持ちはまだあるんですけど、でも……お願いします」


 エリックが自分のことで王黎に対して怪訝そうにしているので、紀更は自分に責任があるように感じ、思わず許しを請うように下手に出た。


「いや……」


 エリックとしては、紀更にそんな態度をさせたいわけではない。ただ、王黎を調子付かせると安全性を度外視しそうで、どうしたって最年長の自分が王黎にブレーキをかけなければならないのだ。


「カルーテだけだ」


 エリックは渋い顔をしながらも、紀更の戦闘参加を了承した。


「カルーテ以外が出たら、紀更殿は戦闘に参加しないこと」

「はいっ。ありがとうございます!」

「王黎殿も。いいな」

「はいは~い。わかりました~。それじゃあ早速、荷造りをしてラフーアを出立しましょうか。今夜は西国道のワル営所で夜を明かしましょう」


 王黎がのんきな声で一行をうながしたが、彼の腹が「ぐうう」と派手な音を立てたので、しっかりと食事をとってから紀更たちは音の街ラフーアに背を向けたのだった。



     ◆◇◆◇◆



「サーディアへ戻るぞ」

「戻る?」


 青年は変化に乏しいながらも、不可解さを表情に表した。


「ご期待に添えなかったからでしょうか」

「いや、そうではない」


 三つ編みの男は短く否定する。


「何か進展があるようだ」


 詳細は語らない。いつものことだ。男は決して饒舌な方ではない。そんな男に与えられる情報は、青年のような組織の末端の人間にはあまり意味がない。

 だが、それで構わなかった。少ない言葉でも、男は理解を示してくれる。彼に見つけてもらえて、自分は幸運だった。この組織のすべてに賛同しているわけではないが、この怒りと憎しみを飼い慣らす方法を見つけることができた。諦めたはずの未来の一部を、実現することができた。


「御意」


 青年は従順に頷く。

 どうして、こんなことに――付きまとう後悔を、必死で見ぬふりをしながら。

 そして二人は海を越えた。

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