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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第20話 最初の操言士と王都決戦

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1.黙認(上)

 セカンディアを治める女王ステファニーから、闇の四分力を宿す者は暗紋(あんもん)という縹色の三日月形がひたいに浮かぶと聞いた時、ピラーオルドは闇の四分力を利用して怪魔を操っているのだと確信した。

 縹色の三日月。それは、ピラーオルドのメンバーが怪魔を呼び出す時に見かける象形だ。ピラーオルドが怪魔を呼び出す方法は、実行する者によって細部が異なっていたが、人為的に怪魔を空間に出現させる際、縹色の三日月を具していたことが多い。

 その三日月形はいま、紀更のひたいに灯っている。そして同じように、ユルゲンのひたいには朱色のひし形が輝いていた。


「ユルゲン殿、それは、代々オリジーア王家の王が宿す輝紋です。なぜあなたが?」


 サンディが率先して尋ねるのを、サンディを護衛する騎士と操言士たちが固唾を呑んで見守っていた。


「王家と同じ輝紋……」

「なぜって訊かれてもな」


 紀更とユルゲンは、互いのひたいを見つめ合いながらしばし呆然とした。

 それぞれの前髪の下に輝く紋章は、心なしか少しずつ光度を増している。なぜ紀更が暗紋を、そしてなぜユルゲンが輝紋を、それぞれのひたいに輝かせているのだろう。


「反転……」


 紀更は間の抜けた声で呟いた。点と点がつながっていく。


「ユルゲンさん」

「ああ、そういうことだな」


 紀更とユルゲンは、同じ結論にたどり着いたことを確かめ合う。

 その時、二人のひたいの紋章が一段と激しく輝き始めた。


「なっ、なんだ、どうした!?」


 サンディの背後で成り行きを見守っていた騎士たちが慌てふためく。

 王家の護衛を任されている彼らは、王のひたいに浮かぶ輝紋を幾度となく見たことがある。だが、今の紀更とユルゲンのような、夜を照らすほどの強い光を放つところは初めて目にするものだった。


「王城……ユルゲンさん、行きましょう!」

「ああ」


 ユルゲンが腰をかがめ、紀更を横抱きにする。すっかりその移動方法に慣れた紀更は、おとなしくユルゲンの首に両腕を回した。


「紀更殿!」


 そんな紀更を、サンディはひときわ大きな声で呼び止めた。すると、紀更はユルゲンの腕の中からサンディを見つめて言った。


「サンディ王子はここにいて、決して王城には近付かないでください。あなたは死んではいけません。あなたが、次の王だから」

「え?」

「紀更、行くぞ」


 それ以上のサンディとの会話を待たず、ユルゲンは建物を出ると王城へとジャンプした。

 暗さが増す真夜中の空に、朱色と縹色の輝きが線を残していく。



     ◆◇◆◇◆



「あ、ひゃっいっ……! くぁっほぉぉほおぉ~!」

「全員、その者を止めなさい!」


 光の魂水晶を飲み込んだあと、突如姿を変えたニアックは奇声を発しながら玉座の間を飛び出した。そのニアックを追いかけながら、コリンは険しい声で叫ぶ。

 ライアンを救出しようと飛び込んだ彼の実姉、操言士イレーヌが殺され、そして当のライアンも意識混濁状態にされてしまい、玉座の間は恐怖と混乱が渦巻いていた。

 カギソが作り出した四方陣をコリンは再度破壊したが、もはやそれはピラーオルドにとって役目を終えており、馬龍もカギソもコリンには構わなかった。その代わり、ピラーオルドの男二人は怪魔を繰り返し呼び出し、玉座の間で怪魔殲滅にあたる騎士と操言士の体力と精神力を削り続けた。おかげで、城内の騒ぎは終息の兆しが見えない。


【光の縄よ!】

【風よ、威信をもって啼け!】


 王城の中を警備していた操言士たちが、怪しげな男を止めようと試みる。しかし操言の力はことごとく跳ね返されるようで、男には効かない。


「駄目だ! 操言の力が効かない!」

「騎士団、複数人でかかれ!」

「ひょぁっ、はぉ~!」


 奇声を発するニアックは、頭部だけが原型をとどめているのでかろうじて人だということはわかる。だが、その胴は丸く球体にふくれ、手足は異常に伸びて不自然な方向に関節が曲がり、人の形を失ってしまっている。もはや、誰も見たことがない奇怪な生物だった。


「来るぞ!」


 騎士が五人がかりで壁となり、城内の階段を転げ落ちてくる男を止めようとする。

 その騎士たちの壁に当たる寸前、ニアックは細く伸びた足で一度踏ん張ると、反動をつけて騎士たちの頭上を軽々と飛び越えた。


「ひぃんぁああ~!」


 そのまま、肉団子形態のニアックは王城の正面ホールに下り立った。


「んぁっ、あっ……――あ、あ、あー、あー?」


 正面ホールに佇む複数の人影に目を止めて、ニアックは首をぐにゃりと曲げる。外へとつながる正面扉を背にして待ち構えていたのは、七人の男女だった。


「ずいぶんと気味の悪い方ですね」

「王黎殿、こいつは?」


 ルーカスが引き気味に笑い、エリックは長剣を抜きながら表情を引き締める。


「ピラーオルドのリーダーの、ニアックとかいうお方じゃないですかね。ずいぶん人間離れしたお姿ですが、人間じゃなくなりかけていると聞いてますし」

「つまり、コイツをぶったたけばオレらの勝利ってことか?」


 ため息をつく王黎の隣ではアントニオが指の骨を鳴らし、最美は黙して王黎からの指示を待つ。


【由布子、何者も君を傷つけない、透明な君は誰よりも強く美しい】

「あら、イアン様ったら。気がお早いこと」


 操言士イアンはいち早く操言の力を使って己の言従士由布子を強化したので、その素早さに由布子は笑った。


【火炎、着火! 燃えよ暴流!】

「うああああ!」

「あちっ! あちいいぃ!」


 その時、肉団子形態のニアックが飛び下りてきた王城の中央階段の上から、巨大な炎の渦が正面ホールに流れ込んできた。階段の途中にいた騎士たちが巻き込まれ、火傷を負って叫び声を上げる。


「王黎! 闇神様はやらせん!」

「馬龍!」


 階段の上から下りてきたのは、ニアックを追いかけてきた長い三つ編みの男、馬龍だった。


【かわいい怪魔たち、さあ、みんなここへおいで!】


 馬龍の隣では、浅黒い肌の長身の男がニヤリと笑う。すると、正面ホールの中央上空に縹色の三日月型が浮かび、その三日月を割りながらあまたの怪魔たちが姿を現した。


「王黎殿! わたしたちはほかの者と連携して怪魔を殲滅する!」

「ピラーオルドの方は任せましたよ!」

【エリックさん、ルーカスくん、二人にすべての闇を払いのける光の加護を! ありがとう!】


 王黎は怪魔に立ち向かっていく二人の騎士に操言の加護を送った。


「王黎さん、我々も怪魔を相手にします。怪魔以外をどうぞお願いします」


 イアンも王黎に一声かけて、アントニオと共に最も巨大な怪魔ゲルーネに狙いを定める。

 オリジーアの王城内は、怪魔との激戦地へと変貌した。


「ふはははっ! 素晴らしい! ついに我らが闇神様が、光の四分力も手に入れられた! 人の領域を超え、神の領域へ! 光と闇の力を手にしたのだ!」


 階段の真下に立ち、長身の男は法悦に浸って高らかに笑った。


「カギソ、闇神様は自我を失っておられるように見えるが」

「心配はない。今はただ、光の四分力に慣れていないだけだ。それに、配合も等分ではないからね。やはり、すべての四分力を手に入れることこそ望ましい!」

「馬龍、それにカギソか」


 対面したピラーオルドの中心人物を、王黎は冷厳の目で睨んだ。


「キミたちを斃すのが、そちらの自称神様をどうにかするよりも先みたいだね」

「二対一で敵うと思うか? お前は相手の力量を見誤るような阿呆ではあるまい」


 馬龍が余裕の発言をしたその瞬間、正面ホールの天井に、昼間と見まがうような明るさを放つ光の球体が出現した。


「ピアアアア!」


 その光に照らされ、あちこちにいた怪魔たちが悲鳴を上げて動きを止める。その隙を見逃さず、エリックたち騎士は怪魔を屠っていく。


「二対一? いや、違うね」


 光球を作り出した人物が目に入り、王黎は不敵に笑った。


「ババアか!」


 馬龍が階段の上を慌てて見上げる。そこには、王城の間から追いかけてきた操言士団団長のコリンが、正面ホール全体を睨むようにして立っていた。


【光の神カオディリヒス、我今より其が力の一端を得て、我が言従士最美に最上、最良、最愛の加護を付与せん!】


 王黎は操言の力を使い、最美に加護を与える。最美は心得たとばかりにニジドリの姿に変化した。


【行け、最美! 馬龍の首を掻っ切れ!】


 王黎が叫ぶと最美は疾風のごとく滑空し、馬龍に向かって突き進んだ。器用にも嘴にナイフを咥え、一切の躊躇なく馬龍を狙う。


【羽ばたきは無意味! ここは無風、その加護は無効!】

【赤き炎、黒き炎、両者混じりて女を狙え!】


 馬龍は王黎を、カギソはコリンを相手に定めて操言の力を放つ。


【我が言従士最美は、我が加護によって飛空するもの! 風無き空間こそ幸いなれ!】

【絢爛たる輝き、内包するは連山たる土の峯、空気を喪失、炎は窒息】


 王黎は最美を加護し、コリンはカギソが放った炎を消し去る。

 操言士対操言士の戦いが繰り広げられる一方で、城内にいるほかの操言士や騎士たちも、怪魔殲滅のために戦闘を繰り広げていた。


「あっ……あ~……いるっ……いたっ!」


 そんな戦闘状況にニアックは目もくれず、何かに気が付くと高く跳躍した。


「いたよおおおおボクがああああ、ち、ち、力、手に入れた、からっ!」


 王城の正面ホールは、様々な客を荘厳に迎え入れるために天井が高く設計されている。はるか頭上に設置された天窓から採光し、きらびやかな陽の光を灯すのだ。

 その天窓まで飛び上がった肉団子姿のニアックは、力任せに天窓のガラスを割って王城の外に飛び出た。

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