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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第02話 消えた操言士と闇夜の襲撃
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7.襲撃(上)

「きゃっ!」

「紀更様!」


 最美は、レイトの村で怪魔キヴィネと遭遇した時と同じように、咄嗟の判断で紀更の頭を自分の胸の中に抱え込み、紀更を守ろうと紀更の身に覆いかぶさった。

 揺れと地鳴りは次第におさまり、紀更と最美は恐る恐る頭を上げて談話室の中を見回した。さいわい、談話室内や宿に損壊はないようだ。


「な、何? 地震でしょうか」


 紀更は呟く。最美は返事をせず、険しい表情を作った。


「最美! 紀更! 大丈夫かい!?」


 どたどたと階段を駆け下りる足音が聞こえ、王黎とエリック、ルーカスの三人がなだれ込むように談話室に入ってきた。


「王黎師匠……」

「紀更様、おけがはありませんね?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 整った麗しい顔にじっと見つめられて、紀更は恥ずかしくなり声が小さくなる。

 最美が紀更から離れると、二人はソファから立ち上がった。


「外に出るぞ。もし次も同じような揺れがきたら、建物の中は危ない」


 エリックが全員をうながした。同じことを考えたのか、ほかの客たちもぞろぞろと二階から下りてきて、そろって宿の外に出る。

 外はすっかり暗く、わずかな明灯器の灯りが建物の外にぼんやりと漏れ出している程度だ。近くにいる人の形くらいはかろうじて認識できるが、あたりがどうなっているのか詳しいことは視認できない。


「なんだ、地震か」

「それにしては揺れ方が変じゃなかったか」

「窓ガラスが割れちまった。片付けがめんどくさいったらないよ」

「おかーさーん。ねむいー」


 宿の隣に立ち並ぶ民家からも同じように住人たちが出てきて、何が起きたのかわからず、口々に不安を呟いている。だが負傷者はいないようだ。


「皆さん、無事のようですね」


 住人たちの無事に安堵し、ルーカスがほっと胸をなで下ろす。紀更も驚きはしたが大きな異常は起きていないらしいと思い、安心した。けれどもそれは一瞬で覆された。


「キャアァァァア!」

「誰か! 誰か来てえぇ!」


 東側を向いている宿から見て右手、街の南方から鋭い悲鳴が聞こえた。声の主は遠くにいるのか、その声はこだまのようにも聞こえたが、伝染するように様々な人の悲鳴が入り混じって増えてくる。


「イヤあああーー!」

「助けて! 助けてえええ!」

「ヒイイィ! 来るな! 来るな来るな!」

「みんな逃げろ!」

「だめ! 中に子供が!」

「火事よ! 誰か水を!」


 悲鳴、絶叫、助けを呼ぶ声。

 女性や子供だけでなく、男性の野太い声も響く。


「なんでしょう。エリックさん、行ってみますか」


 険しい表情のルーカスは、治安を守る騎士らしく、市民の悲鳴を無視できないようだった。しかし、ルーカスの問いにエリックは一瞬ためらってから首を横に振った。


「いや、危険があるなら近付かないでおこう」


 エリックはちらりと紀更を見る。

 いち騎士としては、街や市民の安全を守りたい。助けを請われているのなら駆けつけたい。だが、今のエリックとルーカスは紀更の護衛という任務の真っ最中だ。任務を与えられている以上、それを遂行する義務がある。すなわち、護衛対象の紀更を危険にさらすような真似はできない。それがたとえ、ラフーアに住む人々の助けを無視することと同義であってもだ。


「ですが、エリックさん」


 動こうとしないエリックに、ルーカスは焦りの表情を浮かべた。


「わかっている。何もしないとは言っていない。王黎殿」


 エリックはルーカスを制すると、王黎の方へ視線をやる。しかし、呼ばれた王黎は目を閉じてぶつぶつと小声で何かを呟き続けていた。


「あの、エリックさん。王黎師匠、外に出てからずっと、操言の力を使っているみたいなんです」


 もう一度呼びかけようと口を開きかけたエリックを止めたのは紀更だった。


「操言の力?」

「すみません、集中しているみたいなので、少し待ってください」


 紀更はエリックに小さく頭を下げた。

 この中で操言の力を持つ紀更だけが、王黎の凄まじさに気が付いていた。

 宿を出た王黎は、すぐに懐から小さな何かを取り出し、それを両手のひらで包み込むと、小声で言葉を紡ぎ始めたのだ。小さな声なのでなんと言っているのか聞き取れないが、王黎が発する操言の力が、地面に落ちない小雨のように彼の周りを取り巻いており、その数が徐々に増えているのが紀更にだけは見えるように感じていた。


(何をしているのかはわからない……けど、すごい……)


 これまでにも何度か見た、操言の力を使う王黎の姿。その中でも今が一番、王黎の力の強さを感じる。彼の力でこちらの肌が温かくなってくるような気がするほどだ。


「エリックさん、せめて騎士団本部に行きましょう。ラフーア騎士団に協力できることがあるかもしれません」


 どうしても動きたくてたまらないルーカスは、急かすようにエリックに進言した。だがエリックは首を縦には振らない。そうこうしているうちに王黎が操言の力を使い終わり、手の中にあった何かを最美に手渡した。


「最美、首に付けて。使い方はわかるね?」

「はい、我が君」


 最美は王黎から受け取ったそれ――親指の爪ほどの小さな赤い柘榴石を、首元のチョーカーにはめ込んだ。そのチョーカーはもともと、その柘榴石を身に着けるための装身具であるようだ。


「帰還指示を出すまで、上から頼んだよ」

「畏まりました」

「さあ、行け!」


 王黎が最美の肩をたたく。まるで激励だ。

 最美は集団から一歩離れるとぬらりとニジドリの姿になり、虹色の大きな翼をはためかせて夜の空へ上昇した。

 最美の一連の動きを見守っていた紀更は、驚きのあまり声を上げた。


「鳥になった……ええっ!?」

「紀更、落ち着いて。最美はニジドリのメヒュラなんだ」


 あんぐりと口を開けている紀更に、王黎は手短に説明する。それから王黎は最美に渡したのと同じ大きさの柘榴石を、何か小さな器具に装着した。そしてその器具を右耳にはめる。


「王黎殿、それは?」


 エリックが冷静な表情で王黎に問うた。


「通信用生活器、双声器(そうせいき)です。両者が持つ柘榴石を通して、互いの声を届け合います」

「離れていても声で連絡がとれるわけか。便利だな」

「残念ながら、僕と最美専用です。僕ら以外には聞こえないですよ……っ!」


 エリックに解説している間に、上空に飛んだ最美が街に起きている事態を把握したらしい。王黎の表情がみるみる変わり、焦りの色が濃くなった。


「怪魔です!」

「なんだって!?」

「カルーテが十五……クフヴェが三……ドサバトも三……それにキヴィネが一体!」

「そんなにですか!?」

「なんて量だ!」


 最美から届く報告内容を叫ぶ王黎に続き、エリックとルーカスが声を荒げた。


「街の南方……小麦畑を超えて民家を襲撃中!」

「エリックさん、行きましょう! 市民が危険です!」

「いや、行っては駄目だ」

「なんでですか! 悲鳴が聞こえないんですか! すでに襲われている人がいるかもしれないんですよ!」


 頑なに首を横に振るエリックに、ルーカスは苛立った。


「落ち着け! 我々が行って相手できる数ではない!」

「でも!」

「ルーカスくん、行くなら騎士団と操言支部会館だ。時間がもったいない、移動するよ。紀更も一緒においで」

「え、あっ、はい」


 王黎はそう言うと、ライアー通りに向かって北へ走り出した。そのうしろに紀更、エリック、ルーカスが続く。


「ルーカス、街に怪魔が出現し、しかもその数が多いとなれば、しっかりと陣形を組まねばならない」

「でも……」

「わかっている。おそらく被害はすでに出ているだろう。だが、さらなる被害を防ぐためにも、確実に怪魔を殲滅できるメンバーで挑むんだ」


 言葉で返事はしなかったが、ルーカスはエリックの言うことに納得したのか、それ以上エリックを急き立てることはなく足を速めた。そうして四人はライアー通りに出た。

 操言支部会館の表では、すでにラフーア操言支部の支部長ゴンタス・ビロカミールが仁王立ちしており、集まってきた操言士に怒声を浴びせていた。


「まだか! 非番の者も呼んでこい!」

「ゴンタス支部長、通常陣形を組める人数がそろっていればいい。とにかく早く第一陣を向かわせたい」

「わかっとる! あと一人じゃ!」


 青ざめた表情で落ち着きなく怒鳴るゴンタスとは対照的に、どっしりと構えて落ち着いているラフーア騎士団の総隊長は、その名を十兵衛といった。

 ライアー通りには十名の騎士が二列で整列しており、おそらくそれが第一陣なのだろう。

 ゴンタスに怒鳴られながら四名の操言士がその列に加わると、十兵衛は先頭の騎士に向かって手を上げ、出発の合図を送った。


「十兵衛総隊長」

「ああ、エリック。そちらも気付いたか」


 エリックが人をかき分けて、十兵衛に近付く。


「街の南に怪魔が出現しました」

「そのようだな。種類と数はまだ不明だが」


 エリックはちらりと王黎をうかがう。王黎はゴンタスに詰め寄っているところだった。


「連れの操言士と言従士が、上空から確認しました。カルーテ十五、クフヴェ三、ドサバトも三、それからキヴィネが一体です」

「多いな。確かなのか」

「間違いないかと」


 エリックが情報提供をすると、十兵衛は低くのっしりとした声でため息をついた。


「そんな数の怪魔が都市部に入り込むなど、経験がない」

「先ほどの十四名では、おそらく撃退しきれません。第二陣も同じ数がいるのですか」

「操言士がそろえば、第一陣とほぼ同戦力の第二陣が組める。だが南にばかり手をかけられん。緊急事態だ。街全体の警戒をしなければ」


 十兵衛は騎士団本部の建物を見上げた。そこに常駐している騎士たちのほか、今は初期訓練中の見習い騎士たちが三十名ほどいる。彼らをほぼ等間隔に、街と街の外であるフィールドとの境界線に配置して警戒態勢をとりたいところだが、それも難しいだろう。なにせ訓練中の見習いたちなのだ。万が一怪魔に遭遇した際に、適切な判断と戦闘はまだできない。へたをすると犬死にさせてしまうだろう。せめて二人一組で居住地を巡回させて、この混乱に乗じた野盗等による窃盗を阻止するのが関の山だ。


「街の南エリア以外に怪魔は出ていませんか」

「今のところ報告は南だけだ。数がわかったので注ぐべき戦力が計算できる。助かった」


 十兵衛はエリックに短く礼を述べると、部下をつかまえて指示を出した。

 一方、ゴンタスに詰め寄った王黎は険しい目でゴンタスを睨んでいた。


「ゴンタス支部長、南に出た怪魔の種類と数は以上です。早く騎士団と共に現場へ向かってください」

「わ、儂に行けと言うか! 行けるか馬鹿者! 怪魔との戦闘なんて、そんな危険な……しっ、支部長たるもの、ここで、部下へ、指示を……」


 ゴンタスは唾を飛ばしながら怒気を含んだ声を上げる。だが自分が怪魔と戦うところを想像して怖気付いたらしく、最後はごにょごにょと言葉を濁した。

 王黎はカッと目を見開いて、そんなゴンタスを睨みつけた。

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