4.命令(上)
彼の言うことには一貫性がない。つぎはぎのようだ。
初代操言士に対する思い――愛したいのか、愛されたいのか。
四分力に対する思い――手に入れて、どうしたいのか。
初代操言士への恋情と四分力への欲望が結び付かない。
「あなたは何がしたいの? 初代言従士に逢いたかったの? 力を手に入れたかったの? あなたの心が本当に求めていることは何なの」
ニアックは首をゆっくりと左右交互に振り曲げた。紀更の問いの答えを考えているようにも見えるし、なぜ紀更がそんな当たり前のことを質問するのか理解できないと表現しているようにも見える。
「キ、キミを……愛し、てる……だから、キミのた、め……力、手に入れる」
「力を手に入れてどうするの?」
闇の四分力――想像力。
光の四分力――具現力。
神様のその力を使って、彼はいったい何がしたいのだろう。
「それが、愛する人のためになるの?」
「な、なる……愛……え」
ニアックは喋り方だけでなく思考回路も覚束なくなってきたようで、反応がにぶい。自分の口から出る自分の意思を示す言葉を理解できていないようだ。
すると、そんなニアックを鼓舞するようにカギソが声高に叫んだ。
「闇神様! 四分力をすべて手に入れてあなたが神となる! 光と闇! この世界を創造した偉大な神に! その先に、あなたの望む世界がある! あなたが新たな世界の柱となり、あなたが望んだとおりの、あなたが愛される世界を創るのです!」
「そ、そう……世界の、柱……キミ、が……ボクを……愛する……っ!」
ニアックは興奮し、一歩きで紀更に近付いた。
紀更は後退って逃げたかったが、腕をカギソに掴まれたままなので動けない。
ニアックは鼻と鼻がふれるほどの至近距離に顔を近付け、ニヤりと笑った。
「キミ、の……光の四、分力……ボクに、ちょーだい?」
「いっ……イヤ!」
恐怖で身を縮こまらせる紀更の左胸を、ニアックの土色の手が加減なしに掴んだ。紀更にとっては痛みしか伴わない手付きだったが、ニアックはだらしなく口を開けて、無我夢中で紀更の胸を揉みしだく。やわい女の胸の感触に、性的興奮を覚えているようだった。
「やめてっ! イヤっ!」
(くはっ……いい……イイ! 最高だ!)
カギソはほくそ笑んで紀更を見下ろした。カギソが求めていた、恐怖で紀更の魂を支配して穢すという最高のショーが始まる。カギソは何度かレプティトゥイールスを行って生き永らえてきたが、穢されることに怯える女の表情はいまだに見飽きることがない。
(ニアック……!)
紀更は、不自然に細く縦長になったニアックの瞳孔を見つめる。
【私にさわらないでっ!!】
そして、高密度に凝縮された拒絶の感情を全身から放出するように叫んだ。
◆◇◆◇◆
【灼熱の火炎、凝固した氷柱を包囲! 固体は液体へ融解せよ!】
王黎はまず、全員の移動の妨げになっている、空間内に馬龍が設置した逆円錐形の十本の氷柱を炎でとかした。それから、間髪を容れずにエリックとルーカスに操言の加護を飛ばす。
【清らかなる純白の輝きよ、邪なる悪を滅し屠る神気となりて、彼の者に聖なる力を授け給え!】
「王黎殿、ありがとうございます!」
構えた長剣が淡く光り、操言の加護が宿ったことを感じると、ルーカスは果敢に怪魔クフヴェに切り込んだ。同じように、エリックもドサバトに向かっていく。
「最美、キヴィネとゲルーネを引きつけろ! エリックさん、ルーカスくん、前方右手のドアへ! 全部を相手せずに逃げましょう!」
ニジドリの姿になった最美が、怪魔キヴィネとゲルーネの視界をちょこまかと飛び回る。キヴィネとゲルーネはすばしっこく動く最美に気を取られ、なんとか最美をたたき落とそうと攻撃を向けてきた。
「かは~」
怪魔ニドミーが怪しげな息を吐く。まるでキヴィネとゲルーネに怒っているようだ。
【怪魔ニドミー、細い身体は光の縄に縛られ、口には赤き水がたゆたい、まとわりつく!】
ニドミーがほかの怪魔を操作することを封じるために、王黎はニドミーに直接攻撃をした。外見は人のようだが、その正体が怪魔とわかれば直接的な身体攻撃にためらいはない。
「ん~!」
ニドミーの口の中と顔の周りに、王黎が操言の力で作り出した赤い水がまとわりついた。これが人間ならしばらく経てば溺死、あるいは窒息死するだろうが、ニドミーはそう簡単に死なないかもしれない。
(ニドミーについてはわからないことばかりだ。でも、構ってる暇はない!)
「王黎殿、行くぞ!」
攻防を繰り返しながら前方のドアにたどり着いたエリックが叫ぶ。
「最美! 来い!」
王黎は最美を呼んだ。最美はニジドリの姿のまま、王黎のあとを追いかけて飛ぶ。
キヴィネとゲルーネ、それにニドミーを残して、四人は紅雷たちが出ていった右手の扉へと脱出した。
【汝、侵入者を防ぐ堅牢なる鉄の防人よ。不浄の者たちを永久に閉じ込めよ】
王黎は閉じた扉に、操言の力で施錠する。
「全員、無事ですかね」
細い通路に立つ騎士二人と、人型に戻った最美を見回して王黎は尋ねた。無事は無事だが、エリックとルーカスはところどころ軽傷を負っている。
「回復の加護、要ります?」
「いや、平気だ」
「それよりも、紀更殿を探さないと」
ルーカスは細い通路を少し歩き、通路の先に多くの十字路があることに気付く。
「迷路みたいですね。わかりやすい一本道ではないようです」
「やみくもに進むのは危険か」
「任せてください。なんとかします」
王黎は目を閉じて集中すると、紀更の操言の力の波動がどこかにないか探るために感覚を研ぎ澄ませた。
◆◇◆◇◆
「ぐはっ!」
操言の力を使った紀更の身体の周囲に、朱色の光が湯気のようにゆらめいた。そして次の瞬間、カギソもニアックも、少し離れた場所にいた馬龍も弾き飛ばされた。先ほど床に倒された紀更と同じように、それぞれの身体が転がって床にこすれる。
「このっ……小娘!」
真っ先に立ち上がって怒りをあらわにしたのは馬龍だった。
「操言の力、使えぬようにしてやる!」
馬龍は右手をかざすと紀更に向けた。そこに操言の力の波動を込めて、小声で言葉を紡ぎ始める。
「やめろ、馬龍! 闇神様が四分力を奪うまでは何もするな!」
そんな馬龍をカギソは大声で呼び止めた。
馬龍はカギソを睨んだが、逡巡してから右腕を下ろし、紀更への攻撃を中止する。
「ど、して」
よろよろとニアックが立ち上がり、両腕をだらりと垂らして紀更を見つめた。
「ボク……ボクに……冷たい……力、ない」
「そうよ。私はあなたのことなんか絶対に愛さない。神様の力は、あなたにはあげない」
だらしなく口を開けているニアックに、紀更は静かな声で告げた。恐怖で冷えていたその瞳には熱さが戻っている。紀更は、背中の方に心強い味方の気配を感じていた。
(来る……もう少しで)
強い味方、絶対の味方。操言士を決して一人にさせない、心強いパートナー。
ニアックたちに対する恐怖は消えない。けれど、一人じゃなければ――誰かがいてくれれば、きっと怖くても立ち向かえる。
「ピラーオルド、あなたたちはオリジーアの敵だから。操言士として、あなたたちの存在を許すわけにはいきません」
「ははっ! お言葉だがね、紀更くん! 君に許される必要などないのだよ! それに我らの多くは元オリジーアの操言士だ! なぜ我らがオリジーアを裏切るにいたったか、考えたことはあるかね!?」
「あるわ。そのうえで、私はあなたたちを許さない。あなたたちの過去に何があり、どんな遺恨を抱えていようと、いまオリジーアで生きる人々を傷つけていい理由にはならないんだから!」
「小娘! お前に何がわかる!」
紀更のわかりきったような言い様に、冷静な馬龍の頭に血が上った。
「我らの闇を、苦しみを、憎しみを……小娘ごときが断罪できると思うな!」
「紀更様っ!」
「紀更!」
馬龍が再び攻撃の構えをしたその瞬間、玉座の間の扉が開いて紅雷とマークが紀更に駆け寄った。
「紅雷、マーク」
紀更の左右に立った言従士の二人を、紀更は静かに呼んだ。
「紀更様、どうしますか!? どうすればいい!?」
紅雷が、ばらばらに立っている三人の男を睨みつけながら指示を仰ぐ。マークも同様に、三人の男を観察した。
「紀更、こいつらがピラーオルドか」
「幹部のカギソ、馬龍。そして、ピラーオルドのリーダー、ニアックよ」
「つまり全員、紀更の敵だな?」
今にも飛び出していきそうなほど、マークはたかぶった。
己が主である操言士に仇名す者。我が主の行く手を阻む者。目の前の敵に対してどうすべきか、ただ一人の命を待つ。
「紅雷、マーク。お願い、全員倒して! 行きなさい!」
紀更は覚悟を決めて、紅雷とマークにピラーオルドへの攻撃を命じた。
◆◇◆◇◆
「陽が!」
ヒノウエ集落で西の方角、サーディアの王都イェノームの方を見つめていたステファニーは、ひたいに冷たさを感じて思わず声を上げていた。
「女王? いかがされました?」
傍に控えていた女性騎士のケイトが訝しげに尋ねる。
「太陽がおかしい」
「太陽? また、光の神様カオディリヒスのお導きですか」
「いや」
そうではない。この違和感は、カオディリヒスが何かをステファニーに伝えたいわけではない。
(カオディリヒス、どうされるおつもりだ)
唯一、人の手に渡らなかった光の四分力。カオディリヒスの最後の力。それを持って、カオディリヒスは天に昇り太陽となった。人が手出しできぬ場所で、ただこの世界を見下ろし続けてきた。
(それが終わる?)
夏の昼間は長い。太陽が西の地平線へ沈むまで、まだしばらく時間はある。
夜がきて、そしてまた朝がくる。当たり前に紡がれる日々のサイクル。
(夜明けは、果たして不変だろうか)
明けない夜はない。朝は必ずくる。どんな夜が過ぎようとも、大地を照らす太陽は必ず昇る。誰もそのことを疑いもしない。この世界を創ったのは光と闇、その両方なのに。
人々は忘れている。闇もこの世界の一部であることを――。
◆◇◆◇◆
【紅雷、マーク、二人の言従士の身体は硬く、我が操言の力にて護られる!】
紀更から操言の力の加護をもらったミズイヌ型の紅雷が馬龍へ、そしてハネウマ型になったマークがカギソへと向かっていく。
【紅雷、我が言従士の爪は光の力を宿し、ふれる者を鋭利に切り裂く!】
「ハァッ!」
前脚に出現した鉤爪。紅雷はそれを馬龍に向かって振り上げた。
【マーク、我が言従士の脚は光の力を宿し、ふれる者を容赦なく砕き破壊する!】
「しゃっ!」
カギソに向かうマークは、ハネウマの後脚でカギソを蹴り上げようとする。しかし馬龍もカギソも、それぞれ操言の力で盾を出現させ、二人の攻撃を防いだ。
【行きなさい、紅雷、マーク。あなたたちは私の剣、私の盾、私の望むとおりに敵を倒しなさい】
紀更は言従士の二人を援護する。二人が勝てるところをイメージしながら。
人を傷つけるなんて――そうためらっていた青い自分とはさようならだ。自分の手を汚すことなく自分の言従士に人を傷つけさせるなんて――そう戸惑いっていた自分ともしばらくお別れだ。今はただ、目の前の二人を倒してニアックから四分力を取り戻したい。
【紅雷、マーク、あなたたちは私の言従士よ。あなたたちの操言士である私のために、敵を倒しなさい。どんなに盾で防がれようとも、それを粉砕しなさい!】
「このっ! 邪魔だからっ!」
「逃げるな! クソジジィ!」
馬龍の盾を、紅雷は力の限り前脚の鉤爪で引き裂きにかかる。
後退って距離をとろうとするカギソを、マークは追いかける。
二人の身体には、紀更から送られてくる操言の力があたたかくみなぎっていた。
この世界でたった一人の自分の操言士に名前を呼ばれて、頼られて使われる。言従士として認められて求められて、自分の力が必要とされる。その信頼関係と高揚感で、紅雷もマークも胸が熱くなった。
「くっ……おとなしくしてろ、イヌ風情が!」
馬龍は紅雷を睨んだ。
【犬の四足、それは鉛のように重く、二度と地から離れはしない!】
「なっ!」
紅雷は、自分の身体が急激に重たくなるのを感じた。馬龍の操言の力の攻撃を受けて、足を動かせない。




