2.地下(上)
「本当に扉があるのでしょうか」
紀更は呟く。王城を囲う城壁は石を積み上げたものだ。扉があるとすれば一目でわかるだろう。
「祈聖石のように擬態させているのかもしれませんわね。ピラーオルドの幹部の多くは、元オリジーアの操言士ですから」
最美が答える。
(怪魔避けのために作られた祈聖石……そういえば)
紀更はあることを思い出して、マークに話しかけた。
「ねえ、マーク。パーヴァルの里長のニルケさんが言ってたわよね。外へ出る時に祈聖石を身に着けなかったのか、って。セカンディアでは、祈聖石は身に着けるものなの?」
「里の外に行く時はな。普段は、里の中にいる操言士が持ってる。漁や採集で外に行く時は、持ち出し用の小さな祈聖石を借りていくんだ」
「オリジーアにはない方法だね」
マークが答えると、ルーカスが相槌を打った。
「ねえ、紀更様。オリジーアとセカンディアは戦争をしてたし、仲良くないんでしょ? でも、祈聖石っていう同じものがあるの。不思議ですね」
「そういえば」
「それを言うなら、祈聖石以外もそうだな」
エリックが暇つぶしの会話に乗ってくる。
「操言士の存在、騎士の存在、都市部、王都、王家。国は違えども、国を成す基本的な仕組みや政治形態、それに生活様式や文化なども、オリジーアとセカンディアでは似ているな。それにどうやら、フォスニアもそう驚くほど違ってはいないようだ」
「ここに潜入している〝騎士たち〟って、優大王子はおっしゃってましたもんね。フォスニアにも騎士の組織があるってことですよね」
「確かに」
ルーカスの弁に、紀更は頷いた。
「オリジーアは大陸の中で一番大きな国で人口も多いから、三公団という組織ができた。フォスニアの人口はそれほど多くないはずだが、人口が増えればオリジーアと同じような組織を作り始めるかもしれないな」
「そう考えると不思議ですね。オリジーアのレバ王とセカンディアのダニエラ女王は、夫婦だったのに違う国を作った。でも、共通点の多いふたつの国……。似ているのに違う国を、どうして二人は作ったのでしょうか。二人でひとつの国を作ることはできなかったのでしょうか」
紀更が呟くと、ユルゲンが静かに自分の考えを述べた。
「四分力を守るためだったんじゃないか」
「守る?」
紀更は首をかしげた。
「各王家の初代さんたちは神様からもらった力を使って国を作った、と言われているが、そのわりにはどの国の王も女王も、操言士みたいに不思議なことはできない。せいぜい操言の力を持つ赤ん坊を言い当てたり、ひたいに輝紋だの暗紋だのを光らせたりするだけだろ。王様たち自身にできることは少ない。けど、四分力を宿し継承する王家が、それぞれ別の国の柱として続いているおかげで、ピラーオルドは別々に四分力を狙わなきゃいけなくなっている」
「神様は四分力が奪われることを想定して、わざと別々の人に……別々の王家に四分力を授けた……いえ、預けたということですか」
ふいに紀更は、胸の奥にざわりとした感触を覚えた。
「どういう経緯で神様が始祖たちに四分力を授けたのかはわからん。でもベラックスディーオ、シューリトン、ナズダール……離れた場所にあるそれぞれの国の王都に王家がいることで、四分力は一度に奪われずにすんでる。こういう事態を見越して予防線を張ったんじゃねぇの」
「それなら、レバ王とダニエラ女王が離れて暮らした理由にもなりますね。同じ場所にいて同時に奪われるよりも、離れた場所でそれぞれ生きた方が四分力を奪われる危険性は低くなるでしょうから」
ルーカスがふんふんと頷く。
「四分力は、人の手にあってはいけないと思います。神様の力なんてそんな大それたもの、人が持ってちゃいけないんです」
紀更はどこか苦しそうに呟いた。
確かに、「神様の力を使って国を作った」と言われてはいるが、オリジーア王家もセカンディア王家も、肝心のその力で具体的に何をしたのかは不明だ。ユルゲンの言うとおり、王家が四分力そのもので成し遂げたことは、実はそんなにないのかもしれない。
一方で、四分力を手にしたピラーオルドがしたことを考えると、人間が神様の力を使ってもろくな成果にはならないと思われる。それに、神様の力が原因で人と人が争い傷つくならば、その力はやはり、人が所持していいものではないのだ。
「僕もそう思うね。人は人の領分で、神様は神様の領分で住み分けた方がいい」
「ひぁっ!」
誰もいないはずの空間から突然声がして、紀更は驚いて声を上げた。しかしすぐに自分の口を押さえ、それ以上の悲鳴を出さないように腐心する。二度三度呼吸をしてから、紀更は現れた姿にため息をついた。
「王黎師匠、喋るなら姿を見せてからにしてください」
「あははっ、ごめんね」
「見つかったのか」
「うん、ばっちり。いま、スラヴェナさんとターニャさんが擬態を解こうと頑張ってるよ。行こうか」
王黎の案内で、一行は北側の城壁の最西端に向かって歩き出した。
◆◇◆◇◆
「ねえ、あの三人を残してきてよかったの? あたしたちの方が闇神様についていた方がいいんじゃないの」
ヨルラの里を見下ろす山肌の一角に座るアンジャリは、隣に立つアーサーを見上げた。季節は夏だが、山に吹く風は少しだけ冷たい。
「闇神様の指示だ。従う以外の選択肢はない」
「でも、闇神様のもとにライオスとカギソを残すなんて」
「どちらも極端だが、闇神様の命令には従うだろう。それに、馬龍もいる」
「えぇ~。ライオスのおじさん、闇神様の言うことにちゃんと従うかなあ? 紀更ちゃんの護衛の傭兵……なんだっけ、ユルゲンだっけ。その人に斬られて結構恨みを持ってんでしょー。馬鹿正直に突進していきそうだけど」
アンジャリを挟んで反対側に座っている奈月は、自分の髪の毛先をくるくると指でつまみながら言った。
「紀更ちゃん、無事に闇神様のところに行ったかなあ」
「奈月は特別な操言士のことが気に入ったみたいね」
「歳が近いからかなー。あ、最後に普通に生きていた頃の年齢が、だけど。なんか親近感が湧くんだよね。あたしと同じように操言士団を憎んでくれていたらよかったのになー」
アーサーは黙して、アンジャリと奈月の会話を右から左へ聞き流している。
「結局さー、闇の子ってどっちなの? あの師匠と紀更ちゃん、どっちが闇の四分力を持ってるわけ? 改具月石は反応したんだから、どっちかが持ってるってことで間違いないんだよね? っていうか、どうして闇の子が大人なの。赤ん坊じゃなかったの。わっけわかんない! カギソのおじさんが改具月石で紀更ちゃんを調べればよかったのに!」
「闇神様ですら迷われたのよ。あたしたちにはわからないわ。でも、その二人が闇神様の御前に行けばはっきりする。そして、闇神様が最後の闇の四分力を手に入れるわ。こんなふざけた世界のゆがんだ柱は……今の世界の在り様はもう終わりよ」
「そのためにも、闇だけじゃなくて光の四分力も手に入れよー、ってことなんだけど」
奈月は目を細めてヨルラの里の方角を見つめた。
「ねえ、どうするの。ここから二手に分かれてオリジーアとセカンディアの両方を攻めるつもりだったけど、オリジーアの方が想像以上に手こずりそうじゃない? それに、セカンディアの女王様も馬鹿じゃないし」
「そうだな」
アーサーは考え込んでいるようで、腕を組んでいる。
「二兎を追う者は一兎をも得ず、なんて事態はヤなんですけどー。アーサーのおじさん、なんかいい考えないのー。今の時代のオリジーアのことならだいたいわかるんでしょ」
考えることが苦手な奈月は、戦略を立てることはしない。概ねいつも、アーサーかカギソの指示に従うだけだ。
奈月ほど考えることが苦手なわけではないアンジャリは、アーサーに提案した。
「アーサー一人がセカンディアに攻め入って、あたしと奈月がオリジーアの方に行くのはどうかしら。アーサーはオリジーア内では顔が割れてるし、万が一見つかると面倒だわ」
「いいんじゃない? あたしとアンジャリさんなら、あたしたちを知る人はもう生きてないしね」
奈月は歯を見せて愉快に笑った。
「いや、ベラックスディーオには俺とアンジャリで行こう。奈月はセカンディアを攻めなくていいが、もうしばらくこのあたりで怪魔を暴れさせておくんだ」
「えぇ~。何それ」
アーサーが出した案を不満に思い、奈月は笑顔から一瞬でむくれた表情になった。そんな奈月に構わずに、アーサーは淡々と続ける。
「今夜には闇神様が、イェノームから北部拠点へ移動するだろう。明日にはベラックスディーオにたどり着く。カギソかライオス、あるいは馬龍が従うとしても王都の守りは固い。西と南、二方向から攻めた方がいいだろう」
「アーサーさんとアンジャリさんが南から攻めるってこと?」
「そうだ。俺なら、操言士団の出方を予測できる」
「あーはいはい。今の操言士団の団長さんは、アーサーさんのオカーサンでしたっけ。そりゃわかるか。でも、アーサーさん」
奈月は昏い瞳でアーサーを見上げた。




