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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第17話 メヒュラの操言士と宣戦布告

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8.覚悟(上)

 カルディッシュ操言支部には見張り以外のすべての操言士が集められ、支部長タクトの話に耳をかたむけていた。


「オリジーアへの侵攻が始まった。侵攻母体はサーディアと言われているが、実態はピラーオルドという組織だ。カルディッシュはサーディア方面から離れているので、戦場になることはないと思われる。だからこそ、僕らにはより重要なことがある。ここにある資料の死守と、いま起きている出来事を様々な角度から見て綴り、後世に伝えることだ」


 過去に何が起きたのか詳細を知る術が少ないことを常日頃嘆いている多くの歴解派操言士たちは、ごくりと唾を飲み込んだ。今の自分たちは、「過去を継ぐ」という立場ではない。「やがて過去となる現在の出来事」を次の世代へ伝え、受け渡す立場になっているのだ。未来を生きる者が、子孫たちが、いまこの瞬間に起きている出来事を詳細に、そして正確に把握できるかどうかは今の自分たちの働きにかかっている。


「もちろん、戦闘と無縁でいられるわけではないだろうからいつも以上に守りには気を遣おう。そのうえで、守護部の操言士は何人か、王都に行ってもらう。カルディッシュの防衛は、守護部以外の操言士と騎士たちで行うんだ。いいかい、これは大きな歴史の変わり目だ。その節目に立ち合っている重みをそれぞれが感じて無駄にしないでくれ」

「王都へ行ってもらう守護部の操言士を伝えます。名前を呼ばれた者は明日、日の出とともに騎士の護衛を伴って王都へ向かってください」


 タクトの横にいたエレノアは、守護部の操言士たちの名前を呼び上げ始めた。



     ◆◇◆◇◆



「婆さん、無理すんなよ」


 メリフォース城下町に出現したすべての怪魔を斃し、ようやく落ち着けたのは日が暮れてしばらく経った頃だった。だが夜になったことで、怪魔の活動はこれからもっと本格的になるはずだ。都市部内の怪魔はすべて斃したとはいえ、まったく気が抜けない。

 メリフォース操言支部の一階にある椅子に座らせた稲美子にゆっくりと水を飲ませながら、道貴はため息をついた。


「我が師よ……無事に行ったかぇ?」

「婆さんの師匠はとっくの昔に死んだよ」

「いいや! あれは我が師じゃ!」

「あれって誰のことだよ」

「偉大な操言士! これから歴史に名を残す操言士じゃ!」

「そりゃあ、操言士鳳山の名前は知る人ぞ知るがな。その名はもう歴史の一部になってるんだよ、婆さん」


 道貴はそこまで言ってふと思う。「歴史」というものの重みを理解している者は、これまでにどれだけいただろうか。そしていま、どれだけいるだろうか。過去を知ること、過去に学ぶことが次の未来を作るのだとそう思える人がこれから先、増えていくだろうか。


(いま生きている人間も、これから先の歴史に名を残していくんだな)


 たとえば今回の怪魔大量襲撃事件や、サーディアからの侵攻という史上初の事態に直面した国王ライアンやコリン。国のトップに君臨する者たちの名は確実に歴史に残るだろう。どんな意味と評価で残るかは未知数だが。


「道貴」


 稲美子の世話を焼いていた道貴の背後に、メリフォース操言支部の支部長オマールが声をかけた。


「王都が、各地から守護部の操言士を集めている。サーディア……いや、ピラーオルドの目的はどうやら王都らしい」

「王都ってより王家だろ、狙いは。んで、オレ様も王都に行けってか」

「いや、メリフォースの操言士はひとまず全員、現状維持だ」

「つまり、イスコ山地から怪魔がまだ来るかもしれないから、片っ端から殲滅しろってことか」

「できればヒソンファ、アルソーで怪魔は食い止めたい。そこから北部のポーレンヌまで怪魔が到達してしまったら、王都は目の前だ」

「抑えきれるかねえ。怪魔は人間と違って疲れないし、無限に湧いて出てくる。かたや人間は疲れもするし、食料も必要だ」

「物資に関しては、豊穣の村エイルーや日向の街ノーウェから手配される。我々はこのあたりの戦線を少しでも王都に近付けないように、誰よりも耐えるのが使命だ」

「ハッ!」


 オマールの話が耳に入ったのか、突如稲美子が鼻を鳴らして叫んだ。


「いくらでも来るがいい! やってみせようぞ! 我ら操言士は国と民を守る者! そがさだめを受け入れし、心強き者たちじゃ!」

「婆さん、落ち着けって」

「オリジーアの操言士の意地と根性、最後まで見せてやるわぃ!」


 なぜ稲美子が、こんなにも活力あふれる戦意高揚状態になってしまったのか。その原因はわからないが、道貴も稲美子と同じ思いを胸中に抱いていた。



     ◆◇◆◇◆



「優大王子、私たちの知っているピラーオルドのことをお話しします。南部拠点攻略と、セカンディアのステファニー女王との連携に役立ててください」


 紀更は優大と、それからしばらく別行動していた王黎たちにも聞かせるように、カギソやアーサーから聞いた話を語った。


「ピラーオルドには六人の幹部がいます。切れ者の馬龍さん、女性のアンジャリさん、タテガミライオンのメヒュラのライオスさん、私と同じくらいの若い女性の奈月さん、大柄な男性のアーサーさん、色黒でおしゃべりなカギソです。メヒュラのライオスさん以外は、元オリジーアの操言士だそうです。ライオスさんはかつては言従士だったそうですが、なぜか操言の力が使えます。それと、アーサーさん以外は全員、レプティトゥイールスという術で長生きしている人たちです」

「れぷ、いーる? なんですって?」


 聞き取れなかった優大は尋ねた。


「レプティトゥイールス。レプティをする、とも言うそうです。ピラーオルドが闇の四分力で可能にした術で、肉体から魂を抜いて、その魂を魂のない別の肉体に入れることで、不老不死となることができるんです」

「これはまた馬鹿げた話だな」


 レプティトゥイールスの話が初耳だったエリックは、深いため息をついた。本当にピラーオルドは、こちらの想像を超えたことをしでかしてくれる。


「馬龍さん、アンジャリさん、カギソの三人がオリジーアの操言士団を裏切ってピラーオルドに加わったのは、百年以上前のことだそうです」

「つまり、その三人は特に古株。要注意人物というわけですね」


 優大が言うと、王黎が付け足した。


「馬龍は、操言士としては相当の使い手です。それに、危機に瀕している仲間の救援よりも目的達成を優先する非道な決断をすることにためらいがありません。アンジャリは馬龍ほどではないですが、それでも戦い慣れた操言士という感じです。カギソはどうだい?」


 王黎がちらっとユルゲンの方に視線を向ける。それに気が付いて、ユルゲンは淡々と答えた。


「カギソは……そうだな、狂人だな。アタマがおかしい。俺たちが自然にしているような常識的で正常な思考は、基本的にしていないと思った方がいい。訊いてもいないことをべらべら喋ってくれるから情報収集にはなったが、よっぽど核心的な話でなければ、カギソの言うことは真面目に聞かない方がいい。それと、馬龍とは別の意味で非道な手段を平気でとれる奴だ。そのおかしなアタマで、狂気じみた道を迷わず選んで進んでくる」


 カギソについてユルゲンが話している間、紀更の表情は怒りで強張っていた。

 本人は無意識なのだろうが、紀更はピラーオルドの幹部のうちカギソだけを呼び捨てにする。それだけ、ユルゲンたちが駆けつける前にカギソにされた「心をのぞかれる」という行為が許せなかった。


「ピラーオルドのリーダーは自らを闇神様と名乗っています。ピラーオルドの幹部はそれぞれに目的があるようですが、共通するのはオリジーアへの恨み、復讐だと思われます」

「復讐?」

「ピラーオルドの幹部は、それぞれの過去に操言士団や平和民団など、オリジーアの組織を恨むような出来事があったみたいなんです。それが原因で国を裏切り、ピラーオルドに加わったようです。四分力をすべて集めるという闇神様の目的を達成すれば、自分たちが恨むオリジーアへ復讐できる……そんな風に考えて動いていると思われます」

「紀更殿はピラーオルドの幹部たちから、彼らの話を直接聞いたのですか」

「そうです」


 優大に尋ねられて、紀更は頷いた。


「馬龍さん、アンジャリさん、ライオスさん……時間は短かったですが、彼らとも話しました。奈月さんもアーサーさんもカギソも……あっ、全員ですね」


 思い返してみて、紀更ははっとした。なんだかんだ、紀更だけはピラーオルドの幹部全員と言葉を交わしている。

 操言士団を恨んでいる奈月、平和民団を憎んでいるアーサー。もし闇神様がすべての四分力を手に入れてオリジーアを壊滅させたとして、果たしてその先に、彼らの平安はあるのだろうか。復讐達成こそが、彼らの本当の幸せだろうか。彼らが望む「新たな世界の柱」ができたとして、それは今のこの世界と違って彼らに幸福をもたらすのだろうか。

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