7.進路(下)
「優大王子、これは僕の推測なのですが、怪魔は普通の生物とは逆で、魂に肉の器が入った生物ではないでしょうか」
王黎が怪魔について語り出す。それはカルディッシュでエレノアが考えてくれたことだ。優大はしばらく黙って王黎の話に聞き入った。
「ピラーオルドの持つ闇の四分力によって、まず魂が作り出されます。素体と呼ぶその魂に、強制的に生物の肉を入れ込むんです。そうしてできあがった怪魔は普通の生物ではないですから、捕食によるエネルギー摂取や休息、生殖行為といった活動を必要としません。人の魂に宿っている操言の力で怪魔が斃せるのは、怪魔の外側が魂だからです」
「おっしゃるとおりだと思います」
優大は頷いた。
紀更は、始海の塔でラルーカと怪魔について対話した時のことを思い出す。あの時は情報量の多さについていけず、頭がいっぱいいっぱいだった。けれど今は、王黎の語る内容がすとんと理解できた。
「イスコ村の南部拠点は、兵士を送り込むための拠点ではありません。そこで怪魔を作り出し、オリジーアとセカンディアへ放つための拠点なのです」
「つまりその拠点を潰さなければ、オリジーアに怪魔が流れ込み続けるわけか」
ユルゲンは低い声で言った。操言士でも言従士でもない傭兵のユルゲンにとって、神様や初代操言士のことは正直どれも現実味の欠ける話だ。それよりも具体的に話したいのは、現在大量の怪魔に襲撃されているオリジーアを救うために、つまりピラーオルドの愚行を止めるためにこれから先、自分たちに何ができるか。何をすべきかだ。
「王黎、まどろっこしい話は終わりだ。そろそろ建設的な話をしてくれ。俺たちは優大王子とのんきにおしゃべりをするためにここへ来たんじゃない。サーディアにあるピラーオルドの本拠地に行って、ピラーオルドをぶん殴って止めるためにここへ来た。違うか」
紀更はぎゅっと拳を握り、優大に向けて言った。
「優大王子、先ほどおっしゃいましたね。ピラーオルドを止められるのは特別な操言士である私だと。私は、ピラーオルドのせいで傷ついた人たちをたくさん見てきました。ここにいる仲間もそうです。ピラーオルドはオリジーア国民を……いえ、セカンディアの人たちもサーディアの人たちも、自分たち以外すべてを脅かす存在です。操言士として、私は彼らを止めたい。もう誰も傷つかないですむように……。だから、私たちはサーディアのピラーパレスに行こうと思います」
ピラーオルドは四分力を求めて、オリジーアとセカンディアの二国に本格的に攻め入ろうとしている。誰かが彼らを止めなければ、きっとこの先恐ろしいことが起きる。
自分たちパーティは大きな軍勢ではなく、戦力としては微々たるものかもしれない。けれども、こうして優大とじかに話すことで四分力や二神への理解が深まった。「操文」という技法など新たな知見を得ることも、現在のサーディア国内の大まかな状況を把握することもできた。ピラーオルドに対して最も近くまで寄ることができているのは自分たちだろう。つまり、彼らを止められる可能性がきっと自分たちにある。
「考えがあります」
優大は重たい口調で述べた。
「ピラーオルドの狙いはライアン王とステファニー女王です。エンリケ王にそうしたように、おそらくまっすぐにその二人を狙いにいくでしょう。つまり、南部拠点を足掛かりにセカンディアの王都シューリトンへ。そして北部拠点から海を越えてオリジーアの王都ベラックスディーオへ。ですが、ピラーオルドが先に狙うのはオリジーア王家のライアン王の方だと思われます」
「それはなぜですか」
紀更は尋ねた。
「ステファニー女王と違って、ライアン王はピラーオルドの目的も、そもそも四分力についてもあまりご存じでないでしょう。一方でステファニー女王は、四分力保持者である自分をピラーオルドが狙っていると、十分予測しておられます。おまけに、ステファニー女王は気軽にセカンディア国内を移動しますから、ピラーオルドにしてみれば彼女の現在地の把握が容易ではないはず。そうすると、持っている情報が少なく、かつ確実に王都ベラックスディーオにいるライアン王の方が狙いやすいのです」
「警戒心のある獲物よりも警戒心のない獲物を襲う。当たり前の考えだな。ピラーオルドに裏切りの操言士とやらがいる以上、ライアン王やステファニー女王のそうした特徴は当然のように把握しているだろうしな」
ユルゲンは優大の考えを肯定した。
「わたしとステファニー女王、つまりフォスニアとセカンディアは連携がとれます。心配なのは、連携のとれないオリジーア王家です。レイモンド王子はわたしたちと既知の間柄ですが、他国との連携を気軽に周囲に訴えかけることができない状況は承知しています。そこで、紀更殿たちにはここキキョーラの街からサーディアの王都イェノームへ乗り込み、どんな形でもいいからピラーオルドをたたいてほしい。そしてできれば、イェノームの北にあるタルベ村の北部拠点もたたいてもらいたい。その二か所が何かしらの被害を受けたとなれば、ベラックスディーオへの侵攻の足をにぶらせることができるかもしれません」
「オリジーアもセカンディアもしばらくは目の前の敵の殲滅に集中してもらうとして、南部拠点はどうするんだ」
ユルゲンが抜かりなく問うと、優大の背後に控えていた操言士和真が答えた。
「皆さんがイェノームのピラーオルドをたたく一方で、我々が南部拠点のイスコ村をたたきます。そこを潰して、オリジーアとセカンディアへ侵入する怪魔を減らしましょう。我々としても、エンリケ王を亡き者にしたサーディアにはせめて一矢報いたいですから」
和真の表情が苦々しくゆがみ、和馬の隣にいるシモンも眉間に皺を寄せる。
王黎は両膝の上で拳を握った。
「わかりました。実は僕ら、ピラーオルドにお呼ばれされているんです。王都イェノームにあるというピラーオルドの本拠地、ピラーパレスへ来いとね。それを踏まえても、優大王子の考えのとおり、僕らは王都イェノームへ行くことにします。そこへ行って――」
「――ピラーオルドを止めます。必ず!」
王黎の言葉を引き継ぐように、紀更は力強く宣言した。
◆◇◆◇◆
音の街ラフーア。
操言支部会館にて、支部長ゴンタス・ビロカミールとその右腕ネーチャヴィンは眉間に皺を寄せ、不機嫌な顔をしていた。
「サーディアが侵攻してきて、狙いは王都ベラックスディーオだと? 意味がわからん! 敵はピラーオルドとかいう名の組織ではなかったのか」
「そのピラーオルドとサーディアが癒着しているそうですよ」
「癒着……馬鹿馬鹿しい」
「それで、ゴンタス支部長。我々は?」
ネーチャヴィンが問うと、ゴンタスは忌々しげに答えた。
「現在想定される戦線は、イスコ山地を出発地点としてまっすぐベラックスディーオへ向かう直線だ。ラフーアは戦線から外れる可能性があるが、警戒は怠らず、自分たちの身は自分たちで守れと」
「つまり、万が一の場合の援軍はないと心得よ、ということですね」
「騎士団が頼りだな。ラフーアの操言士は国内部所属がほとんどだからな」
「それとゼルヴァイスの操言士たちですね。あそこなら、守護部の操言士もいます」
「人員が余っていればいいがな。ゼルヴァイスも戦場になったら、ラフーアは終わりだ」
ゴンタスは難しい顔で言った。
◆◇◆◇◆
ゼルヴァイス城の応接室には城主ジャスパー・ファンバーレ、その息子エミール、娘のカタリーナ、それからゼルヴァイス騎士団総隊長のアダム・ロスコフ、ゼルヴァイス操言支部の支部長弥生がそろっていた。
「――ということだ。すげぇ簡単に言うと戦争だな、こりゃ」
「現在、イスコ山地から大量の怪魔が侵攻してきています。これらはそのうち北上して、王都ベラックスディーオを目指すと予想されているそうです」
エミールがアダムの方をちらっと見る。アダムは淡々と冷徹な声で述べた。
「相手を攻めるのに、馬鹿正直に一本道しかとらないはずはないでしょう。せめてもう一方からも、攻めの手を用意するはずです。オリジーアとサーディアの陸の国境はイスコ山地のみ。それ以外は北のサキトス湾か南のレヴァイス湾です。レヴァイス湾回りで王都を攻めるとは考えにくいので、想定されるのはサキトス湾を超えて戦線を切り開く道です」
「サキトス湾沿岸で一番サーディアとの距離が近いのは、港町ウダのあたりか。オレが敵さんなら、港町ウダを目指して進むな。王都にも近いしよ」
ジャスパーは顎をさすりながら言った。弥生が冷静に続く。
「王都の操言士団からは、守護部の操言士数人を王都へ移動させるように通達があったよ。もちろんここにも何人か残すが、主戦力は国内部の操言士となるね。民間部の操言士も万が一の場合は戦ってもらうが、まあ、頼りにはならんね、悪いけど」
「ゼルヴァイスが戦場になることはないだろう。敵さんがベラックスディーオを落としたいとして、ここを落とすメリットはないからな。長期戦をお望みでないなら、むしろ落とすべきは王都の前にあるポーレンヌ城だ。操言士たちはゼルヴァイスには構わず、王都に行ってくれ。自分の身は自分で守る。ゼルヴァイス騎士団も頼りになるし、いざってときは平和民団の漁師たちにも手伝ってもらえばいい。血の気の多さなら騎士にも負けず劣らずだろ」
ジャスパーはニヤりと笑った。
「父上、音の街ラフーアの庇護もお忘れなく」
「そっちも大丈夫だろ。ラフーアも騎士団がしっかりしてるからな。そうだろ、アダム」
「最低限の操言の加護があれば、ある程度は怪魔にも太刀打ちできます。加護がなくとも国を守るためなら、すべての騎士が最後まで抗う覚悟はできています」
頼りになるとは言いがたい人間性のラフーア操言支部長の顔を頭の隅に思い浮かべながら、アダムはすっぱりと言いきった。
◆◇◆◇◆
「マリカさん、明日、王都に行くんですよね」
ポーレンヌ操言支部の一室で、海翔が少しばかり目をキラキラさせてマリカに尋ねた。
ポーレンヌの操言士であるマリカは、救援のためにアルソーの村を訪れていた。そして怪魔を殲滅したのでポーレンヌにとんぼ返り。かと思えば、今度は王都を防衛するための人員として、王都ベラックスディーオへ出向くことになった。
非常に忙しないが、助っ人に選ばれるのは実力が買われているからであり、あちこちへ引っ張りだこになるのは、守護部の操言士としては優秀ということにほかならない。マリカは身体に疲労感を覚えつつも、操言士として自分が活躍しているという自負で満たされていた。
「ええ、そうよ。王都の守備を固めるために、各地の守護部の操言士が王都に集められているのよ」
「すごいや! マリカさん、その一人に選ばれたんですね」
「すごくないわ、守護部だからよ。それに不安でもあるわ。アルソーの村の怪魔は殲滅できたけど、いつまた襲われるとも限らない。それに、怪魔の手はやがてこのポーレンヌにも伸びてくる。ここで食い止めなきゃ、それこそ本当に王都に……」
不安げに目を伏せるマリカの前に跪いて、海翔はマリカの手を取った。
「大丈夫ですよ、マリカさん。あなたは俺が守るし、王都には祈聖石がたくさんあるんでしょう? 怪魔が来たって大丈夫です」
「そうね」
「でも、その祈聖石が壊されちゃったらまずいですよね。祈聖石ってどういう場所にあるんですか? もっと安全な場所に移動できないんですか」
知識のない海翔に、マリカはやさしく教えた。
「祈聖石はね、普段は周囲の風景にとけ込むように擬態させているの。だから、その擬態を解かなければ見つかることはないわ」
「擬態? たとえばどういうのがあるんですか。それ、俺も知っていたら、俺でも祈聖石を守れますか」
「そうね。海翔は私の言従士なんだし、祈聖石を守る任務も与えられるかもしれないから、いくつか教えておくわね」
王都を守る祈聖石。その数はほかの都市部と比べ物にならないくらい多く、たった一回の説明ですべてを憶えきれそうにはなかったが、海翔はマリカの説明に熱心に聞き入った。
◆◇◆◇◆




