6.操文(上)
「来ましたね」
暗闇を照らす、いくつかの明灯器。その光の中に身を置いていた青年は呟いた。
「我が祖先の言われたとおりですね。オリジーアの特別な操言士を待つとステファニー女王に伝えれば、彼らが船でここへ来ると」
「我らの祖先は、未来が見えるのでしょうか」
「いいえ。我が祖先もわたしも、所詮は歯車。未来が見えるのではなく、ある未来を完成させるために必要な駒。超常の力に使われる身にすぎないでしょう」
青年に答える少年は、見かけのわりにたいそう大人びた声音で返した。
そうして少し待つと、船から降りてきた数人の足音が近付いてくる。青年は明灯器をかかげて声を張り上げた。
「何者か! 名を名乗れ!」
◆◇◆◇◆
「ピラーオルドの目的がわかりました」
天女の間に立つコリンは、ふよふよと浮かぶ波動符を見上げながら告げた。
波動符は各地で怪魔と戦闘をしている操言士の力を感知して赤く光り、ものによっては激しく揺れている。その波動符の位置を見るに、アルソーの村の戦闘は落ち着いたが、ヨルラの里とメリフォース城下町の戦闘が長引いているようだ。
「四分力と呼ばれる、闇の神様ヤオディミスがかつて人間に与えた力を集めることです」
「四分力?」
「ピラーオルドはすでに三つの闇の四分力を手に入れており、残りひとつを狙っています」
コリンの隣に立っている国王ライアンは、コリンと同じように波動符を見上げていた。
この場には、ほかには幹部操言士のジャックしかいない。だがジャックは、ライアンとコリンの会話を邪魔しないように、そして乱入者が入らないように、たったひとつの出入り口付近に立って待機していた。
「この世界は光の神様カオディリヒスと闇の神様ヤオディミスによって創られた。ヒューマもメヒュラもだ。ヤオディミスはカオディリヒスと戦い敗れ去ったが、その力を集めているというのか」
「ピラーオルドは集めた闇の四分力を使って怪魔を作り出しています。そして、怪魔を操ることもできます」
「闇の四分力……」
ライアンは妙に冷静だった。これが会議室だったら、こうは冷静にコリンの話を聞いていられないだろう。あまたの波動符のゆらめきが落ち着きをもたらしてくれているのか、それとも今日二回目のコリンからの報告だからなのか。
「ヤオディミスが人に力を与えた話は聞いたことがないが、カオディリヒスは我がオリジーア王家の祖先に力を与えた。初代操言士にもだ。その力……光の四分力のひとつはいま、わたし魂に宿っている。闇の次は光……狙われているのはわたしか」
「……そうです」
コリンは沈黙の最後に相槌を打った。
「代々オリジーア王のひたいに宿る輝紋、あるいは魂水晶の指輪。それが、光の四分力のありかを示す証。ピラーオルドの狙いは、現在四分力を宿しているライアン王、あなたです。今日の怪魔襲撃は宣戦布告でしょう。ピラーオルドは操言士が目的だったのではない。怪魔という存在で操言士の戦力を分散し、数を減らし、準備を整えてからオリジーア王に宿る光の四分力を奪うつもりなのです」
ライアンは波動符からコリンに視線を移した。
「コリンよ、教えてくれまいか。操言士王黎と特別な操言士に調査はさせているが、そんなことをせずともそなたは何かを知っているはずだ。この国にあるすべての書物に目を通し、誰よりもこの国の過去に精通したと呼ばれていたそなたはいったい何を知っている? なぜ知っていることを隠すのだ」
ライアンを見つめ返すコリンの渋い緑色の瞳は、とても冷たい。その冷たさは自分の国の長に向けるものではない。まったく信用ならない相手に対してお前なぞ信じてなるものかと反発するような、ほの暗い冷たさだ。
「敵の狙いはわたしだ。それが判明したいま、わたしに隠す必要はもうあるまい?」
コリンはしばらく黙る。
知っていること、教えたくないこと。
繰り返したくなくて、避けたいこと。
そのために、ごまかしてきたこと。
――そうかな。じゃあ、君がどうにかすればいい。
かつて「先生」と呼んだ、アメジスト色の瞳をした彼から学んだこと。心の奥底で右でも左でもないと揺れ続け、この年になってもまだ、何が正しいのかわからずにままならない悩み。コリンが人知れず、ずっと抱え続けてきたもの。それら様々な葛藤をすべてさらけ出す時が、ついに来たのかもしれない。
「ピラーオルドという組織を作った人物の名前はニアック……初代オリジーア王であるレバ王の兄、その人です。彼はある方法によって建国の時代からずっと生き続けている、もはや人外なのです」
◆◇◆◇◆
船の速度が落ちて、ゆっくりと桟橋に接近する。そして船は完全に停止した。陸地の方にはわずかな明かりが見える。そんなすぐ近くに建物があるとは考えにくいので、明灯器の類だろう。つまり、誰かがいる可能性が高い。そこで、エリックとルーカス、ユルゲンが先に船を降りて、波の寄せる桟橋を歩き進んだ。
「何者か! 名を名乗れ!」
案の定、光源から人の声がする。
ルーカスとユルゲンは、それぞれ長剣と両刀の鞘の柄に手をかけた。しかしエリックはそんな二人を制し、両手を上げながらゆっくりと近付く。
「エリック・ローズィ。オリジーアの騎士だ」
「ほかの者は?」
視認できる姿は三体だ。光源となっている明灯器を持っている二人と、その間に背の低い一人。少年のようだ。
「同じく、オリジーアの騎士ルーカス」
「傭兵のユルゲンだ」
ルーカスとユルゲンは慎重な声音で答えた。
「武器は携帯しているが、戦う気はない。我々のうしろには操言士と言従士がいる」
「その操言士は、オリジーア国内で〝特別な操言士〟と呼ばれている方ですか」
明灯器を持っている左右の人物ではなく、中心にいる背の低い少年が丁寧な口調で問いかけてくる。声変わりが終わりかけているくらいの年齢のようだ。
「そうだ。フォスニア王家の優大王子が待っておられると聞いた。案内していただけるだろうか」
三人を代表してエリックは尋ねた。
「その必要はありません」
すると、その少年が一歩前に出て答える。隣の従者らしき人物は、少年の顔がこちらに見えるように明灯器を少し少年に近付けた。
「わたしが、フォスニア王家の優大です」
「貴殿が?」
エリックは表情を変え、ルーカスは意外性に驚いた。ユルゲンは無反応で、驚きもなく落ち着いている。
「エリックさん、どうしました」
そこへ、背後から王黎たち五人がゆっくりと近付いてきた。
エリックは王黎に振り向き、説明する。
「王黎殿、紀更殿。こちらにいらっしゃるのがフォスニア王家の優大王子だそうだ」
「えっ」
「おやおや」
重要人物といきなり対面することになり、紀更は緊張で表情を強張らせた。一方の王黎はひょうひょうと、明灯器に照らされている少年の方に視線を向ける。
「王黎殿、それに紀更殿ですね。初めまして、優大と申します」
「あっ、え、あのっ」
「どうも初めまして、優大王子。その節はお手紙をありがとうございました……と、高貴な方との会話がたいへん苦手な不肖の弟子に代わり、お礼申し上げます」
紀更が口をもごもごとさせているのを横目で苦笑しながら、王黎は優大に近付き、右手を差し出した。優大はその手を取り、軽く握手を交わす。
「ひとまずキキョーラの街へお越しください。和真、先頭へ。シモンは殿を頼みます」
「はい」
優大の左右にいた男性二人、和真とシモンが紀更たちの列の先頭と最後尾に着く。
(和真!? この人が!)
優大が呼んだその名を聞いて、紀更ははっと目を見開いた。
ゼルヴァイス城城主の娘、カタリーナが求める操言士。それがこの人物なのだろう。
紀更はカタリーナのためにも真偽を確かめたいと思ったが、今はそんな個人的な事情で声をかけていい場面ではない。和真に話しかけたいのをこらえるために、紀更は唇をぎゅっと閉じる。
そうして和真とシモンに挟まれる形で、一行はフォスニアのキキョーラの街へと、わずかな明灯器の灯りを頼りに夜の道をしばらく歩いた。
四つの国があるこの大陸は、多数の湾が入り込んだ複雑な形をしている。四国は陸続きではあるが、オリジーアとサーディアの陸地の国境はイスコ山地を含むエリアだけで、イスコ山地の北はサキトス湾、南はレヴァイス湾が国境代わりだ。
オリジーアから見て唯一の陸の国境であるイスコ山地を超えて西進すると、サーディアの領土となる。サーディアは北にラッツ半島があり、南にはフォスニアとの国境となるシレポーニ山脈がある。キキョーラの街はそのシレポーニ山脈の東の終わりの麓にあるフォスニアの街で、東にレヴァイス湾、西に山々、北にサーディア領土、南にフォスニア領土と、交通の要所となる街だった。
「どうぞこちらへ。ここは街長の私邸なのですが、しばらく前から無理を言って空けてもらっています」
始海の塔が寄越した船が着いた桟橋から、歩いてしばらく。夜だというのに怪魔や野生動物が襲ってくる気配もなく、足元に気を付けさえすればキキョーラの街へは安全にたどり着けた。
優大の案内で、紀更たちはひときわ大きな屋敷に案内され、応接室と思われる場所に通された。
「今夜はここにお泊まりください。いま、部屋を用意させます」
「優大王子」
丁寧にもてなそうとする優大を、王黎は呼び止めた。
「今日、オリジーアのいくつかの都市部に大量の怪魔が襲撃してきました。何か重要なことが起きていると考えます。お気遣いはたいへんありがたいのですが、ゆっくりと歓迎されている場合ではないのです」
優大は王黎をはじめ、一行の顔色をうかがう。全員が全員、疲れのほかに重苦しい雰囲気や感情をただよわせているのが見て取れた。
「皆さん、まずはお座りください。急いているからこそ、落ち着いて話をしましょう。これからあなた方と解き明かすことは、オリジーアやフォスニアだけではない。この大陸、この世界すべてに関わることなのです」
優大は若い。紀更たちパーティの中で一番若いマークよりもさらに年下だ。十二、三歳といったところだろう。しかしステファニーと同じように、王族らしい威厳があった。若さや未熟さを感じさせないどころか、非常に高い知性を感じさせる。目の前で父王を殺され、始海の塔やセカンディアへの旅をしたという経験が、彼を年齢以上に成熟させたのかもしれない。
優大にうながされた王黎が座ったのを皮切りに、一行は応接室のソファに腰を下ろした。そして、全員が座ったところで優大は落ち着いた声で切り出した。
「オリジーアとサーディアの国境であるイスコ山地。その麓にあるサーディアのイスコ村。現在、そこに軍事拠点が築かれました。オリジーアへの怪魔襲撃は、その拠点からの進軍によるものでしょう」
優大の背後には、桟橋から付き従って来た二人の男性、和真とシモンが護衛のように仁王立ちした。
「軍事拠点?」
不穏な単語を、エリックは眉をつり上げて繰り返す。
「サーディア……いえ、正確にはピラーオルドが、光の四分力を求めてオリジーアとセカンディアを攻めるための拠点です。斥候の情報では、おそらくサーディアの北部にあるタルベ村にも拠点が築かれています。北部拠点と南部拠点というわけです」
「北部……まさか、サキトス湾を超えてオリジーアを攻めるつもりか」
「ですが、船はあるのでしょうか。兵力を船で運ぶなら、大きな船が多数必要ですよ?」
ルーカスが素朴な疑問を口にすると、優大は首を横に振った。
「ピラーオルドの戦力は兵士ではありません。怪魔です。そして怪魔の素体である異形の生物たちは、霧のようなものです。大きな船で運ぶ必要などありません」
「素体……異形の生物……あっ」
紀更は口を開けた。聞いたことのあるその単語はあの雨の夜、興奮したカギソがまくしたてていた言葉だ。
「特別な操言士……いえ、紀更殿。わたしがあなたにお話ししたいことのひとつです」
優大は紀更の目を見て言った。
「ステファニー女王に会われたなら、お聞きになりましたよね。約一年前、サーディアがフォスニアに侵攻し、我が父であるエンリケ王が殺されたことを」
「はい」
紀更は重々しい声で頷いた。




