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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第17話 メヒュラの操言士と宣戦布告

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4.侵攻(中)

「怪魔が襲撃したオリジーアの都市部は、アルソーの村とヨルラの里のようです」

「怪魔の種類と数は不明ですが、かなりの規模の怪魔が押し寄せたそうです」

「石の村ヒソンファを超えて、こちらに向かってくる怪魔もいるとのこと」


 セカンディアのヒノウエ集落の臨時本部で騎士や操言士たちからの報告を耳に入れながら、ステファニーは一通の手紙を書いていた。そして書き終えると蝋で封をし、傍らに控えていた操言士ビリーにそれを託す。


「朱の光へ」

「畏まりました」


 ステファニーの短い命令を聞いて、操言士ビリーは部屋を出て外に向かった。「朱の光」、それは王黎に持たせた報知球のことだ。つまり、この手紙を王黎に飛ばせということだ。


「タギの村に怪魔は?」

「まだ現れていません」

「警戒を怠るな。現れたら即時殲滅せよ。もしもこれがオリジーアとセカンディアへの本格的な侵攻なら、必ずサーディアは攻めてくる。陸から来るならここヒノウエ集落へ、そしてヒクリス湾を超えて来るならタギの村へな」


 ステファニーは険しい表情で騎士たちに言いつけた。

 オリジーアは王都ベラックスディーオを起点に、南方へポーレンヌ城、アルソーの村、石の村ヒソンファ、ヨルラの里、メリフォース城、傭兵の街メルゲントという風に、都市部が縦長に位置している。石の村ヒソンファの南東側にセカンディアとの国境、そしてヨルラの里の西側にサーディアとの国境がある。


(サーディアからイスコ山地を超えてヨルラの里へ、そこからオリジーアとセカンディアへじわじわと怪魔を広めているつもりか)


 姿の見えない敵のやり口に、ステファニーは考えを馳せる。すると、護衛騎士のマイケルがステファニーに耳打ちした。


「しかしステファニー女王、敵は本当にイスコ山地を超えて二国同時侵攻などするでしょうか」

「するさ。フォスニアを襲った時と同じようになりふり構わず一直線に、四分力を持つ者のところへな」


 ステファニーのひたいには、彼女自身の意思とは関係なしに輝紋が浮かび上がり、淡く明滅していた。まるで、大量出現した怪魔に対する警報を出しているようだ。

 己の魂に宿る光の四分力の影響なのか、今のステファニーには離れた場所で起きている騒ぎの裏にある敵の狙いが最短距離で見えていた。


「オリジーアの都市部を襲えば王黎と紀更が動く。自分たちの懐ヘな。この騒ぎは二人を誘い出すための罠。そして、王家襲撃への道を開くためのものだ」

「しかし」


 護衛騎士のケイトは訝しげに言った。


「オリジーアの都市部を守る祈聖石はよくできていると聞きます。その守りをどうやって崩したのでしょう」

「内通者がいるのだろう。操言の力を込められた祈聖石とはいえ、所詮ただの石だ。物理的に都市部の外へ出してしまえば、その祈聖石の守りの範囲が崩れる。あるいは、祈聖石の守りを無効化する方法を奴らが編み出したかだな」


 ステファニーは、そのどちらも実際に起きていることだろうと考えていた。


(祈聖石の守りを崩せる用意が整ったところで攻めてきたのだろうな。オリジーアのライアン王は基本的に王都ベラックスディーオにいるだろうから、ピラーオルドはまっすぐベラックスディーオへ行くだろう。では、もう一人の光の四分力の所持者であるこの私を奴らはどうやって見つける? 私はライアン王と違ってたやすく王都シューリトンを離れるぞ)


 闇の四分力をそろえてから光の四分力へ手を出すのではなく、ピラーオルドは同時にすべての四分力を集める方向に舵を切った。増えた怪魔がいったん減ったのも、何かの準備期間だったのだろう。


「奴らの動き、目的。知るには優大王子を頼るしかないか」


 ステファニーは手元にある、昨日受け取った手紙へ視線を落とした。


  王都イェノーム、動きあり。イスコ村に拠点形成。タルベ村も人の出入り増加。

  黒い霧でサーディア国内は覆われている。統制された怪魔の群れの目撃情報あり。

  キキョーラの街で、特別な操言士を待つ。


 それはフォスニアの優大からの手紙だった。

 サーディアに攻め込まれ、父王を亡くした若き王子はその後、国の復興に家臣たちと共に励む一方でサーディアとピラーオルドへの対抗手段を模索していた。その一環で、オリジーアの第一王子レイモンドを含めたステファニーとの会談以降も、密かにステファニーと連絡をとり続けているのだ。


(サーディア国内の視認できる動きは、フォスニアの者たちのおかげでこうして知ることができる。だが手紙で知ることができるのは微々たる情報だ。それに、事が起きてから知るまでに時間がかかる。紀更と王黎が優大王子と対面してくれれば、何かもっとはっきりとした糸口がつかめるだろうか)


 隣国のオリジーアが大量の怪魔に襲撃されているいま、セカンディアの女王としてステファニーにできることは、防備を固め、自分たちもオリジーア同様に攻められた時に迎撃すること。そして、諸悪の根源であるピラーオルドに対して、変化の渦の中心である紀更が立ち向かえるよう、祈ることだけだ。


(頼むぞ、特別な操言士、紀更)



     ◆◇◆◇◆



『我が君、お待ちを。その先に見える一番大きな(にれ)の木の陰にいます』

「止まって! この先、楡の木の陰だ。誰かいる」


 上空の最美からの偵察情報を耳にして、王黎は一行の足を止めた。

 正門が東を向くメリフォース城の北側、西に向かって左手に城壁のある少し開けた場所。周囲にはまばらに木々が並び、そのどれも背が高い。


「最美、何か詳しい言動はわかる?」

『いいえ。ただ人の形をしていて息遣いがあるということしか。声は一切聞こえません』


 王黎たちの背後では、暴れる怪魔によって家屋が破壊されて火事になったのか、濃い灰色の煙が上がっていた。人々の悲鳴や怪魔の叫び声は絶え間なく聞こえてきている。城下町のこの騒ぎに気を取られずにじっと木の陰に佇んでいるメリフォースの住人など、いるはずがないだろう。


(最美は一度見た人間ならほぼ全員憶えている。その最美の記憶にないということは、まだ最美が会っていないピラーオルドの人間か)


 王黎が躊躇していると、ルーカスが長剣を抜いて一歩前に出た。


「自分が行きます。皆さん、援護をお願いします」


 ルーカスはそう言うと、楡の木へと慎重に歩き出した。

 心配ではあったが、誰かが行かねば事は進まない。一番槍を買って出たルーカスの背を、全員は固唾を呑んで見守った。


「そうだ、紅雷、ミズイヌ型になって。近くに誰かピラーオルドの人の匂いがしないか、探ってくれる?」

「はいっ」


 紀更が指示すると、紅雷はぽふんと音を立ててミズイヌ型になり、紀更の隣に四本足で立った。そしてしきりに鼻で空気を吸うが、めぼしい匂いはしてこない。馬龍やアンジャリ、ライオスやローベルの匂いだったら風に混じればすぐにわかるはずなのだが。


「煙の臭いが強くなってきてるのであまり正確じゃないかもですが、たぶん、知ってる人の匂いはないと思います」

「じゃあ、あそこにいるのは私たちが会ったことのない人ということね」


 ルーカスと楡の木までは五メイほどになった。エリックもユルゲンも得物を鞘から抜き、いつでも飛び出せる体勢になる。


「ユルゲン、わたしが先に行く。君は後衛を守ってくれ」

「わかった」


 エリックが横目で指示をすると、ユルゲンは短く返事をした。


「すみません、どなたですか。自分は王都の騎士です」


 ルーカスが楡の木の陰に向かって話しかける。しかし、返事はない。


「すみません」


 ルーカスはもう一度話しかけながら、人影の正面へとゆっくり回り込む。


「か、はー」


 人影の正体は、人とは思えないほどに薄い土色の肌のヒューマだった。全身が小枝のように細く、薄毛の髪は長く、口の端は耳の付け根まで不自然に伸びており、瞳孔のはっきりしない白目に雌雄不明の雰囲気。本人よりも、薄っぺらな生地の長袖と長ズボンの方がよっぽど人間らしい印象を与える。

 不気味な息遣いの笑顔を浮かべた「人間のようなそれ」は、ルーカスに不気味に笑いかけた。


「かはっ!」


 そして次の瞬間、土色のヒューマはルーカスに向かって飛び出してきた。小枝のように細い腕をにゅるりと伸ばし、刃物のように鋭利な長い爪でルーカスをひっかこうと攻撃してくる。ルーカスは瞬時に長剣を構え、敵のその爪を受け止めた。


「ルーカス!」


 背後からエリックが飛び出してきて、土色のヒューマの脇腹を横に斬ろうと剣を振るう。しかし、敵は人間にしてはあり得ないやわらかさで身体をねじ曲げてエリックの長剣を交わした。


「なにっ!?」

「あははっ! 無駄だよー。それは人間じゃなくてニドミーっていう怪魔だから」


 周囲に若い女性の声が響き渡る。


「かはぁ~あ~」


 土色のヒューマ――ではなく、怪魔ニドミーの口から発酵したような吐息が漏れた。すると、ニドミーの背後に縹色の三日月形の光が浮かび上がり、その光の中から三匹の怪魔が姿を現した。

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