3.裏切りの理由(下)
「私は、ピラーオルドの東方幹部の奈月さん、南方幹部のカギソ、それと、極東幹部のアーサーさんの三人と言葉を交わしました」
「オイ紀更、王黎から聞いているが、それは拉致されたあとのことか」
「そうです」
「お前なあ、攫われた身でピラーオルドの奴らとのんきにおしゃべりしてたってのか?」
「その……なんだか、お話好きな人たちでして」
主にカギソと奈月のことだったが、不思議なことに寡黙そうな性格のアーサーも紀更の前では饒舌だった。それを思い出して、紀更は困ったように答えた。
「アーサーさんは、アーサー・シュトルツだと確かに名乗りました」
「嘘だろ、オイ……」
それを聞いた道貴は頭を抱えた。
「紀更殿、アーサー・シュトルツは五年前に亡くなったと聞いている。本当にコリン団長の息子のアーサーなのか」
エリックが確認をすると、紀更は頷いた。
「はい。コリン団長は自分の母だと、はっきりと言いました」
「紀更、アーサーはほかに何を言っていた?」
道貴が、すがるような表情で紀更に尋ねる。
「アーサーさんは平和民団の華族の方々を憎んでいるようでした。憎んで……それで国を裏切ってピラーオルドに。でもそれはアーサーさんだけではなくて、奈月さんも同じでした。奈月さんは平和民団じゃなくて操言士団を憎んでいて、ローベルさんもたぶん」
「ああ……アーサーだ。間違いない。そいつはコリンの一人息子だ」
道貴の中で嘘であってほしいと願ったことが、事実として確定した。
「道貴師匠、アーサーさんの過去に何があったんですか。国を裏切ってピラーオルドに加わるほどの動機が……理由が、何かあったんですよね」
王黎が尋ねると、道貴は迷っているような苦い表情を浮かべた。そこへ紀更が、援護射撃のように道貴に疑問を投げかける。
「道貴さんはコリン団長と親しいんですか。コリン団長のこと、よく知っているような……そんな感じがします」
はぐらかせない。いや、はぐらかさない方がいい。道貴は意を決して口を開いた。
「コリンの方が三つばかり若いがな、オレ様はコリンと同期なんだ」
「えっ、そうなんですか」
予想していなかった返答に、紀更は目を見開いた。しかし同時に、二人の親密さの理由も納得もした。
「オレ様は十二で、若いのに修了試験に合格して優秀だと褒められたよ。けど、同時に合格したコリンはもっと若かった」
「九歳で合格ってことですよね。すごい」
最年少師範の記録を持つ王黎ですら、修了試験に合格したのは十三の歳だ。それを考えると、コリンの合格がいかに早いかがよくわかる。
「まあ、そんなこんなでな。コリンについては知ってることも多い。そのひとつが息子のアーサーのことだ」
「アーサーさんも、若い頃から優秀な操言士だと言われて注目されていましたよね。コリン団長の息子さんであることも注目の理由でしたけど」
王黎自身は「遠くから見たことがある」程度の付き合いでしかないが、うっすらと記憶の中に残るアーサーを思い出しながら言った。
「いいか、お前ら。今からする話は他言無用だ。聞いた瞬間に忘れろ。コリンとアーサーのため、何よりオリジーアという国のためにな」
道貴の脅しにも近い口調に、紀更はごくりと唾を飲み込んだ。
「五年前のことだ。アーサーには操言士の恋人がいて結婚間近だった。ところが、その恋人は輪姦された。犯人は平和民団の上層部……華族の息子とその連れたちだったらしい。犯人がわかっていながら、平和民団の華族どもは自分たち一族の醜聞が表に出ることを恐れて事件をもみ消した。屈辱とアーサーへの申し訳なさで、恋人は自ら首を吊った」
「ひどい」
黙って話を聞いていた紅雷が、さすがに黙っていられなくなってぽつりと呟いた。
「アーサーは当然、平和民団に対して抗議しようとした。けど、それをコリンが止めたんだ。操言士が平和民団に操言の力を……持たざる者たちに怒りを向けてはならない。それは操言の力を持つ者への恐怖を植え付けることになるから、と」
「恐怖?」
「紀更、お前さん、考えたことはないか。自分が操言の力を宿す前、操言士じゃなかった時に。操言士が、操言の力を持たない自分にその力を向けてきたら怖いと」
「あっ……ありません、そんな……っ」
紀更は首を横に振ったが、ふとライオスの顔を思い出した。
操言士「じゃなかった」時に怖いと考えたことはない。
(でも……)
――操言士として……私は正しかったですか? 誰かを、操言の力で傷つける方法を考えて……できる、と思ってしまった……。こんな私は、正しいのでしょうか……間違っていないですか。
豊穣の村エイルーでその可能性に気が付き、紀更は慄いた。
操言の力は怪魔を屠るだけではない。生活に役立つだけではない。誰かを――人を傷つけることのできる力だ。操言士はその力で、非力な者たちに残酷な仕打ちを与えることができる存在なのだ。
「平和民団や騎士団の中にはたまにいるんだよ。被害妄想的にそう考える奴らがな。操言士なくして日々の生活は成り立たないから表立って言う奴は少ないが。何かされたわけでもないのに操言士のことが怖いと考える国民は一定数いるんだ。力を持つがゆえに恐れられ、ただそれだけを理由に避けられる。まあ、仕方ねぇことだとも思うがな」
「けど、アーサーさんには仕方ない、ですませられることじゃなかった……」
王黎が険しい表情で呟いた。道貴はやるせない表情で続ける。
「ああ、そうだ。そりゃそうだよな。恋人が穢されて、しかもその犯人はお咎めなしで、被害者であるはずの自分たちは加害者と違って操言士だからという理由で平和民団の犯人たちを糾弾もできない。おまけに、それを自分の母親に止められる。そうこうしているうちに恋人は自殺しちまう。心が参っちまうのも無理はねぇ。しばらくしてアーサーは行方不明になった。裏切りの操言士に堕ちたんじゃねぇかと噂されたが、アーサーは怪魔との戦闘で死んだとコリンが言って広めたんだ」
「コリン団長がアーサーさんの葬式も墓も何もしていないので変だとは思っていましたが、そういうことでしたか」
「裏切りの操言士の汚名を背負わされる代わりに死んだことにされたんだな。いま思えば、オリジーアを裏切ってサーディアに行ったんだな。それでピラーオルドに加わった……周囲の噂通り、きっちり裏切りの操言士に堕ちてやがったか」
(アーサーさん……)
紀更は森の中の小屋で言葉を交わしたアーサーの、感情の死んだ瞳を思い出す。
――好きだから愛して、愛しているから憎んで、憎んでいるから忘れられず、苦しみが永遠に続く。ただそれだけだ。
アーサーはそれだけ、と言った。だが、それだけのことがとても重い。そして苦しい。
誰かを好いて愛して、その誰かを失った時に生まれる悲しみ。その相手を失った原因を作った者たちへの憎しみ。それがアーサーを裏切りの操言士へと、ピラーオルドへと堕としていったのだ。
「国を裏切るにはそれ相応の理由がある。アーサーの恋人の件は知っていたが、コリンの言うとおりアーサーも死んだと思っていた。恋人が自殺した直後だったしな」
道貴がため息交じりに呟く。すると、エリックが静かに言った。
「つまり、アーサー・シュトルツ個人に焦点を当てれば彼の目的はオリジーアの平和民団、特に恋人の事件の主犯、および隠蔽した華族への復讐と考えられるな」
「でも、ピラーオルドに加担することでその復讐が遂げられるのでしょうか」
ルーカスが素朴な表情で疑問を口にすると、王黎が冷たい声で答えた。
「できるよ。いま起きているアルソーの村とヨルラの里への怪魔襲撃は宣戦布告だ。オリジーアへのね」
「王黎師匠、ピラーオルドはオリジーアへ攻めてくるってことですか」
紀更が不安な目線を王黎に向ける。
「ピラーオルドは最後の闇の四分力を狙っている。でも、それで終わりじゃない。闇の四分力をすべて手に入れたら……いや、手に入れたあとじゃなくてもピラーオルドは当然、光の四分力も狙うだろう。つまり、いつかはオリジーア王家を襲うつもりだ。そんな騒ぎの中で華族たちに復讐を遂げるなんて、アーサーさんには簡単だろうね」
「そうだ、王黎。その四分力とやらはいったい何なんだ。伝承にある、神様が初代オリジーア王や初代操言士に授けた力のことなのか」
道貴が気を取り直して再び攻めの口調で王黎に問いかけた。
しかしその瞬間、メリフォース城下町全体に大きな地響きが鳴った。
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